『壁ドン』を体験してしまった────。



 "逃さない"



 あの時の間近に迫った汐見君の瞳を思い出すと・・何だかドキドキと心臓が昂り始め、私は頭から布団を被った。


 貴重な体験をさせて頂いたことは感謝しかございません。だ、だけどコミュ症の陰キャには少々、刺激が強いみたいです。

 それにだ。本当の問題はそこではない。明日土曜日は、彼に強引に承諾させられてしまった『デート』の日なのである。

 ですがデートって・・一体何をするものなのでしょう・・?



「服ってどういうのを着ていけばいいのかな・・」



『デート 服装:あまり張り切り過ぎてシュチュエーションを無視しているというのはよくある失敗例。行き先や目的に合う服装を心がけましょう。
初めてのデートで相手の好みが分からないときは要注意。個性的な服装よりも万人受けするものがお勧めです。張り切り過ぎて彼を引かせてしまうことの無いよう気をつけましょう。
あまりかっちりし過ぎた隙のない服装よりも、抜け感のあるカジュアルな印象のものがお勧めです。
失敗を恐れてあまりシンプルすぎる服装は、やる気が無いと思われてしまいます。普段は着ないワンピースなどガーリーなものを取り入れ、アクセサリーや小物類で個性を出しましょう。』


 ガーリー・・とは? 抜け感・・てどういう? 全くピンと来ないのですが・・。てゆうか結局個性を出すべきなのか出さないべきなのか、どっち? とりあえず、何をする予定なのかそれだけでも確認しておくべきだろうか・・?


『明日ですが、どこに行くとか何するとか決まってたりしますか?』

 とメッセを送ってみると、帰ってきたのは『秘密』の二文字。


 ・・サプライズ要らないから教えて下さい! こっちはデートとか初めてなんですよ!?


 ああ・・正直言うとめちゃくちゃ行きたくない。めんどい。しんどい。布団の中で過ごしたい。だけど汐見君に対する負い目が、そのメッセを入れる指を止める。

 汐見君は試してみないと分からないと言うけれど・・

 楽しい想像など何一つ浮かんで来なかった。気まずくなる想像は、無限に沸いて浮かんで来るのに・・。





◇◆◇◆◇◆◇◆


 指定されたのは学校最寄りの次の駅。電車に揺られる間、何度引き返そうと思ったことか。改札口が一つしかない、剥き出しの小さな駅。そこを出ると、待ち構えていた汐見君がいつもの明るい笑顔で手を振った。

「陽葵!」

 男の子にそんな笑顔で手を振られるのも名前で呼ばれるのも初めてで違和感しかなくて、それに明るく手を振りかえす『調子のってる私』を、心の何処かにいるもう一人の自分が冷めた目で見ている気がして・・私は手を振りかえすことが出来ず、彼へ礼を返した。

「お、おは、おはようございます」

「なんで敬語? リーマンか!」


 彼はあははと笑った後、下り坂の方を指さした。

「こっちねー。まずは俺んち行くから」


 ────ん・・?

 彼はその後も「5分ちょいだからー」とか「うちの駅超レトロじゃね」とか何やら喋っていたが、私の耳には入っていなかった。


 待て・・。今「俺んち」と言わなかったか・・?

 家? 初めてのデートというヤツが、『家デート』・・? それって初心者にはめちゃくちゃハードル高いやつなのでは? 
 家で・・二人?? 映画とか水族館とか何か目的が無い分、がっつり会話を強制させられるのでは・・。はっ! それよりも突然お家にお邪魔するなら、手土産というものが必要なのでは!?


「ちょ、ちょっと、コンビニとかありませんか!?」

「え? 何か買うものあんの?」

「の、飲み物とか・・お家の方への手土産とかっ・・何も用意してきていないので・・!」

 すると汐見君はちょっと驚いた顔した後────笑った。

「だからリーマンか! ちょっと友達の家行くのにわざわざそんなのいらないだろ。それに俺んちって言っても、カフェ兼サーフショップだからね?」


 え・・?



 連れて来られた先はガラス張りの天井にプロペラ式のシーリングファンが回転するお洒落なカフェだった。店舗内にはサーフボードや水着、Tシャツなどの雑貨を売る販売スペースもあるのが見えたが、でも汐見君はその店舗を素通りした。店舗隣のお洒落な塗装のしてある大きな倉庫の中に、サーフィンやカヤックなどのマリンスポーツの道具が並んでいるのが見えた。店の前を走る道路の向こうへ視線をやると、そこにはもうすぐ側に海の青が見える。

 そして彼はウッキウキな笑顔で、私にこう言った。


「じゃ。まずはこれにお着替えしよっか?」


 そう彼が私に突きつけてきたもの。それは・・水着だった。しかもビキニの。それを見たとき私の頭が導き出した答え。


 冴えない女に声かける → デートと称して家でエロ動画撮影 → 売り飛ばす = 汐見君はJKサービスの元締


 一気に血の気が引いた。


「すいません失礼します!!」

「待て待てー! お前絶対なんか変なこと考えてるだろ!」

 逃げだした手をガシッと捕まえられ、その手を振り解こうと私はジタバタと暴れた。

「離してこの変態!! 反社会勢力!」

「ちょっと店の前で人聞き悪いからやめてね? つーかコレの上にソレを着ろって言ってんだよ!」

 彼が指差した先には、ベンチの上に無造作に置かれた、スキューバダイビングなどで身につける黒いボディスーツだった。

「これって・・ウェットスーツ・・てやつですか・・?」

「そ。この時期じゃ水着で海入ったら寒すぎるからな」

「・・海・・に・・どうして入るんですか・・?」

 その私の問いに、彼はやっぱり明るい笑顔でニカッと笑った。


「今日はちょっと陽葵さんに、サーフィンをやってもらいます」