「……ありがとう」
呆けたまま受け取る竜士の向かいで、各務はさっそく自分の分を開封していた。袋から出されたアイスバーは、滴るように鮮やかな紅色である。
ようやく回り始めた頭でアイスを手にすると、竜士のものは淡い白緑色で、齧るとマスカットの味がした。
「よかった、間に合って。残り五本だった。午前中に売り切れることも多いんだ」
「お前、これ、フルーツ城水で買ったのか? 馬鹿だな。補導されたらどうすんだよ」
「大丈夫。先生たちも、まさか校舎の隣にある店に寄りこむ生徒がいるとは思わないって。後ろめたいことほど堂々とやる方がバレにくいだろ?」
しれっと答えた友人は、模範生として教師陣からも厚く信頼されている。教室で熱心にアイスを食す姿は貴重映像となろう。
「よくそんなタラタラ食えんな。下の方、溶けてきてるし」
竜士がほとんど食べ終えた時点で、各務のアイスはまだ元の形状を保っていた。
「味わってるんだよ。松田みたいに齧ったら、すぐ終わっちゃうだろ」
各務はのけ反るようにしてアイスの下部を舌で舐め上げた。細い喉が露となり、柔らかそうな髪が流れる。
どこか淫靡な姿から目を逸らしかけて、はた、と気がついた。
各務と面と向かっている。
馬鹿馬鹿しくも新鮮な感動に背筋が伸びた。互いに横座りしているので、正面に姿があるのだ。
いま、彼の視界には俺が映っている……だが、肝心の相手はアイスと格闘真っ只中だ。一向に進まない「もぐもぐタイム」に苛立ちが頂点に達し、我慢できずに口を開いていた。
「各務に、大事な話がある」
きょとんと顔を上げた友人を、挑むような目つきで見据える。
「わ」
短い叫びとともに、各務の華奢な体が傾いた。引き寄せた手首は想像よりも細く、力の加減が難しかった。目の前に迫る鳶色の瞳が、驚きに開かれていく。
しゃく、と小気味よい音が二人の間で小さく弾けた。口の中に広がる甘酸っぱい味……。
「俺は、プラム味の方が好きなんだ」
冷たい塊が喉を滑り落ちていく。鼻先がつかんばかりの位置で、各務の目線が微かに下降するのを見つめながら、つかんでいた手首をそっと放す。付き合わせた膝の上に紅い液体が一滴落ちた。
「あ、あ……もう、半分も、ない!!」
奪われたアイスの残骸を掲げて各務が嘆きの叫びを上げるのを尻目に、口の中に残る甘味を舌でなぞった。
この先、各務と同じ景色を見られるかは……わからない。でも、これからも俺が前を歩いていれば、彼の視界に入る可能性は残される。
だったら、一番を取り続けることに意義はある。大いに――ある。
前向きな結論を下した竜士の前で、各務が思い切り目睫を釣り上げた。
「こんの、単細胞が!!」
んだと、こらぁ。唸るように言い返しつつも、来たる未来への希望で胸は熱くなっていた。
十六回目の誕生日は最悪だった。
呆けたまま受け取る竜士の向かいで、各務はさっそく自分の分を開封していた。袋から出されたアイスバーは、滴るように鮮やかな紅色である。
ようやく回り始めた頭でアイスを手にすると、竜士のものは淡い白緑色で、齧るとマスカットの味がした。
「よかった、間に合って。残り五本だった。午前中に売り切れることも多いんだ」
「お前、これ、フルーツ城水で買ったのか? 馬鹿だな。補導されたらどうすんだよ」
「大丈夫。先生たちも、まさか校舎の隣にある店に寄りこむ生徒がいるとは思わないって。後ろめたいことほど堂々とやる方がバレにくいだろ?」
しれっと答えた友人は、模範生として教師陣からも厚く信頼されている。教室で熱心にアイスを食す姿は貴重映像となろう。
「よくそんなタラタラ食えんな。下の方、溶けてきてるし」
竜士がほとんど食べ終えた時点で、各務のアイスはまだ元の形状を保っていた。
「味わってるんだよ。松田みたいに齧ったら、すぐ終わっちゃうだろ」
各務はのけ反るようにしてアイスの下部を舌で舐め上げた。細い喉が露となり、柔らかそうな髪が流れる。
どこか淫靡な姿から目を逸らしかけて、はた、と気がついた。
各務と面と向かっている。
馬鹿馬鹿しくも新鮮な感動に背筋が伸びた。互いに横座りしているので、正面に姿があるのだ。
いま、彼の視界には俺が映っている……だが、肝心の相手はアイスと格闘真っ只中だ。一向に進まない「もぐもぐタイム」に苛立ちが頂点に達し、我慢できずに口を開いていた。
「各務に、大事な話がある」
きょとんと顔を上げた友人を、挑むような目つきで見据える。
「わ」
短い叫びとともに、各務の華奢な体が傾いた。引き寄せた手首は想像よりも細く、力の加減が難しかった。目の前に迫る鳶色の瞳が、驚きに開かれていく。
しゃく、と小気味よい音が二人の間で小さく弾けた。口の中に広がる甘酸っぱい味……。
「俺は、プラム味の方が好きなんだ」
冷たい塊が喉を滑り落ちていく。鼻先がつかんばかりの位置で、各務の目線が微かに下降するのを見つめながら、つかんでいた手首をそっと放す。付き合わせた膝の上に紅い液体が一滴落ちた。
「あ、あ……もう、半分も、ない!!」
奪われたアイスの残骸を掲げて各務が嘆きの叫びを上げるのを尻目に、口の中に残る甘味を舌でなぞった。
この先、各務と同じ景色を見られるかは……わからない。でも、これからも俺が前を歩いていれば、彼の視界に入る可能性は残される。
だったら、一番を取り続けることに意義はある。大いに――ある。
前向きな結論を下した竜士の前で、各務が思い切り目睫を釣り上げた。
「こんの、単細胞が!!」
んだと、こらぁ。唸るように言い返しつつも、来たる未来への希望で胸は熱くなっていた。
十六回目の誕生日は最悪だった。