その日から、明らかにウツミのおれに対する態度が変わった。

簡単に触れてくるところも、おれを見る眼差しのやさしさも。あとは、時々熱っぽい視線を感じるところも。授業中とか、放課後とか、隣の席だからこそ否応なしに気づいてしまう。わかりやすすぎるだろ。どうやらウツミの中で、おれは一応『付き合っている相手』に昇格したらしい。承諾した覚えはないんだけど。てか、ずっとおれの片思いのはずだったんだけど。この展開に数週間経っても府に落ちない。

てか、何? 俺のこと好きなの? なんなの? ウツミの考えてること、全然わかんねーよ。


「イーチ」
「……何」
「帰ろ」


帰りのHRが終わると、毎日のようにご機嫌な声で首を傾げておれの顔を覗き込んでくる。その顔があまりに整っているせいか、不覚にもいつもときめいてしまって、今日も負けだ、と思う。勝ち負けではないと知りつつも。

でもダメなんだよ、第一ウツミはおれのことを好きなわけじゃない。『好きかどうか確かめる』為に、付き合っているような気分でいるだけだ。おれはウツミに、自分と同じような気持ちを求めているわけじゃない。というか、求めたらダメだ。ウツミのことを考えても、普通にウツミは”女の子”と恋愛すべきだと思う。おれとウツミは違う。


「……ごめん、今日石川さんと予定あるから」
「は?」


おれの返答にわかりやすく声のトーンが下がる。だから、それは何なの。どーいう態度と感情なのよ。わかんないんだって。


「そんな怖い顔すんなよ、ウツミと約束してたわけじゃないだろ」
「聞いてないんだけど」
「言ってないから」
「まだ連絡とってたの」


はあ、と大きく溜息をついて、懲りないねイチも、と呆れたように言う。まあ確かに、懲りないよね、俺も。ウツミがおれから離れて行った時の保険をかけるようなことをしているのかもしれない。石川さんの好意を振り切れないのは。


「別に連絡とってるのは俺の勝手」
「意味わかんない」
「わかんなくないだろ」
「付き合ってるのに?」
「……付き合ってる認識じゃないから、俺は」
「生真面目、頑固、わからずや」
「おまえの方が頑固だから!」
「だったら今日夜俺の部屋来てよ。来ないと一生口きかないからね」


不機嫌にそう吐き捨てて教室を出ていくウツミの背中を見送る。同時にあーと項垂れたりして。俺も大概懲りていない。ていうかウツミが考えてることがわかんないし、そもそもおれのこんな邪な気持ちとウツミの気持ちが重なることなんてあるわけがないし。

ウツミは何もわかってない。おれがどれだけお前のことが好きか。どれだけおまえに触れたいと思っているか。そんなの、一度決壊してしまえば、きっと自分では歯止めが効かなくなってしまう。だから安易に自分の気持ちを曝け出すことなんて出来ない。傷つけたくない。ウツミには普通でいてほしい。自分と同じ、当たり前のように好きだと言えない、こんな気持ちを抱えて欲しくない。

おれは弱くて、自分のことばかりで、ウツミの気持ちには蓋をして、石川さんを利用してる。どうしようもない奴だよ、だからおれに歩み寄ってこなくていい。

ウツミはウツミのままでいてくれたらいいよ。幸せでいてくれたらそれでいい。