眠れないというウツミの処方薬に、もしおれがなり得るならそれでもいいのだけれど、きっとそんな簡単な話ではない気がする。

夜に眠れないから一緒に寝て欲しいと誘われたあの日が終わってもウツミはけろっとしていた。意識していたのはやっぱり俺だけだったみたいだ。

朝起きた時には既に横にはおらず、ソファで白湯を飲みながら本を読んでいて。眠い目を擦りながら、こいつ朝までこんなに完璧なのか、と少々面食らった。なんかもっと、こう、男子高校生らしいところを見せてくれてもいいんだけど。なんでひとりでそんなに大人びてんの。それでなんでそんなに綺麗なんだよ、たまには幻滅させてみろよ。

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「イッチー今日もカッコいいなームカつくぜ」


月曜、2限終わり。選択授業の帰り、ひとりで教室に戻ろうと廊下を出るところでウミネコに捕まった。ウツミは選択分野が違うので別教室だ。


「ウミネコは今日もうるさいな」
「うるさいってなんなのよ? イッチーとウツミが落ち着きすぎなの。オレらがフツウなの」
「あーそう。そいえば大丈夫だったの、金曜」
「あーそうだそうだ聞いてよイッチー! ツカが足遅せーから結局門限間に合わなくて、オレら今日反省文なの!」
「はは、そんなことだろーと思った。相変わらずバカだなー」
「くそーなんでオレらばっかこんな目に! イッチーとウツミは石川ちゃんと岸田ちゃんとちゃっかり仲良くなってるし! そのくせ先帰るしさあ! いつもいいとこ取りやがってバカヤロウ!」


ああ、そういえば石川さんと岸田さんの目の前の席になった時、ウミネコにすごい顔で睨まれたんだった。おれらのせいじゃないんだけど。勝手に座られたし。


「まあいいじゃん、仲良くなれたんでしょ? B組女子と」
「はあ? それがさ、石川さんも岸田さんも、連絡聞いたらなんて言ったと思う?」
「ああ聞いたんだ、すごいじゃん」
「バカ! オレたち『イッチーとウツミくんもいるLINEグループ作るならいいよ』って言われたんだぞ! こんな惨めなことがあるかっ!」


ガシッとウミネコに肩を組まれる。あーまためんどくさいことになってしまった。変に優しくするんじゃなかったな。


「あー、まあおれはグループ参加するぐらいならいいけど、ウツミはどうだろうね」
「はあいいな、オレもイッチーたちみたいに下々を高台から見下ろす存在になりてーよ……」
「別にそんなこと思ってないって」


むしろ、本当はウミネコたちが羨ましいと思ってるよ。おれはどうしたって、好きな人に好きとすら言うことができない。そんなのフェアじゃないだろ? だから、ウミネコたちのほうがよっぽどおれよりも高い位置にいるんだよ。知らないだろうけど。


「てゆーかウツミは嫌がりそうだよなあ、オレにさえ連絡滅多に帰ってこないし」
「そうか? 別に普通に返ってくるけど」
「それはイッチーだからだって、ヤダねこの人たらしはホントに!」


あ。”人たらし”という言葉にびくりと反応する。そういえば、ウツミのアレなんだったんだろ。人たらしは嫌いとか、おれに言ってるようなもんじゃん。感じ悪い。朝起きた時問い詰めても、寝ぼけていたから覚えてないの一点張りだったし。


「別にそんなことないと思うけど」
「何言ってんだよー! ウツミに釣られた女子が結局イッチーに惚れてんの何回見たことか!」
「ウツミが愛想ないからだって」
「あーまあウツミはなー、本当顔だけはSSRだからなー」
「懐けばかわいいんだけどね」
「まーウツミはイッチーだけには異様に懐いてるからなー、そりゃイッチーもウツミがかわいいわけだ」
「まあずっと隣の席だしね」


うーん、とウミネコが珍しく考えたように空を仰ぐ。ていうかそろそろ肩から腕どかしてくれないかな。暑苦しい。


「んーていうかさ、ウツミってよくわかんないじゃん? 実際のとこ、他人と一線引いてるっていうかさ」
「あー、まあ、わからなくはないけどね」
「でもイッチーだけには心開いてんだよね、正直妬けるわ、イッチーの人望の厚さに」
「どんなとこで妬いてんだよ」
「顔がいいとこと皆に優しいとことモテるとことモテるとことモテるとこ」
「おれはウミネコのがおれよりいい奴だと思うけどね」
「ハイ! そーゆーとこ! イッチーのなんでも持ってるくせに謙虚で人が出来てるとこ! 最悪! 憎めない! オレもイッチー大好き!」
「おーありがてー、ウミネコはそのままでいて」
「くやしー、イッチーずりー、でもスキ」


さらに首に巻きつかれてハイハイと引き剥がす。まあでも、実際おれもウツミもウミネコには救われてたらするんだよ。その底抜けの明るさにさ。