夏樹が姿を見せると、クラスの女子からキャーという黄色い声が上がった。


「央いる?」


 あいつのその一言で「央くんっ、夏樹くん来てるよっ!」と周りの女子達が浮き足立って声をかけてくるけど、もう気付いてるよ。相変わらずスターだなぁ。てゆうかやっぱり俺か。ワンチャン芽留であって欲しかった。

 つーか、なんで今日??


「な、夏樹・・どうした? 初めてだねウチのクラス来るの。なぁ芽留?」

「ほんと。どした? ついにウチらが居なくて淋しくなったか?」

「たまには央と飯食おうかなと思って」

「ねぇアタシは??」


 ・・な、なんで今日に限って・・こいつやっぱり俺と陽葵のメッセのやり取りガッツリ見ただろ? なんで? なんでそんなに首突っ込んでくるの? もしかして本気で陽葵のこと気に入ってるのか?



 それとも────俺を取られたくない、とか・・もしかしてそういう事か・・?


(なっちゃんの場合それもあり得るんだよなぁ・・)


「・・俺ちょっと・・昼に行くとこあって・・」

「どこに?」

「・・いや、その・・」

「ひま」

「わ────! なっちゃんちょっと来て!」




 ────という経緯で、超不本意だけど俺は夏樹を連れてあの渡り廊下へ来たわけで。ちくしょう。せっかく今日こそ陽葵と正式に付き合う方向にもってこうと思ってたのに・・!


 予想通り、陽葵は俺の横の夏樹を目にするなり、石のように固まった。

「ご、ごめん陽葵・・夏樹がどうしてもって聞かなくて・・」

「じゃ、じゃあ・・今日はお二人でどうぞ」

 待ってぇぇぇぇ弁当めっっちゃ楽しみにしてたのにぃぃぃ!

 立ち去ろうとする陽葵を止めたのは夏樹だった。

「いーよ別に遠慮しないで。約束してたんでしょ」

 いーよって。遠慮すべきなのお前なんだけど、なっちゃん??

「座れば?」

 ピタッと動きを止めていた陽葵は、その夏樹の睨みにビクッと肩を震わせると、やっぱり睨み負けてそろりとその場に膝を折った。明らかに怯えている。

「ご、ごめんね陽葵。こいつ無愛想で誤解されやすいけど、悪い奴ではないからさっ。多分だけど陽葵と仲良くしたいんだと思うし。ね、夏樹!」

「うん、そう」

「ええ!?」

 そうなんかい。仰天した陽葵は何故だか赤くなるというよりは、青くなった。ん? こっちもどういう感情??

「じゃ・・じゃあ、ご飯食べようか! ねぇ、二人とも?」


 こいつら二人とも何考えてるのかイマイチ分からんけど、もうめんどくさくなって強引に締めた。やっと念願の手作り弁当にありつけると思ったのに・・



「いいな」


 俺も陽葵も、ピタッと一瞬箸を止めた。聞かなかったことにしよう。気を取り直して卵焼きを掴み、口へと持っていったとき。


「いいな。俺も弁当がいいな」


 くっ・・負けるな俺。普段ならこんなとき絶対夏樹に弁当を譲る俺だが、好きな子の手作り弁当だぞ。いくら可愛い弟とはいえ、コレだけは渡せん・・!

 しかし。夏樹のプレッシャーに折れたのは俺ではなく、陽葵の方だった。あいつはなんでかまだ青ざめた様子で、自分の分の弁当を夏樹に差し出したのだ。


「も、もしよろしければ・・どうぞ・・」
「じゃーこのパンと交換ね」


 ふざけんな夏樹ぃぃぃ!! 俺がこの弁当にたどり着くまでどれだけ苦労したと思ってんだよ!? 

 いつもそうだよ。夏樹ってこうやって、自分では何もしなくても誰かがお世話してくれる星の元に生まれてるんだよ・・


「あ。すげー美味い。ひまりサンて料理上手いんだな」
「あ、ありがとうございます・・!」


 それは俺が言うやつぅぅぅ(泣)


「央、食わないの? ならちょうだい」

「食うわ! クソ美味いわバカ! もう黙っとけお前!」


 くそぉ・・夏樹のバカやろぉ。陽葵とのウキウキらぶらぶ昼デートが台無しじゃねぇかぁ。このサイコパス野朗が。


 午後になっても俺のそのモヤモヤが消えることはなかった。わけわかんねー数式が余計にイライラを増す。この公式って日常生活のどこで使うんかなぁ。

 なんか海入りてーな。夕方まで波残ってるかなぁ・・


 だけどそれは授業が終わって、帰宅しようと鞄を手にしたところだった。俺はあり得ないものを目にしてしまう。


 ゴミ袋を手に、ゴミ捨て場へと向かっているらしい陽葵と────その隣を歩く夏樹。


 それを見た瞬間・・俺はもう走り出していた。




 俺はさ、夏樹。

 なんだかんだ俺はお前が大事だし、お前の望むことはなるべく叶えてやりたいって思ってるけどさ。

 でも、俺にだってたまには譲りたくないものくらいあるんだよ────・・



「ふざけんな夏樹!!」