◇
ウツミとの関係は変わらないようで変わっていた。前よりも随分とおれに心を開いているのがわかったし、なんだかいつも上機嫌で、夜隣で寝た次の日は昼間寝ることもなく真面目に授業も聞いていた。ピアノはコンサートが決まったからか毎日のように放課後音楽室に寄って練習していて、おれはそれに付き合ったり付き合わなかったり。
変わっていく関係と共に、ウツミと距離が近づくに連れて段々怖くなる自分がいるのも事実だった。近づきすぎると離れたくなる。ウツミはそんなおれを見かねていつも『また不安そうな顔してるね』と下から顔を覗き込んでくる。それが余計にくるしくなる。自分でもこの関係の終着点が見えないでいる。
「イチ、今日は音楽室来る?」
「今日は滝先生が来るんじゃねーの」
「うん、そう、でもイチも来てもいいよ?」
「いや、おれはいーや。明日の課題まだやってないし」
放課後、いつものようにウツミが横から声をかけてきた。もうすぐで冬休み。長期休み前は課題が増える。その代わり休み期間中の課題は少ないのがウチの高校の特徴。
「あー俺も終わってないや」
「後で写す?」
「いーの?」
「別にいーよ、終わったらおまえの部屋行くわ」
「じゃーそのまま泊まってって」
「えーヤだよ、最近毎日じゃん」
「イチだって俺が横にいる方が寝れるでしょ」
バーカ、逆だよ。おれはいつだって欲と葛藤してんの。睡眠欲しかないおまえとは違うんだよ。べっと舌でも出してやろうかなと思ったところで、バタバタと前方から見慣れたツンツン頭が騒がしくやってきた。
「なになに、イッチー課題写させてくれんの?! オレにも写させてッ! お願い! てか最近やけに仲いいと思ったらそんなお泊まり会してんの?! オレらも混ぜてくれてもよくない?! イッチーの薄情者ッ!」
どこからか話を聞いていたのか、ウミネコがそう目の前で手を合わせた。相変わらずマシンガントーク。
ていうか、今の話聞かれてたのか。しまった、堂々と話しすぎてたかもしれない。ウツミの部屋に泊まるとか、聞かれたらまずかったかも。横目でウツミを見るけれど視線だけじゃ意思疎通ができない。ていうか多分ウツミは何も考えてない。
「あー、うん、いいよ、じゃあウミネコも夜ウツミの部屋来れば?」
「神様仏様イッチー様!! ダイスキ心の友!!」
「いや、俺ウミネコ来ていいって言ってないんだけど」
あからさまに不機嫌そうな声を出すウツミが横から釘を刺してくる。いやいや、ここで来るなって言う方が不自然だろ。おれに合わせろよ、と目線で合図を送るけど全くわかっていない様子で睨まれた。なんでだよ。
「何だよウツミー、イッチーの課題独り占めしようとすんなよッ! クラスメイトだろー?!」
「課題がどうこうとかじゃなくて、俺がイチとの約束邪魔されるのが嫌なんだけど」
「は?! いやいやちょっと待てウツミ、そういう言い方は語弊が生まれるから」
「わーお、ウツミ、ほんっとイッチーのこと大好きだなー?!! 何だよおまえら、ついに付き合った?」
それは勿論、ウミネコのいつものじゃれ合いで、冗談の類に決まってる。そんなことわかりきってるのに、一瞬喉元にひゅっと空気が通ったような気配がして、おれは固まってしまった。まずい、ここで何も言わないのが一番まずい。動揺するな。
何も言わないおれに笑っていたウミネコの細い目がゆっくりと開く。それから笑いながら困惑したような顔を見せる。当たり前だ、おれが何か言わなきゃいけないのに、言葉が上手く出てこない。こんなの肯定しているようなものだ。本当にまずい。
「……え、ガチ?」
「い、いやいや、何言ってんの、違うから、そんなわけない」
焦ったようにそう答えて、ウミネコのこともウツミのことも見ずにリュックに荷物を詰め込む。やばい、間違えたかも。ていうかうまく反応できなかった。流石のウミネコでも明らかに驚いた顔をしている。最近ウツミとの距離が近すぎて気が抜けていた。いつもならこんな冗談笑って受け流せるのに。
「イチ、」
慌てて荷物をまとめるおれにそう低い声がかかる。ウツミの声だ。これは怒ってる。というか不機嫌。空気読めよ。今おれに声をかける時じゃないだろ。
「ごめん、課題あるしおれ先帰る。ウツミは今から滝先生とピアノだろ? あ、ウミネコ、夜来ていいから。なんならおれの部屋でもいいし。じゃ後で」
早口でそう捲し立てて、急いでリュックを背負ってふたりに背を向ける。笑顔はうまく作れたと思う。問題ない。と思ったのに。
瞬間、ひどく強い力で腕を掴まれた。いつかこの教室で石川さんの元へ言って欲しくないと言われたときと同じ強さだった。それがウツミの手であることはすぐにわかる。ずっと見てきたから。
「ちょっと、イチ、」
「……なに?」
「なに? はこっちの台詞なんだけど。イチの部屋にウミネコ呼んでいいとか俺言ってないけど」
「……なんでおまえの許可が必要なの、ちょっと今日変だよウツミ」
「は? なに笑ってんの、変な作り笑いしないでよ」
「……話あるなら後でいいだろ? 夜課題やる時で」
「よくない、今」
「だから、後でな」
「無理、今話させて」
「だから無理だって、てか離せ、いい加減子供みたいなこと言うのやめろよ」
思わず、低い声が出た。顔は笑っていたはず。
俺の声と口調が少し強かったからか、ウツミの手がゆっくりと離れた。ウミネコは珍しく黙っておれらのやりとりを見ていて、おれはふたりの顔を見ることが出来ずにそのまま走って教室を出た。やってしまった、完全に、ウツミを怒らせたし、ウミネコに変に思われた。
ウツミとの関係は変わらないようで変わっていた。前よりも随分とおれに心を開いているのがわかったし、なんだかいつも上機嫌で、夜隣で寝た次の日は昼間寝ることもなく真面目に授業も聞いていた。ピアノはコンサートが決まったからか毎日のように放課後音楽室に寄って練習していて、おれはそれに付き合ったり付き合わなかったり。
変わっていく関係と共に、ウツミと距離が近づくに連れて段々怖くなる自分がいるのも事実だった。近づきすぎると離れたくなる。ウツミはそんなおれを見かねていつも『また不安そうな顔してるね』と下から顔を覗き込んでくる。それが余計にくるしくなる。自分でもこの関係の終着点が見えないでいる。
「イチ、今日は音楽室来る?」
「今日は滝先生が来るんじゃねーの」
「うん、そう、でもイチも来てもいいよ?」
「いや、おれはいーや。明日の課題まだやってないし」
放課後、いつものようにウツミが横から声をかけてきた。もうすぐで冬休み。長期休み前は課題が増える。その代わり休み期間中の課題は少ないのがウチの高校の特徴。
「あー俺も終わってないや」
「後で写す?」
「いーの?」
「別にいーよ、終わったらおまえの部屋行くわ」
「じゃーそのまま泊まってって」
「えーヤだよ、最近毎日じゃん」
「イチだって俺が横にいる方が寝れるでしょ」
バーカ、逆だよ。おれはいつだって欲と葛藤してんの。睡眠欲しかないおまえとは違うんだよ。べっと舌でも出してやろうかなと思ったところで、バタバタと前方から見慣れたツンツン頭が騒がしくやってきた。
「なになに、イッチー課題写させてくれんの?! オレにも写させてッ! お願い! てか最近やけに仲いいと思ったらそんなお泊まり会してんの?! オレらも混ぜてくれてもよくない?! イッチーの薄情者ッ!」
どこからか話を聞いていたのか、ウミネコがそう目の前で手を合わせた。相変わらずマシンガントーク。
ていうか、今の話聞かれてたのか。しまった、堂々と話しすぎてたかもしれない。ウツミの部屋に泊まるとか、聞かれたらまずかったかも。横目でウツミを見るけれど視線だけじゃ意思疎通ができない。ていうか多分ウツミは何も考えてない。
「あー、うん、いいよ、じゃあウミネコも夜ウツミの部屋来れば?」
「神様仏様イッチー様!! ダイスキ心の友!!」
「いや、俺ウミネコ来ていいって言ってないんだけど」
あからさまに不機嫌そうな声を出すウツミが横から釘を刺してくる。いやいや、ここで来るなって言う方が不自然だろ。おれに合わせろよ、と目線で合図を送るけど全くわかっていない様子で睨まれた。なんでだよ。
「何だよウツミー、イッチーの課題独り占めしようとすんなよッ! クラスメイトだろー?!」
「課題がどうこうとかじゃなくて、俺がイチとの約束邪魔されるのが嫌なんだけど」
「は?! いやいやちょっと待てウツミ、そういう言い方は語弊が生まれるから」
「わーお、ウツミ、ほんっとイッチーのこと大好きだなー?!! 何だよおまえら、ついに付き合った?」
それは勿論、ウミネコのいつものじゃれ合いで、冗談の類に決まってる。そんなことわかりきってるのに、一瞬喉元にひゅっと空気が通ったような気配がして、おれは固まってしまった。まずい、ここで何も言わないのが一番まずい。動揺するな。
何も言わないおれに笑っていたウミネコの細い目がゆっくりと開く。それから笑いながら困惑したような顔を見せる。当たり前だ、おれが何か言わなきゃいけないのに、言葉が上手く出てこない。こんなの肯定しているようなものだ。本当にまずい。
「……え、ガチ?」
「い、いやいや、何言ってんの、違うから、そんなわけない」
焦ったようにそう答えて、ウミネコのこともウツミのことも見ずにリュックに荷物を詰め込む。やばい、間違えたかも。ていうかうまく反応できなかった。流石のウミネコでも明らかに驚いた顔をしている。最近ウツミとの距離が近すぎて気が抜けていた。いつもならこんな冗談笑って受け流せるのに。
「イチ、」
慌てて荷物をまとめるおれにそう低い声がかかる。ウツミの声だ。これは怒ってる。というか不機嫌。空気読めよ。今おれに声をかける時じゃないだろ。
「ごめん、課題あるしおれ先帰る。ウツミは今から滝先生とピアノだろ? あ、ウミネコ、夜来ていいから。なんならおれの部屋でもいいし。じゃ後で」
早口でそう捲し立てて、急いでリュックを背負ってふたりに背を向ける。笑顔はうまく作れたと思う。問題ない。と思ったのに。
瞬間、ひどく強い力で腕を掴まれた。いつかこの教室で石川さんの元へ言って欲しくないと言われたときと同じ強さだった。それがウツミの手であることはすぐにわかる。ずっと見てきたから。
「ちょっと、イチ、」
「……なに?」
「なに? はこっちの台詞なんだけど。イチの部屋にウミネコ呼んでいいとか俺言ってないけど」
「……なんでおまえの許可が必要なの、ちょっと今日変だよウツミ」
「は? なに笑ってんの、変な作り笑いしないでよ」
「……話あるなら後でいいだろ? 夜課題やる時で」
「よくない、今」
「だから、後でな」
「無理、今話させて」
「だから無理だって、てか離せ、いい加減子供みたいなこと言うのやめろよ」
思わず、低い声が出た。顔は笑っていたはず。
俺の声と口調が少し強かったからか、ウツミの手がゆっくりと離れた。ウミネコは珍しく黙っておれらのやりとりを見ていて、おれはふたりの顔を見ることが出来ずにそのまま走って教室を出た。やってしまった、完全に、ウツミを怒らせたし、ウミネコに変に思われた。