◇
18時から始まったカラオケは、結局20時まで続いた。案の定ウツミはずっと一番端でスマホをいじっていて、時々寝たりドリンクバーに行ったり、その隙に女の子に話しかけられたり。おれはそれを横目に、程々にカラオケに参加して、程々に女の子と会話をする。我ながら器用だな、と思う。
「てかイチとウツミが二次会きてくれるなんてめずらしーじゃん、ありがとね?」
ニカッとウミネコがおれの首に手を回してわらう。ウミネコのこういう人懐っこいところ、憎めないんだよなあ。
カラオケが終わった後、二次会と称して近くのファミレスにぞろぞろと入った。正直別に来なくてもよかったんだけど、珍しくウツミが「腹減った」と溢したので渋々連れてきたってわけ。それに釣られてちゃっかり女の子たちも着いてきてるし、ウミネコ率いるクラスの男子は嬉しそうだ。
「ウツミ、眠くないの?」
「うんまあ、カラオケ半分寝てたし」
「あーまあね、そっか」
10人を超える大人数でいきなり押しかけて、ファミレスの店員さんは困っただろうな。とりあえず席を確保してもらって、ウツミは案の定いちばん端に、おれはその横を陣取る。もちろんソファ席は女の子に譲るけどね。それぐらいの配慮はできる。
ウツミとおれの目の前にはちゃっかり今日いる女の子の中でいちばん可愛いふたりが並んだ。ウミネコが向こうの席で何やら睨んでいるけど無視しておこう。ていうかこの子達の名前なんだったっけな。
「ウツミくんとイッチーって並んでると本当に絵になるよねえ、学内1じゃない?」
「えー、はは、まあウツミはね、整ってるよね」
「イッチーって謙虚だよね。そういう気が遣えるところも人気のひとつかあ〜」
ウツミの目の前に茶髪ボブの岸田さん。おれの目の前に黒髪ロングの石川さん。どうにか自己紹介の時に聞いた名前を頭の片隅から引っ張り出す。ウミネコが、今日来るメンバーの中でいちばん人気の2人だと言っていた。見ればわかる、確かに綺麗系と可愛い系で、整った顔立ちをしている。いかにも今までモテてきましたって感じ。まあ、別に嫌いじゃないけどね。普段なら興味もない。
ただ、ウツミを狙ってるなら、話は変わってくるわけで。
「ウツミくんって初めて喋ったけど、いつもこんな感じ? すっごい眠そー」
「そーそ、ウツミは基本睡眠欲がいちばん強いの。授業中でもよく寝てるし」
「なのに頭いいって神様はずるいね〜」
「……ベンキョはイチがいつもテスト勉強付き合ってくれるからだけどね」
「えっそうなんだ! 本当2人仲良いんだねー。いいな、私たちも今度その勉強会混ぜてよ!」
「そーだね、機会あれば、またやろっか」
茶髪の岸田さんは自分からグイグイと話を勧めてくれるタイプらしい。逆に黒髪の石川さんは大人しいな。見た目も大人っぽくて、色白美人だ。
岸田さんの言葉ににこりと笑う。こういうのも、余白を埋める、に入るかな。機会があれば、なんて、やらない、も同然だけどね。
怪しまれない為に、誰にでも好かれるように、なんでもこなせるように、人当たりもいい、勉強もスポーツもそこそここなせる、そういう人間になった。ひとつだけ、マイノリティな部分があるから、それを埋めるみたいに。あとは全部、平均以上にこなせるように。
頼んだポテトがやってきて、ウツミがいちばん初めに手をつける。あ、やっぱ、指が綺麗だな、なんて思ったりして。
「そういえば、ウツミくんってピアノ弾いてるんだっけ?」
「……まあ、趣味で」
「えー凄い、こんなにカッコいいのにピアノまで弾けるなんて、神様って不平等だね〜」
ウツミのピアノのこと、あまり公言してないのに、意外と広まってるんだ。いきなり話題に出されたことに驚く。ウツミはいつも人がいない放課後、おれの前でしかピアノを弾かないから。
「……ね、おれもそう思う」
「イッチーは人から好かれる天才でしょ!」
「はは、そんなイメージ?」
「そりゃそうだよ〜ウツミくんは手が届かない高嶺の花って感じだけど、イッチーは万人モテするタイプじゃん!」
「えーそれおれ褒められてる?」
「めちゃくちゃ褒めてるんだけどー!」
「はは、ふたりのがモテると思うけど、かわいいし」
「ほら! そーいうとこ! 本当人たらしだね〜」
ただ人当たりがいいだけなんだけどね。人間関係のいざこざとかめんどくさい。出来ればうまく穏便に済ませたい。適当に愛想を振り撒いて特別以外に平等な態度を取れること、それは全員に興味がないことと同義でもある。
「そういえばミカもピアノ弾いてるんだよ!」
「え、そうなの?」
「そうそう、すっごく上手いんだー」
ずっと岸田さんとおれで話していたせいか、岸田さんがそう隣に座る石川さんに話題を振ってやる。石川さん、下の名前、ミカっていうのか。自己紹介で言っていた気もするけど、苗字を思い出すだけで精一杯だった。
さっきまで相槌を打っていただけの石川ミカちゃんが、「あ、うん、そうなんだ」と初めて口を開く。その頬はほんのり赤く染まっていた。人見知りなんだろうか。
「そっか、だからか」
「だからって?」
「うん? いや、指が綺麗だなって、さっきから思ってたから」
「うわっ! イッチーやらしー。変な目でミカのこと見ないでよ?」
「いやいや、そーいう意味じゃないって! 指が長くて綺麗だなーって。ピアニストの手って聞いて納得」
「……ありがとう、初めて言われた」
「そう? ウツミもそう思わない?」
「……うん、オクターブ届くね、いい手」
かあ、と。わかりやく石川さんの頬が熱を帯びた。
あ、しまった、しくじった。ここでウツミに話題を振るんじゃなかった。ピアノのことは詳しくないから、思わず話題のボールを投げてしまったけれど、明らかに石川さんがウツミのことを意識してしまった。
そのまま岸田さんがうまく話を広げてくれて、話下手なウツミも珍しくちゃんと会話に混ざった。やらかした、と思ってからのおれの軌道修正も下手じゃなかったはず。
おれは会話にうまく混ざりながら、ポテトをつまむ石川さんの指先と、ウツミの指先をこっそり見比べたりなんかして。
確かに石川さんの手は、女性の中でもきっと指が長くて綺麗なんだろうけれど。おれはウツミの、線の細いひょろりとした体格の割に、意外とゴツゴツしている細長い指先が、やっぱりいちばん綺麗だと思った。
18時から始まったカラオケは、結局20時まで続いた。案の定ウツミはずっと一番端でスマホをいじっていて、時々寝たりドリンクバーに行ったり、その隙に女の子に話しかけられたり。おれはそれを横目に、程々にカラオケに参加して、程々に女の子と会話をする。我ながら器用だな、と思う。
「てかイチとウツミが二次会きてくれるなんてめずらしーじゃん、ありがとね?」
ニカッとウミネコがおれの首に手を回してわらう。ウミネコのこういう人懐っこいところ、憎めないんだよなあ。
カラオケが終わった後、二次会と称して近くのファミレスにぞろぞろと入った。正直別に来なくてもよかったんだけど、珍しくウツミが「腹減った」と溢したので渋々連れてきたってわけ。それに釣られてちゃっかり女の子たちも着いてきてるし、ウミネコ率いるクラスの男子は嬉しそうだ。
「ウツミ、眠くないの?」
「うんまあ、カラオケ半分寝てたし」
「あーまあね、そっか」
10人を超える大人数でいきなり押しかけて、ファミレスの店員さんは困っただろうな。とりあえず席を確保してもらって、ウツミは案の定いちばん端に、おれはその横を陣取る。もちろんソファ席は女の子に譲るけどね。それぐらいの配慮はできる。
ウツミとおれの目の前にはちゃっかり今日いる女の子の中でいちばん可愛いふたりが並んだ。ウミネコが向こうの席で何やら睨んでいるけど無視しておこう。ていうかこの子達の名前なんだったっけな。
「ウツミくんとイッチーって並んでると本当に絵になるよねえ、学内1じゃない?」
「えー、はは、まあウツミはね、整ってるよね」
「イッチーって謙虚だよね。そういう気が遣えるところも人気のひとつかあ〜」
ウツミの目の前に茶髪ボブの岸田さん。おれの目の前に黒髪ロングの石川さん。どうにか自己紹介の時に聞いた名前を頭の片隅から引っ張り出す。ウミネコが、今日来るメンバーの中でいちばん人気の2人だと言っていた。見ればわかる、確かに綺麗系と可愛い系で、整った顔立ちをしている。いかにも今までモテてきましたって感じ。まあ、別に嫌いじゃないけどね。普段なら興味もない。
ただ、ウツミを狙ってるなら、話は変わってくるわけで。
「ウツミくんって初めて喋ったけど、いつもこんな感じ? すっごい眠そー」
「そーそ、ウツミは基本睡眠欲がいちばん強いの。授業中でもよく寝てるし」
「なのに頭いいって神様はずるいね〜」
「……ベンキョはイチがいつもテスト勉強付き合ってくれるからだけどね」
「えっそうなんだ! 本当2人仲良いんだねー。いいな、私たちも今度その勉強会混ぜてよ!」
「そーだね、機会あれば、またやろっか」
茶髪の岸田さんは自分からグイグイと話を勧めてくれるタイプらしい。逆に黒髪の石川さんは大人しいな。見た目も大人っぽくて、色白美人だ。
岸田さんの言葉ににこりと笑う。こういうのも、余白を埋める、に入るかな。機会があれば、なんて、やらない、も同然だけどね。
怪しまれない為に、誰にでも好かれるように、なんでもこなせるように、人当たりもいい、勉強もスポーツもそこそここなせる、そういう人間になった。ひとつだけ、マイノリティな部分があるから、それを埋めるみたいに。あとは全部、平均以上にこなせるように。
頼んだポテトがやってきて、ウツミがいちばん初めに手をつける。あ、やっぱ、指が綺麗だな、なんて思ったりして。
「そういえば、ウツミくんってピアノ弾いてるんだっけ?」
「……まあ、趣味で」
「えー凄い、こんなにカッコいいのにピアノまで弾けるなんて、神様って不平等だね〜」
ウツミのピアノのこと、あまり公言してないのに、意外と広まってるんだ。いきなり話題に出されたことに驚く。ウツミはいつも人がいない放課後、おれの前でしかピアノを弾かないから。
「……ね、おれもそう思う」
「イッチーは人から好かれる天才でしょ!」
「はは、そんなイメージ?」
「そりゃそうだよ〜ウツミくんは手が届かない高嶺の花って感じだけど、イッチーは万人モテするタイプじゃん!」
「えーそれおれ褒められてる?」
「めちゃくちゃ褒めてるんだけどー!」
「はは、ふたりのがモテると思うけど、かわいいし」
「ほら! そーいうとこ! 本当人たらしだね〜」
ただ人当たりがいいだけなんだけどね。人間関係のいざこざとかめんどくさい。出来ればうまく穏便に済ませたい。適当に愛想を振り撒いて特別以外に平等な態度を取れること、それは全員に興味がないことと同義でもある。
「そういえばミカもピアノ弾いてるんだよ!」
「え、そうなの?」
「そうそう、すっごく上手いんだー」
ずっと岸田さんとおれで話していたせいか、岸田さんがそう隣に座る石川さんに話題を振ってやる。石川さん、下の名前、ミカっていうのか。自己紹介で言っていた気もするけど、苗字を思い出すだけで精一杯だった。
さっきまで相槌を打っていただけの石川ミカちゃんが、「あ、うん、そうなんだ」と初めて口を開く。その頬はほんのり赤く染まっていた。人見知りなんだろうか。
「そっか、だからか」
「だからって?」
「うん? いや、指が綺麗だなって、さっきから思ってたから」
「うわっ! イッチーやらしー。変な目でミカのこと見ないでよ?」
「いやいや、そーいう意味じゃないって! 指が長くて綺麗だなーって。ピアニストの手って聞いて納得」
「……ありがとう、初めて言われた」
「そう? ウツミもそう思わない?」
「……うん、オクターブ届くね、いい手」
かあ、と。わかりやく石川さんの頬が熱を帯びた。
あ、しまった、しくじった。ここでウツミに話題を振るんじゃなかった。ピアノのことは詳しくないから、思わず話題のボールを投げてしまったけれど、明らかに石川さんがウツミのことを意識してしまった。
そのまま岸田さんがうまく話を広げてくれて、話下手なウツミも珍しくちゃんと会話に混ざった。やらかした、と思ってからのおれの軌道修正も下手じゃなかったはず。
おれは会話にうまく混ざりながら、ポテトをつまむ石川さんの指先と、ウツミの指先をこっそり見比べたりなんかして。
確かに石川さんの手は、女性の中でもきっと指が長くて綺麗なんだろうけれど。おれはウツミの、線の細いひょろりとした体格の割に、意外とゴツゴツしている細長い指先が、やっぱりいちばん綺麗だと思った。