◇
昼休み、いつもは教室で購買で買ったパンを頬張るか、ウツミと学食に行くのだけど。今日は珍しくウツミが音楽室に行きたいというので着いてきた。紙パックのコーヒー牛乳とメロンパンを買ってから。
「……イチって意外と甘党だよね」
「意外とってなんだよ」
「いや別に、かわいーとこもあるなって」
「うるさ」
音楽室に行きたいだなんて言うものだから、ピアノでも弾くのかと思いきや。ピアノ横の壁にもたれかかって地べたに座る。どこから持ってきたのかブランケットまだ用意している始末。あれ、こいつもしかして寝に来てない?
「ウツミ、また眠いの」
「うん」
やっぱり。おれは渋々ウツミの横に座る。ギリギリ肩が触れないライン。
「夜寝れてない?」
「んー、そうだな、あんまり」
「この間はよく寝てたのに」
「イチが横にいたから」
「だから、なんなのそれ、意味わかんないけど」
「……体温高いからかな、イチって」
「はあ?」
人の気も知らないで猫のようにすり寄ってくる。おれはずっと触れないようにしているのに、簡単に壁を飛び越えてくる。ウツミのこういうところがたちが悪い。
ブランケットを被ったウツミが、おれの肩にそっと頭を預ける。まるでそうあるべきかのように、当たり前のようにするものだから、おれも何も言えなくなってしまう。心臓の音が早くなる。本当情けない。
「この間も、夜中イチの背中にくっついてた」
「え、おまえ先に寝てたじゃん」
「夜中布団がなくて寒くて起きた」
「え、それはごめん、まじで爆睡してたかも」
「いーよ、イチのこと湯たんぽにしてたから」
なんだそれ、かわいいんだけど、いや、かわいいはまずい。訂正。てか、ぜんぜん気づかなかった。おれも意外と眠りが深いみたいだ。
「てか今日ウミネコがさ、」
「うん?」
居た堪れなくて話題を変えてやる。この間のことはなんだかむず痒くてまだウツミと話せそうにない。まあ、こんな状況で何言ってんのって話だけど。
「ウツミは他人と一線を引いてるって言ってた」
「あー、うん、そうかも」
「自分で納得すんなよ」
「……俺って女の子ウケするみたいだからさ」
「何その嫌みっぽい台詞、おれ以外に言ったら嫌われるぞ」
「はは、ほんと、そのとおり」
ウツミが笑うたび、サラッとした黒髪が揺れて頬を掠める。男のくせに綺麗な髪しやがって、何から何まで本当、ウツミは出来すぎてるよ。
「一線を引いてるっていうか、引かれてるっていうか」
「引かれてる?」
「なんていうか、こっちからどれだけ擦り寄っても、結局向こうも一線を引いてるっていうかさ」
「あー……」
「イチもわかるでしょ? こう……容姿が整ってるだけで、崇めたてられる、あの違和感っていうかさ」
でもそれは、造形が綺麗に生まれたものにしかわからない贅沢でもあるよ、きっと。でもそんなことは、他人に言うべきことではない。それなりに容姿が整っているおれでも感じることだ、さらに飛び抜けて綺麗な外見をしているウツミなら尚更なことだろう。
どこか距離を置かれているような、あの、違和感。なんとなく、わかる。いい人でいなければならないという重圧も。それはおれがマイノリティに引け目を感じているせいかもしれないけれど。
「意外とわかるんだよね、こう、自分に寄ってくる人がさ、俺の何を見てるかって」
「外見で寄ってくんなってこと?」
「んーまあそう言うわけじゃないけどさ」
「どっちみち贅沢な悩みだよ」
「イチだってわかってるくせに、本当いい人ぶるのが上手いな」
「いい人ぶるって、言い方悪」
「悪い癖じゃん、イチの、誰にでも平等なふりして、本当は誰にも興味ないところ」
え、と。その声は音にならなかった。目線だけおれの肩にもたれるウツミに向けると、ウツミも同じようにおれに視線を向けていたから。
目線が重なる。ウツミがいやに真剣な顔をしていて、その瞳に、見透かされている、と思った。それから、ゆっくりとウツミの視線が下へと落ちる。もうその表情は見えない。
「なんだろうね、一線を引きながら、結局本当は深いところで関わりを持てる存在を探してたのかも」
なんだそれ。よく意味がわかんないって、この間から。ウツミ、おまえはさ、綺麗だからこそ、きっと抱えているものも多いよ、おれなんかよりずっと。だから、そんな見透かしたようなこと言うなよ。
「……俺はウツミのどこにいんの?」
思わず出た言葉に、少しの沈黙。返事がなくてもう一度視線を落とすと、すやすやと寝息を立てているウツミがいた。
こいつ、また寝やがった、ふざけんな。
なんで寝る前だけ饒舌になるんだよ。ほんと腹立つ。けど、やっぱり今回も、このタイミングで寝てくれてよかった、とも思う。ウツミ、それ以上近づくなよ、おれたち超えちゃいけない壁があるよ。
昼休み、いつもは教室で購買で買ったパンを頬張るか、ウツミと学食に行くのだけど。今日は珍しくウツミが音楽室に行きたいというので着いてきた。紙パックのコーヒー牛乳とメロンパンを買ってから。
「……イチって意外と甘党だよね」
「意外とってなんだよ」
「いや別に、かわいーとこもあるなって」
「うるさ」
音楽室に行きたいだなんて言うものだから、ピアノでも弾くのかと思いきや。ピアノ横の壁にもたれかかって地べたに座る。どこから持ってきたのかブランケットまだ用意している始末。あれ、こいつもしかして寝に来てない?
「ウツミ、また眠いの」
「うん」
やっぱり。おれは渋々ウツミの横に座る。ギリギリ肩が触れないライン。
「夜寝れてない?」
「んー、そうだな、あんまり」
「この間はよく寝てたのに」
「イチが横にいたから」
「だから、なんなのそれ、意味わかんないけど」
「……体温高いからかな、イチって」
「はあ?」
人の気も知らないで猫のようにすり寄ってくる。おれはずっと触れないようにしているのに、簡単に壁を飛び越えてくる。ウツミのこういうところがたちが悪い。
ブランケットを被ったウツミが、おれの肩にそっと頭を預ける。まるでそうあるべきかのように、当たり前のようにするものだから、おれも何も言えなくなってしまう。心臓の音が早くなる。本当情けない。
「この間も、夜中イチの背中にくっついてた」
「え、おまえ先に寝てたじゃん」
「夜中布団がなくて寒くて起きた」
「え、それはごめん、まじで爆睡してたかも」
「いーよ、イチのこと湯たんぽにしてたから」
なんだそれ、かわいいんだけど、いや、かわいいはまずい。訂正。てか、ぜんぜん気づかなかった。おれも意外と眠りが深いみたいだ。
「てか今日ウミネコがさ、」
「うん?」
居た堪れなくて話題を変えてやる。この間のことはなんだかむず痒くてまだウツミと話せそうにない。まあ、こんな状況で何言ってんのって話だけど。
「ウツミは他人と一線を引いてるって言ってた」
「あー、うん、そうかも」
「自分で納得すんなよ」
「……俺って女の子ウケするみたいだからさ」
「何その嫌みっぽい台詞、おれ以外に言ったら嫌われるぞ」
「はは、ほんと、そのとおり」
ウツミが笑うたび、サラッとした黒髪が揺れて頬を掠める。男のくせに綺麗な髪しやがって、何から何まで本当、ウツミは出来すぎてるよ。
「一線を引いてるっていうか、引かれてるっていうか」
「引かれてる?」
「なんていうか、こっちからどれだけ擦り寄っても、結局向こうも一線を引いてるっていうかさ」
「あー……」
「イチもわかるでしょ? こう……容姿が整ってるだけで、崇めたてられる、あの違和感っていうかさ」
でもそれは、造形が綺麗に生まれたものにしかわからない贅沢でもあるよ、きっと。でもそんなことは、他人に言うべきことではない。それなりに容姿が整っているおれでも感じることだ、さらに飛び抜けて綺麗な外見をしているウツミなら尚更なことだろう。
どこか距離を置かれているような、あの、違和感。なんとなく、わかる。いい人でいなければならないという重圧も。それはおれがマイノリティに引け目を感じているせいかもしれないけれど。
「意外とわかるんだよね、こう、自分に寄ってくる人がさ、俺の何を見てるかって」
「外見で寄ってくんなってこと?」
「んーまあそう言うわけじゃないけどさ」
「どっちみち贅沢な悩みだよ」
「イチだってわかってるくせに、本当いい人ぶるのが上手いな」
「いい人ぶるって、言い方悪」
「悪い癖じゃん、イチの、誰にでも平等なふりして、本当は誰にも興味ないところ」
え、と。その声は音にならなかった。目線だけおれの肩にもたれるウツミに向けると、ウツミも同じようにおれに視線を向けていたから。
目線が重なる。ウツミがいやに真剣な顔をしていて、その瞳に、見透かされている、と思った。それから、ゆっくりとウツミの視線が下へと落ちる。もうその表情は見えない。
「なんだろうね、一線を引きながら、結局本当は深いところで関わりを持てる存在を探してたのかも」
なんだそれ。よく意味がわかんないって、この間から。ウツミ、おまえはさ、綺麗だからこそ、きっと抱えているものも多いよ、おれなんかよりずっと。だから、そんな見透かしたようなこと言うなよ。
「……俺はウツミのどこにいんの?」
思わず出た言葉に、少しの沈黙。返事がなくてもう一度視線を落とすと、すやすやと寝息を立てているウツミがいた。
こいつ、また寝やがった、ふざけんな。
なんで寝る前だけ饒舌になるんだよ。ほんと腹立つ。けど、やっぱり今回も、このタイミングで寝てくれてよかった、とも思う。ウツミ、それ以上近づくなよ、おれたち超えちゃいけない壁があるよ。