三学期も差し迫ってきて、宿題の量に絶望し始める正月終わり。やらなきゃを通り越してベットの上で寝転がっていると、背徳感すら覚え始める。
最近、栞と顔を合わせていない。彼女は最近忙しいらしく、丸一日空いていることが少ないんだそう。この前の体調不良を考えても忙しいのは身体に毒ではないかと思ってしまう。
本を読んでいても頭の隅では栞のことばかり。恋愛小説でもないのに主人公の隣にいる女性キャラが栞と重なってしまうのはもう末期。
少し早いがもうこのまま寝てしまおうか。本なんて読んでても会いたい気持ちが加速するだけだ。
読んでいた本を棚にしまうと、スマホが小刻みに揺れ、着信音が鳴る。手に取れば栞からの電話だった。
「こんばんは。どうしたの?」
『いえ、特に深い意味はないんですけど……最近会えてなかったから、蓮くんの声が聴きたくなって』
「……そっか。俺もちょっと寂しかったから嬉しい」
『ふふっ、珍しいですね。蓮くんがデレるの』
心底喜んでいる声がして、途端に恥ずかしくなってくる。俺は顔を埋めるようにベットに即ダイブ。
「そう言えば、クリスマスの日に久遠から『キス出来た?』ってメール来たんだけど、もしかして組んでたの?」
『まさか、私だって蓮くんから欲しがってたリップ貰って驚いてたんですよ』
そうか、あの日のキスは栞の勇気と行動力ありきではあるが、久遠の手中だったというわけか。ここまで応援して、手を貸してくれるなんて思ってもいなかった。
大きな欠伸をして、目を擦る。まだもう少し話していたい。
『私、寝落ち通話っていうのやってみたかったんですよ』
「そうなんだ。じゃあ今日やろうよ」
『……やっぱり、蓮くんといると落ち着きます。こうやって、すぐに私がしたいことしてくれて。どんどん好きになっちゃいます』
スマホの向こうでは顔を真っ赤にしているんだろうなと思い、微笑する。俺は言わずもがな。
「それはよかった。俺も栞といると嫌なこととか忘れられるよ」
売り言葉に買い言葉というわけじゃないが、褒め言葉に褒め言葉。少し深夜テンションが入っているからか、いつもなら胸の奥に秘めて言えないことが出てくる。悶えるのは明日の俺に任せよう。
『……蓮くんの嫌なことってなんですか?』
「宿題と受験だね。高校生らしい悩みでしょ。栞は不安なこととかあるの?」
あわよくばノートの一件を聞き出せないかとも思ったが、少し考え込んだ栞は当たり障りのないことを答える。
『将来……ですかね。私、将来の夢なくて。蓮くんはなりたい職業とかあるんですか? やっぱりラッパーとか警察とか?』
「俺を何だと思ってるの。しかもラッパーと警察って関連《《性ある》》の? 普通に《《生活》》できるぐらいの給料があればいいって思っ《てしまう》》かな」
『んんっ、警察で韻踏んでるでしょ』
「バレた」
意外にも見抜かれてクスリと小さく笑う。将来なんて先の先の話。俺には分からないけれど。
「俺は、こうやって栞と一緒に笑い続けれればそれが一番かな」
『…………なにそれっ、薄々気づいてましたけど寝ぼけてますよね?』
「完全に寝ぼけてる」
でも、口から急に出たってわけじゃなくて、眠さで口が緩んでいるだけ。いつも心のどこかで思っているが恥ずかしさが邪魔して、ついぞ今まで言えなくて。そんな、いつもの俺と隣り合わせの言葉。
『私、蓮くんのまたねって挨拶好きなんですよね。バイバイとかさようならとかじゃなくて、次があると思えるので』
「あー、なんとなく分かるかも。無意識にしてた挨拶なんだけど、好感触なら良かったよ」
別れの挨拶は「またね」に統一されている気がする。意識していなかったとは言え、俺としても好きな言葉なのかも。
『私………………』
栞の声が冷たくなって、肝を冷やす。背筋すら凍らせるそれは言葉にならずに、普段の明るい声に否定された。
『……いえ、やっぱり辞めておきます。気にしないでください』
「そっか。……そう言えば、栞は何時ぐらいに寝てるの?」
話を変えたくなったのは、忘れてほしい彼女のためじゃなくて、怖くなった俺のため。
『いつもは日を跨ぐぐらいですね。でも、今日は久しぶりに夜更かししちゃいます』
「そうなんだ。じゃあもうそろそろ眠いんじゃない?」
『そうですけど、今日は蓮くんの寝息を聴くまで寝るつもりないので』
「急にやすやすと寝れない理由ができちゃった」
『駄目ですよ。すやすやと寝てください』
自分の寝息を聴かれるのも嫌だが、それ以上に栞の寝言や寝息を聴きたい。一度図書室で聞いたことはあるものの、失礼だと思って聴かなかった。
ただ、今宵は違う。恋愛関係という大義名分のもと、寝ている彼女の息を聴こうが、寝言に返事しようが許される。
急遽始まった修学旅行の夜のような寝てはいけないサバイバル。互いを寝かせるために少し黙ってみたり、あえて喋らせて疲れさせてみたり。殺伐とした和気藹々の空気は気づけば既に二時間を超えていた。
『蓮くん……眠くないですか?』
「……ん? 何か言った?」
『もう半分寝てますね』
「大丈夫、俺の下半……右半分が起きてるから」
危ない。「俺の下半分が起きてる」とかセクハラ案件の下ネタを披露してしまうところだった。寝ぼけてて碌に頭も回っちゃいない。
「栞は眠くない、の?」
『私はこれを見越して昼寝してるんです。だから安心して寝てくれて大丈夫ですよ。んんっ、子守唄でも歌ってあげましょうか?』
「ずるい、聴きたい」
『ふふっ、ちょっと可愛すぎますねこれ』
結局、歌ってくれないのかよ。スマホは耳の横にあって、頭は沈むように枕に埋もれている。今日は無理だ、諦めよう。またいつか勝てばいい話。
どんどん重くなる瞼にとうとう目すら閉じる。いつもより少し高い彼女の声が少しずつ夢の中に誘ってゆく。
いくらか経って、俺はもう浅い眠りについていた。授業中に寝てしまったときのような朧げに聞こえる声だけが、僅かに現実を匂わせる。
『蓮くーん、もう寝ちゃいました?』
小さく聞こえる声。ただ、意味を処理する脳が寝ている。最後に一言、彼女の言葉を聞いて、俺は眠りにつく。
『……もし私が死んだら、蓮くんは泣いてくれますか?』
夢の狭間、おやすみと呟く彼女がどこか遠くに行ってしまう気がした。
最近、栞と顔を合わせていない。彼女は最近忙しいらしく、丸一日空いていることが少ないんだそう。この前の体調不良を考えても忙しいのは身体に毒ではないかと思ってしまう。
本を読んでいても頭の隅では栞のことばかり。恋愛小説でもないのに主人公の隣にいる女性キャラが栞と重なってしまうのはもう末期。
少し早いがもうこのまま寝てしまおうか。本なんて読んでても会いたい気持ちが加速するだけだ。
読んでいた本を棚にしまうと、スマホが小刻みに揺れ、着信音が鳴る。手に取れば栞からの電話だった。
「こんばんは。どうしたの?」
『いえ、特に深い意味はないんですけど……最近会えてなかったから、蓮くんの声が聴きたくなって』
「……そっか。俺もちょっと寂しかったから嬉しい」
『ふふっ、珍しいですね。蓮くんがデレるの』
心底喜んでいる声がして、途端に恥ずかしくなってくる。俺は顔を埋めるようにベットに即ダイブ。
「そう言えば、クリスマスの日に久遠から『キス出来た?』ってメール来たんだけど、もしかして組んでたの?」
『まさか、私だって蓮くんから欲しがってたリップ貰って驚いてたんですよ』
そうか、あの日のキスは栞の勇気と行動力ありきではあるが、久遠の手中だったというわけか。ここまで応援して、手を貸してくれるなんて思ってもいなかった。
大きな欠伸をして、目を擦る。まだもう少し話していたい。
『私、寝落ち通話っていうのやってみたかったんですよ』
「そうなんだ。じゃあ今日やろうよ」
『……やっぱり、蓮くんといると落ち着きます。こうやって、すぐに私がしたいことしてくれて。どんどん好きになっちゃいます』
スマホの向こうでは顔を真っ赤にしているんだろうなと思い、微笑する。俺は言わずもがな。
「それはよかった。俺も栞といると嫌なこととか忘れられるよ」
売り言葉に買い言葉というわけじゃないが、褒め言葉に褒め言葉。少し深夜テンションが入っているからか、いつもなら胸の奥に秘めて言えないことが出てくる。悶えるのは明日の俺に任せよう。
『……蓮くんの嫌なことってなんですか?』
「宿題と受験だね。高校生らしい悩みでしょ。栞は不安なこととかあるの?」
あわよくばノートの一件を聞き出せないかとも思ったが、少し考え込んだ栞は当たり障りのないことを答える。
『将来……ですかね。私、将来の夢なくて。蓮くんはなりたい職業とかあるんですか? やっぱりラッパーとか警察とか?』
「俺を何だと思ってるの。しかもラッパーと警察って関連《《性ある》》の? 普通に《《生活》》できるぐらいの給料があればいいって思っ《てしまう》》かな」
『んんっ、警察で韻踏んでるでしょ』
「バレた」
意外にも見抜かれてクスリと小さく笑う。将来なんて先の先の話。俺には分からないけれど。
「俺は、こうやって栞と一緒に笑い続けれればそれが一番かな」
『…………なにそれっ、薄々気づいてましたけど寝ぼけてますよね?』
「完全に寝ぼけてる」
でも、口から急に出たってわけじゃなくて、眠さで口が緩んでいるだけ。いつも心のどこかで思っているが恥ずかしさが邪魔して、ついぞ今まで言えなくて。そんな、いつもの俺と隣り合わせの言葉。
『私、蓮くんのまたねって挨拶好きなんですよね。バイバイとかさようならとかじゃなくて、次があると思えるので』
「あー、なんとなく分かるかも。無意識にしてた挨拶なんだけど、好感触なら良かったよ」
別れの挨拶は「またね」に統一されている気がする。意識していなかったとは言え、俺としても好きな言葉なのかも。
『私………………』
栞の声が冷たくなって、肝を冷やす。背筋すら凍らせるそれは言葉にならずに、普段の明るい声に否定された。
『……いえ、やっぱり辞めておきます。気にしないでください』
「そっか。……そう言えば、栞は何時ぐらいに寝てるの?」
話を変えたくなったのは、忘れてほしい彼女のためじゃなくて、怖くなった俺のため。
『いつもは日を跨ぐぐらいですね。でも、今日は久しぶりに夜更かししちゃいます』
「そうなんだ。じゃあもうそろそろ眠いんじゃない?」
『そうですけど、今日は蓮くんの寝息を聴くまで寝るつもりないので』
「急にやすやすと寝れない理由ができちゃった」
『駄目ですよ。すやすやと寝てください』
自分の寝息を聴かれるのも嫌だが、それ以上に栞の寝言や寝息を聴きたい。一度図書室で聞いたことはあるものの、失礼だと思って聴かなかった。
ただ、今宵は違う。恋愛関係という大義名分のもと、寝ている彼女の息を聴こうが、寝言に返事しようが許される。
急遽始まった修学旅行の夜のような寝てはいけないサバイバル。互いを寝かせるために少し黙ってみたり、あえて喋らせて疲れさせてみたり。殺伐とした和気藹々の空気は気づけば既に二時間を超えていた。
『蓮くん……眠くないですか?』
「……ん? 何か言った?」
『もう半分寝てますね』
「大丈夫、俺の下半……右半分が起きてるから」
危ない。「俺の下半分が起きてる」とかセクハラ案件の下ネタを披露してしまうところだった。寝ぼけてて碌に頭も回っちゃいない。
「栞は眠くない、の?」
『私はこれを見越して昼寝してるんです。だから安心して寝てくれて大丈夫ですよ。んんっ、子守唄でも歌ってあげましょうか?』
「ずるい、聴きたい」
『ふふっ、ちょっと可愛すぎますねこれ』
結局、歌ってくれないのかよ。スマホは耳の横にあって、頭は沈むように枕に埋もれている。今日は無理だ、諦めよう。またいつか勝てばいい話。
どんどん重くなる瞼にとうとう目すら閉じる。いつもより少し高い彼女の声が少しずつ夢の中に誘ってゆく。
いくらか経って、俺はもう浅い眠りについていた。授業中に寝てしまったときのような朧げに聞こえる声だけが、僅かに現実を匂わせる。
『蓮くーん、もう寝ちゃいました?』
小さく聞こえる声。ただ、意味を処理する脳が寝ている。最後に一言、彼女の言葉を聞いて、俺は眠りにつく。
『……もし私が死んだら、蓮くんは泣いてくれますか?』
夢の狭間、おやすみと呟く彼女がどこか遠くに行ってしまう気がした。