余白を埋めるのには少々時間がかかる。

白い紙を埋めなきゃならない美術の授業とか、会話が続かない相手とのふたりきりとか、ままならなくてあんまり考えたくない自分の気持ちとか。そういう余白を、どうにかばれないように塗りつぶすのが、おれの数少ない特技だったりする。


「なーお願いッ! 一生に一度のお願い!」
「ウミネコのその台詞、前も聞いたんだけど」
「だってさー! おまえら2人が来ないと女子集まんねーんだもん! な、人助けだと思って来てよ!」


4限終わりの昼休憩。必死に手を合わせて頭を下げる海谷(通称ウミネコ)に、一体その頼みは何度目なんだよ、と呆れ顔でため息を吐いてやる。

それから、ウミネコを見ていた視線をゆらりと自身の横へとうつす。寒さが本格的になってきた12月、指先まで伸ばしたグレーのセーターの裾をいじりながら、ウミネコの言葉なんて興味なさそうにして。その長いまつげの先は、このまま外に出たら寒さで凍ってしまうんじゃないだろうか。背が高いくせにひょろっと華奢で、今みたいに人の言動に左右されないからか、なんだか突然消えてしまいそうな儚さまで持っている。今日もおまえはずるいよ、だってあまりにも綺麗でさ、……なんて言葉が喉元まで出かかって、あぶない、と咄嗟に視線をウミネコに戻す。


「ウツミはともかく、おれはべつに」
「なに言ってんだよ、ウツミとイッチーが揃ってるところが人気なんだよ! 今回は美女揃いのB組と合同カラオケなの! ぜってーこの機会を逃せないの!」
「ほぼ合コンじゃんそんなの」
「いいだろ合コンでも何でもー!! おまえらだって彼女いないんだから協力しろー!!」


ウミネコがついに頭を下げるのをやめて、懇願するようにおれの両肩を掴んでぶんぶんと降り始めた。あーまた始まった。面倒くさいから、おれらはまたウミネコのこれに折れなければならない。

三波 壱夜(ミナミ イチヤ)、おれの名前。通常イッチー。
内海 美嶺(ウツミ ミレイ)、おれの隣にいる美青年の名前。呼び名はそのままウツミ。


「あーもーわかったわかった、ウツミ、いーよな?」
「イチがいいならいいよ」
「おまえらッ! さすが”E組のイケメンコンビ”! ほんと愛してる! 今日放課後駅前カラオケ集合なッ?!」
「はあ? 今日?!」
「じゃっ 俺はB組のマミちゃんに伝えてくるから!」


嵐のように去っていくウミネコのツンツン頭を見ながら、あーめんどくさいことになった、とため息を吐く。


「ごめん、ウツミ、嫌だった?」
「別に暇だしいいよ、イチがいるし」


2年E組、隣の席。県内トップの進学校で、1年の頃からクラス替えも席替えもない。つまるところ、入学した時からおれはずっとウツミの隣で、ウツミはずっとおれの隣。それがどんどん学内に広まって、今では『E組のイケメンコンビ』と呼ばれているらしい。ウミネコに関わらず、クラス内のあらゆる男子から合コンやら何やらに客寄せパンダの如く呼ばれるし、名前も知らない女子から告白されることもしばしばある。

そんなもんだから、さっきはとりあえず謙遜したけれど、17年間も生きていれば、自分の容姿がそこそこ整っていることくらい気づいている。もちろん、隣にいるウツミが相乗効果で、自分のスペックよりもかなり上振れでちやほやされていることも。


「ウツミさ、ほんと興味ないよね」
「何が?」
「彼女とか欲しいと思わないの」
「うーん、まあどっちでもいいけど、つくるのがめんどい」
「あーあ、泣くよ、その辺の女子が」


とか言いながら。内心ホッとする自分がいたりして。ウツミが恋愛欲より面倒くさいを優先する怠惰な奴でよかった。男のおれでもきれいだと思う容姿をしているくせに、三代欲求の中で圧倒的に睡眠の割合が多いウツミは、どれだけモテても恋愛というものに興味がない。

ただ、そういう、誰にも(なび)かない態度が、余計に人気に拍車をかけていること、本人は全く気づいていないけど。そしてそんなウツミに惹かれているのは、俺も例外じゃない。


「それはイチもじゃない?」
「ん?」
「俺より人当たりいいし、めんどくさがりでもないくせに、彼女つくんないなんてイチこそ女の子泣かせでしょ、誰かと付き合えばいーのに」
「……いい子いればね」


……ま、そんなこと、死んでも口に出しては言わないけど。