転機が訪れたのは、中二の五月――春と夏が交互に訪れる不安定な季節の頃だった。
その日、家に弁当を忘れるという、らしからぬミスを犯した竜士は、昼休みに高等部の校舎に呼びつけられた。
心優しき兄が弟の分も持参していたのだ。
高等部の教室は中等部と異なり、メッキ銅板の開き戸で中が見えない造りである。創立八十年目を迎える校舎は、よく言えば風格があり、悪く言えば古臭い。
(クソ兄貴!!)
何度、携帯を鳴らしても出ない兄に屈して恐る恐る扉を開けた。
途端に鼻をついた獣臭に後ずさりした。男、男、男……男子校なのだから、当たり前だ。 まだ小学生といっても通じる生徒も混在する中等部とは異なり、目の前に広がる光景に「子供」は見当たらない。運動部の精鋭が揃うクラスということもあり、どいつもこいつもガタイが良い。せわしなく目線を動かしていると、丸刈りでいかつい輪郭の生徒と目が合い、寿命が縮んだ。
「おら。忘れもの」
ようやく現れた兄は薄ら笑いを浮かべており、わざと電話に出なかったのだと察しがついた。弁当をひったくると、逃げるように高等部の校舎を後にした。昇降口から外に出て一息をついた時に、西に構える校門付近に二つの人影を認めた。
向かい合う彼等は大変な身長差である。よく見ると、一方は金髪・碧眼の外国人であり、もう一方は同級生であった。
足音高く近づく竜士に、二人は揃って顔を向けた。見上げるほど大きな外国人は、各務の両肩に手を置いたままだ。
手にしていた弁当が大きく振れたが、構わずに体格のよい男を指差した。
「おい、ガイジン、よく聞け。お前が立ってるその場所はなあ、いたいけな中学生が通う校舎の真ん前なんだよ。すぐ先には交番もある。こんな場所でナンパなんかすんなっ。俺が大騒ぎすれば、お前はすぐ取っ捕まるんだぞ!」
一気にまくし立てた竜士を見つめる男の瞳は透き通るような薄い青色だ。綺麗に撫でつけた金髪が白日の下できらきらと輝きを帯びている。
「イオリのトモダチ?」
一音一音が弾むような日本語で、男は各務の名を口にした。白い歯がこぼれる大きな笑顔は、見るからに人懐こそうだ。
「クラスはちがうよ」
素っ気なく答えた各務は、否定も肯定もしなかった。