秋の匂いが香る昼下がり、カフェの前で前髪をいじりながら栞を待つ。自分の想いに気づいてから、頭はずっとそればっかりで嫌になるのに嫌になれない。

 お願いとして聞き入れたデートコースにも不安になってくる。小動物カフェに行って、そのあと占いをしてもらう。女性ウケを意識していないなんて口が裂けても言えない場所だし、気持ち悪がられるだろうか。

 そも、栞はそんなこと思わないだろうけど、無用な心配をしてしまうのだ。好きになった方が負け、なんてなんと分かりやすい判断基準か。

「こんにちは、待たせてしまってすいません」

「ううん、全然待ってないよ。じゃ、行こっか」

 昨日ぶりのはずなのに、今までの接し方が分からなくなる。己の一挙手一投足に違和感を覚えずにはいられない。窮屈なのに、でもどこか楽しくて浮かれてる。

 アニマルカフェに入ると、フローラルな花の香りと、仄かに匂う野生的な香りが嗅覚を撫でた。

 暖色のライトがモワッと輝いて、右のスペースではウサギがチョコチョコと走り回っている。

「ウサギですよ! 初めて見ました。こんなの見ちゃっていいんですか!?」

 店に入ると、是非も言わさずスリッパに履き替えてウサギの方に小走りして行く。しかし、伸びた手は店員さんに止められ、消毒や注意を受けていた。

 そこまでテンションが上がってくれるならスタートダッシュは完璧だろう。説明が終わると基本自由にしていいらしく、ハムスターなんかの小動物を見るもよし、ウサギと戯れるのもよしの大盤振る舞い。

「膝に乗ってますよ! 写真撮ってください。可愛いの暴力です」

 早速戯れあっている栞をカメラに写す。深緑のジャンバーにジーパン。男らしいファッションにベージュのニット帽といつもより違った雰囲気の栞。

 改めて美人だと感じる。いつもより濃い色の唇もやけにセクシー。彼女も十分すぎるほどに可愛さの暴力だ。

「どうして小動物カフェにしたんですか? 雪村くんにしちゃ可愛すぎません?」

「雨の日にウサギを見たいって言ってたの思い出してさ。星空は無理かもだけど、修学旅行の代わりだし、出来るだけ叶えてあげたかったから」

 言い切ると、ぐでーっとした顔のウサギを撫でながらコクコクと頷く。満足していただけたようで何よりだ。

 写真を撮り終えると、栞の隣に少しスペースを開けて座る。図書室では隣に座れたのにと、もどかしい気持ちが先走ってゆく。

「雪村くんってやっぱり流石です。そうやって事前に考えてから失敗しないようにって……私には出来ません」

 昨日のコーヒーの件だろうか。あれは考えなしに口を滑らせた俺が悪いのだから、気にしないでほしい。それに、前日のデートは心の底から最高だったと言える。そんなに反省されたくない。

 俺が楽しいと思った時間を彼女が悔いるなんて、そんなのあまりにも悲しいじゃないか。

「悲観してるとこ悪いけど、昨日のデートは本当に楽しかったよ。俺はそれ相応のものを返したいだけだからさ、今は素直に楽しんでよ」

「そう……ですね。でも、それなら私も言わせてもらいます。『修学旅行の代わり』なんて悲しいこと言わないでください。こんなに笑顔でいられるんですから、代替品なんて認めません」

 栞へ返事する前に、彼女の太ももに座っていたウサギが「プゥー」と鳴く。その調子がいいときのオナラみたいな鳴き声が面白くて、二人して破顔した。

 ウサギを愛でる彼女を見ながら俺はあることに気づく。栞の周りには入れ替わり立ち替わりでマーキングしている子がいるのに対して、俺の周りには一匹もいない。

「俺嫌われてない?」

「雪村くんの近づいてくるなオーラは他の追随を許しませんからね。この子たちも分かってるんですよ」

「なにそれ、いらないんだけど。来世に期待しようかな」

「今世は諦めたんですね。いい判断です」

「たまにはフォローしてね?」

 皮肉と分かりながらもそうやって軽く笑う。ただ俺の近くにいないのが少し寂しくて、栞の足に鎮座しているウサギを眺める。

 サラサラの毛並みは雪のように真っ白なのに、クリッとした瞳だけは深く赤に染まっていていて、ショートケーキを彷彿とさせる。

 カフェということもあってそれを模したメニューや、俺たちだけでなくウサギたちも食べられるお菓子もあるらしい。

「このジャガイモスティックっていうの買ってみる?」

「いいじゃないですか。私たちだけじゃなくて雪村くんも食べられるんですね」

「どうしてナチュラルにウサギサイドいるの……」

 呆れたようにツッコミを入れてから注文する。最近、栞のボケに拍車がかかっている気がしないでもないが、気のせいだろうか。

 おにぎりはシャケだの、猫派だの微妙に使い所の無い情報ばかり増えていく。

 ジャガイモスティックとやらを店員さんから受け取ると、「これが手のひら返しだ」と言わんばかりにゾロゾロとウサギたちが近づいてくる。

「俺は召使いじゃないんだけど」

「そんなこと言いながら食べさせてあげるんですね」

「可愛いんだから仕方ない。これは不可抗力」

 こんなにも可愛い顔で見つめられたらご奉仕の一つや二つしたくなって当然だ。口の近くに持っていくと、チョクチョクと前歯で細かく噛みながら少しずつ食べ進んでくる。なにこの可愛い生物。

「私にもください」

「はい」

 ジャガイモの入った紙コップを栞の前に持っていくが取ろうとしない。代わりに口を開けて前屈みで待っている。昨日も何度かやったのだけれど、好きと自覚してからじゃハードルが高すぎる。

 気合いを入れ直して口元にポテトを持っていく。すると、ウサギの真似か、先端を少しずつ噛みながらこちらに向かってくる。なにこの可愛い生物。

「ふふっ、ご馳走様でした」

 餌付けを終えた俺たちは、次にショーケースを見に行くことにした。店員さんに案内され壁側に向かう。そこにはハムスターやらハリネズミやらが各々の暮らしを満喫していた。

「この景色を見れてよかったです」

「やけに壮大だね」

 栞は聞いているのかいないのか、穏やかな目で小動物たちを見ている。イメージ通りに歯車の中を駆け回るふくよかなハムスター。その姿は小学生の運動会を彷彿とさせる。

「よかったら触ってみますか?」

「いいんですか!?」

 店員に声をかけられ飛び跳ねる。ウサギの仕草と可愛さが伝染したのだろうか。店員さんがゲージを開け、見事ケースから脱出したハムスターは栞の手のひらに着地する。

 包み込むように大切に愛でられているハムスター。大丈夫、俺はハムスターに嫉妬するような小さな男じゃない。

「可愛いですね」

「だね」

「本当に可愛いなー」

 ハムスターと俺を交互にチラチラと見ながら呟く。俺と比べて可愛いと言っているのなら、大抵のものは可愛いと思う。チンパンジーでやっと対マン張れるレベル。

「ハムスターが一番可愛いです」

「分かったって」

 可愛いの連続攻撃にピリオドを打とうと分かりやすく相槌を打つと、栞はむすーっと顔を膨らませる。

「こういうときは、私の方が可愛いよって言ってあげるものなんですよ。はい、もう一回です」

 どうやら、お前よりハムスターの方が可愛いぞ、と訴えているわけではなかったようだ。先ほどと同じように俺と手のひらを見比べる彼女に、意を決して口を開く。

「私の方が可愛いよ」

「そうだけどそうじゃないっ!」

 大事そうにハムスターを抱えながら、左肘でつついてくる。本当に、彼女の方が数倍可愛い。まだむくれてる栞に笑みが溢れた。

 その後もハリネズミを見たり、モモンガに悶えたりとショーケースコーナーを存分に堪能した。

 ふと、ウサギのふれあい広場に黒猫が一匹混ざっているのに気づく。よく見れば猫とウサギが仲良く遊んでいたりする。

 俺は紺青色の瞳へ吸い込まれるように黒猫のもとに向かった。この子だけたった一人で辺りを俯瞰している。

「お前は混ざらないのか?」

 しゃがみ込んで会話を試みると、「ミャー」と相槌が返ってくる。

「ニャーオ、ニャー、ニャー、ニャーです」

 後ろから来た栞も本格的に会話し始めた。猫に寄り添うコミュニケーションはどこで培われたものなのか。

「ニャーですって何?」

「ニャーに共感を求めてるんですよ。そんなのも分からないんですか?」

「説明されても理解できないのに分かるはずないよね」

 猫派の彼女はニャーから何かを感じ取ってほしいらしい。そんなことより、猫の真似をする栞は何故あんなにも癒されるのだろう。

 近づくなオーラを感じ取ったのか、黒猫は俺の足に身を擦りつけてくる。この子もどこか近づきずらい雰囲気があるため、親近感が湧いたのだろうか。俺とどこか似ている気がする。

「その子、ちょっと雪村くんに似てますよね」

「同じこと思ってた。どうしてだろ、この子も過度な人見知りなのかな。行くあてが無くなったら俺が養ってやる」

 胡座をかいて、間に猫を入れる。すると、丸まって目を閉じ始めた。猫が好きになる理由の全てを垣間見た気がする。

「私も行くあての無い子猫みたいなものですよ?」

「ごめん、俺の膝の上は一人用なんだ」

「その子どかしましょう」

「なんと強情な」

 なんて会話をしながら、満足すると店を出る。前半戦は大成功。続く占いは久遠のお墨付きなので失敗は考えにくい。

 けれど、やはり占いの結果が悪ければ気分は滅入るはず。ここばっかりは神様に願うしかない。

 本格的な占いも考えたけれど、二人で楽しくってのを考えたときに安牌な機械での診断にした。

 ゲームセンターのような所に入り、分厚いカーテンを潜り抜けるとプリクラサイズの機器が置いてあった。パネルをタッチしていざスタート。今気づいたが、二人の距離がすごく近い。店側の策略なのだろうか。

「何占いにする? 人生占いとか未来占いとか色々あるけど」

「無難に相性占いでいいんじゃないですか?」

「だね」

 ハート型で囲まれた相性占いのボタンをタッチすると、キュルルルーンと頭の悪そうな音がする。

「生年月日と血液型、性別と人間性、相手の印象を入力……だって」

 息がかかりそうな距離にいる彼女に笑いかけると、笑みを返してくれる。

「私はA型です。人間性は……『ネガティブな寂しがり屋』ですかね」

「A型なんだ。確かに解釈一致かも。俺の人間性か……」

「雪村くんは『意地悪なフニャフニャこんにゃく』とかじゃないですか?」

「そんな選択肢ないから」

 二人でケラケラと小さい部屋の中で笑い合う。自分の人間性は『人見知りの怖がり屋』にしておいた。

「次は相手の印象か。栞は怖がりでちょっと寂しがり屋だけど、強くて丁寧で大人らしい人って感じかな」

 もっと言いたいことはあったけど、この距離で怖がり屋の俺から言えるのはそれぐらいだった。

「私はそうですね……『意気地無しのプヨプヨ木綿豆腐』みたいな選択肢ありません?」

「さっきから悪口だよね? あとあっても選ばないでね。悲しくなるから」

 それぞれ当てはまりそうなものをタップしてロードを待つ。その間、耳に髪をかける彼女の所作に目を奪われた。可愛らしい耳が顔を出して、眼鏡フレームの間から見える澄んだ瞳が美しい。やっぱり、どう見たって完璧だ。

「あっ! 結果出ましたよ」

 パネルに結果が大々的に映し出される。頼みます神様……悪い結果だけは辞めてください。そう願ったのが吉と出たのか凶と出たのか、相性は普通だった。

「良くも悪くもないって感じですね。いろいろ詳細載せてくれてますよ。ちょっと読んでいいですか?」

「もちろん」

「えーっと、『O型の貴方はリーダーシップがあり、おおらかな一面も。几帳面で冷静なA型とは相性抜群!』みたいです。血液型だけなら相性良さげですね。これは赤い糸で繋がってますよ」

「そんな血で塗れた赤い糸、嫌でしょ」

 栞はいつものように、ふふっと笑って続ける。

「それに、雪村くんリーダーシップも無ければおおらかさも無いですからね。本当にO型ですか?」

「正真正銘O型だよ。ちょっと俺も疑ったけど」

 どうやら花言葉や血液型などに俺は当てはまらないらしい。そういう型破りなところが一周回って俺を表しているのだろうか。だとしたら驚愕だ。

「他は……『木綿豆腐の貴方は傷つきやすいですが、稀に熱くなり周りの人を火傷させてしまいます。パートナーをもっと気遣いましょう』ですって」

「そんなこと書いてないでしょ。『木綿豆腐の貴方は』って言葉初めて聞いたよ」

 結果が普通なこともあり、残りは可もなく不可もなくな方が書かれてあった。最後に恋みくじが貰えるらしく、ありがたくいただいてカーテンをくぐった。

「一緒に結果見ません?」

「いいよ、せーのっ」

 俺の掛け声に合わせて紙を広げる。名前に恋と書かれているだけあって、載っているのは恋愛関係ばかり。

【待人】……待てば来る
【縁談】……予期せぬ形で
【恋愛】……隠し事が災い
【助言】……考えすぎると凶

 特に面白みの無いおみくじ。いや、神様に笑いを求めるのがそもそも間違っているのかもしれない。

「私、結構悪いかもです」

 不安そうに怯える栞のおみくじを覗き込む。

【待人】……諦めよ 叶わず
【縁談】……近くにあり
【恋愛】……凶あり 気をつけよ
【助言】……逃げぬが吉

 恋愛に凶があるのに縁談は近いという矛盾一歩手前の神からのお告げ。悪いことが半分を締めているのは信じる人にとっては怖いのだろう。

「じゃ、こっち貰っていい? 交換しよ」

「でも……」

「交換しちゃいけないみたいなルールないし大丈夫でしょ。俺の方あんまり悪いこと書かれてないから」

 そう言って渡すと、嬉しそうに首を傾げる。これで俺のデートプランは終わり。二人で隣り合って来た道を帰る。

「今日はありがとうございました。ウサギも可愛かったし占いも楽しかったし、素敵な一日でした」

「なら良かったよ」

 半日費やして考えた価値があった。こんな日がいつまでも続けばいいのにと、そんなことを思って、恥ずかしくなり目を逸らす。

 栞と別れると、途端に疲れが押し寄せてくる。昨日、今日と少しはしゃぎすぎた。中学の頃のあの体力はどこへ行ってしまったのか。

 急に静かになった隣。秋最後の虫の音が、ひどく寂しく感じられた。