「突然呼び出してごめんね?!」


で、なんで朝からこんなことになってるのか。

1月6日始業式。昨日のコンサートが終わってもイチに会えなくて、今日は朝早く学校へ行ってすぐにでも捕まえようと思っていたのに、逆に俺が見知らぬ女の子に捕まってしまった。最悪だ。

E組隣の空き教室。よくよく見れば、見知らぬ女の子でもないな。前にウミネコたちに連れられたカラオケでイチと仲良くなっていた子だ。ていうか、イチに告白してた石川さんの横にいた人。名前なんだっけ。確か岸田さんだったかな。


「あーうん、何?」
「いやあ、もう結構ウワサになってるから知ってるかもしれないけど、イッチーとミカのこと!」
「ミカ?」
「石川ミカ!」
「ああ、石川さんね」


あー最悪。全然今聞きたい話題じゃないんだけど。ていうか仮にも俺と付き合ってるんだから、ウワサって何。場合によっては許せないんだけど。


「そう、石川! それで、ミカがさ、イッチーのこと好きなのはもう周りにもバレバレでしょ?」
「あー、まあ、そうだね」
「でもさ、がっつりフラれてるの! わたしミカがあんなに必死になってるの見たの初めてで、居ても立っても居られなくて……冬休み中ずっと考えててね?!」


いやにグイグイと話す人だ。なんか既視感。ウミネコみたいな感じか。

ていうか、イチってやっぱモテるよね。あの石川さんって子、ウミネコやクラスの男子達がその整った容姿に相当騒いでいたことを薄ら覚えている。まあ、あれだけカッコよくて人当たりも良くて何でもこなせれば当たり前か。

でもさ、知らないでしょ。あれだけちょっと人より大人びていて、誰に対しても優しいイチが、俺の前ではいやに子供っぽくて、近づけはすぐに顔を赤らめること。俺しか知らない。それってかなり、グッとくる。


「……って、ウツミくん聞いてる? なんかさっきから顔笑ってるけど」
「え? あーごめん、考え事してた」
「もう! 真剣に聞いてよー!! 私ミカのこと応援したいの!! だからさ、お願い、ウツミくんにも協力して欲しくて!」
「協力?」
「そう! イッチーとミカをくっつける作戦!」
「あー……」


正直ここで、俺は無理だよ、イチのことが好きだから、と言ってもいいんだけど。それを言うと、多分イチが嫌な思いをする。それはいちばん避けたいところだ。俺も好きな子が嫌な思いをするのは嫌だし。

なんて言葉を返そうか、考えあぐねているところで。


「ね、ダメかな?」
「あーうーん、そうだな」
「お願い! ウツミくんしかいないの!」
「えーっと、」
「ね、絶対うまくいくはずだから、」

「──────ウツミッ!」


岸田さんの勢いがあまりに強くて、近づいてくるその姿に少しばかり後退りをした瞬間。ガラリと空き教室の扉が開いて、ひどく焦ったイチが顔を出した。

うわ、昨日ぶりに、イチの顔を見た。

瞬間いとおしくて直ぐにでも抱きしめたくて、動き出しそうになった足をぐっと堪える。危ない、バレたらイチが嫌な思いをするんだった。俺は別にいーんだけど。

なんて頭の中でぐるぐると考えていると、怖い顔をしたイチがずかずかとこっちへ歩いてきて、いきなりぎゅっと俺の腕を掴んだ。

え、何事?

訳がわからなくて俺も岸田さんも固まる。イチは俺の腕を掴んだままぎろっと岸田さんに向き直った。


「ごめん、岸田さん、ウツミのことは諦めて」
「えっ?!」
「本当にごめん」
「いや、わたし別にウツミくんに告白したわけじゃ……」
「誰にも渡したくないんだ、ごめんね」


その瞬間、ぶわっと、自分の中の熱が上がるのを感じた。漫画で言えば、周りに花が咲いたみたいな、そんな感じ。うまく言えないけど。

誰にも渡したくないって、それもう全部の答えでしょ。

俺が何も言わないことを不審に思ったのか、イチが「じゃ、ごめんけど、ウツミ持って帰るから」と俺の手を引いて足早に歩き出す。俺はそれがあまりにいとおしくて、抱きしめたいのを堪えながら後をついた。うん、岸田さん、ごめんね。後でちゃんと説明はする。

俺の腕を掴んで離さないイチの後ろ姿を見ながら、ああ、やっと会えた、と思った。

やっと言った、真正面から、俺を手放したくないって。その言葉がずっと欲しかった。人一倍人前で好意を見せることを嫌がるイチが、躊躇いもなく俺の腕を掴んだこと、堪らなく嬉しい。なんで両思いなのにこんなにすれ違ってんの。バカだね、俺たち。でも、今、嬉しくて死にそうだ。