◇
ズコッと。飲んでいたフルーツ牛乳の紙パックから音がして、すべて飲み切ってしまったことに気がついた。ストローを吸っても変な音が出るだけだ。勢いあまった。
「あっれー、ウツミひとり? 珍しいじゃん!」
「……」
「さっきから何見てんの、ってアレ? イッチーじゃない?!」
「……」
「ウワッ、B組の石川さんじゃん?! 何?! ついにあのイッチーに彼女できた?! くっそーイッチーの奴ひとりで抜け駆けしやがって!!」
うるさいのに絡まれた。ウミネコってなんでこうどんな時でもテンション高いんだろ。一回も返事してないのにひとりで喋ってる。
昼休み、珍しくイチがいなかったので、窓際のイチの席を借りてパンを食べていたところで。ちょうど中庭にて、イチが女子と話しているところを見つけてしまった。昨日の今日でなんでこんなことになってるわけ。思わず食い気味にふたりを見てしまって、なくなるまでフルーツ牛乳を吸い込んでいたことに気づかなかった。
てか、彼女とかじゃないと思うけど。昨日断ってるとこ聞いたし。
「そーいうのじゃないと思うけど」
「はあん? なんかいつもに増して怖い顔してんなあ。あ、さてはウツミ、お前も寂しいんだろー! イッチー取られて!」
「……別に」
「おまえイッチーだけにはやけに懐いてるもんなあ」
やけに懐いてる? そーかな。そう見えるんだ。まあ確かに、イチとはずっと一緒にいるし、他の奴とはそこそこにしか絡んでないけど。めんどくさいし。
「そういう風に見えるんだ」
「そりゃそーだろ、いつも引っ付いてんじゃん」
「引っ付いてる……」
「E組のイケメンコンビなんだからなーおまえらは」
そうか、確かにイチは俺なんかといなくても誰とでも仲良くなれる奴だし。いつだってクラスの中心にいるような存在で。俺のほうがイチに引っ付いてるんだよな、側から見れば。イチが俺の前でだけ弱くなるから、時々それを忘れそうになる。
「ウミネコもイチのこと大好きでしょ」
「そりゃ大好きよ?! イッチーってほんと人がいいっつうかなんつうか、なーんか憎めないんだよなあ、誰にでもモテるとこムカつくけど!」
「憎まなくてもいいでしょ」
元々細目のウミネコがさらに目を細くして窓の外を見やる。イチと石川さんとやらは2人で何やら話し込んでいるようだ。中庭のあんな場所、ここから丸見えなのに。
「でもさーなんつうの? こう、ちょっと不安定だよな、イッチーって」
「不安定?」
「誰にでも優しいのがイッチーのいいとこだけど、時々それが怖いっていうか、人間味みたいなのがないっていうかさ」
「あー……」
「感情的になることあんのかな、イッチーって」
ウミネコは時々鋭いことを言う。本人はそんな自覚がなさそうだけど。
確かにそう言われると、イチはいつもひどく理性的だ。自身の感情に支配されることがない。いつも他人を優先して周りに気を配ってる。感情的になるところなんて見たことがない。俺に対しての気持ちだって、正直なところどれくらいの大きさで抱えているのか定かじゃない。それはイチがその感情をはっきりとは見せてこないからだ。
欲しいなら欲しいと言えばいいだけなのに、それがイチには難しいらしい。
「ていうか!! 付き合ってないならあの距離感はなんなわけ!! もーすぐ付き合う感じ?!」
「……どーだろうね」
「はあ俺も青春してー!! ウツミはどーなの最近?! てかおまえはその美貌を持ってフリーなのは何なの?!」
中庭のベンチに隣同士で座り込むふたりは、今にも肩が触れそうな距離感だ。何話してるんだろ。てか昨日告白を断ってたくせに、何をそんな話すことがあるわけ。意味わかんない。
「ウミネコって人を好きになったことある?」
「はあ? 俺はいつだってラブを胸に秘めたオトコよ?」
「ああそう……」
「なんだなんだ、ウツミが恋バナなんでめずらしーじゃん? このウミネコサマが聞いてあげますよっと」
聞く相手間違えたかも、と早々に後悔を抱える。まあでも、いいか。たまにはウミネコとこういう話をするのも悪くない。
「好きってどんな感じ?」
「おっ? なんだよーウツミ、お前恋愛なんてキョーミありませんみたいな顔して! イッチー見て感化されちゃった感じ?」
「まあそんなとこ」
ウミネコは得意げににやりと笑いながら詰め寄ってくる。俺が自らこういう話をするのがひどく面白いらしい。ちょっとめんどくさい。
「そーだなあ。いいか? ウツミ、恋っていうのはなあ! 触れたいとか、笑顔が見たいとか、もっと一緒にいたいとか、他の人と結ばれてほしくないとか? そーいう感情を言うわけよ!」
「ふうん……」
「おい、納得してない顔すんな!」
「つまりまとめると何?」
「ま、まとめると?! まとめるとだな、うむ、そう、独占したいって気持ちだよ! その子の笑顔も隣もな!」
満足気にウミネコは腕を組む。ふうん、なるほどね。触れたい、笑顔が見たい、もっと一緒にいたい、他の人と結ばれてほしくない……まとめると、独占したい、か。
「ウミネコって意外と情熱的なんだね」
「何だとっ?! おまえはいつも綺麗な顔してスカしやがって!!」
「うん、ありがと、ウミネコのそういうとこ好き」
「……くっ、おまえっ! 本当イケメンだなっ! 俺が女だったらすぐに抱かれてたわ!」
「抱かないから」
「そこは抱けよ!」
ふと窓の外を見るとイチと石川さんの姿が消えていた。なんだか無性にピアノが弾きたい気分だった。
ズコッと。飲んでいたフルーツ牛乳の紙パックから音がして、すべて飲み切ってしまったことに気がついた。ストローを吸っても変な音が出るだけだ。勢いあまった。
「あっれー、ウツミひとり? 珍しいじゃん!」
「……」
「さっきから何見てんの、ってアレ? イッチーじゃない?!」
「……」
「ウワッ、B組の石川さんじゃん?! 何?! ついにあのイッチーに彼女できた?! くっそーイッチーの奴ひとりで抜け駆けしやがって!!」
うるさいのに絡まれた。ウミネコってなんでこうどんな時でもテンション高いんだろ。一回も返事してないのにひとりで喋ってる。
昼休み、珍しくイチがいなかったので、窓際のイチの席を借りてパンを食べていたところで。ちょうど中庭にて、イチが女子と話しているところを見つけてしまった。昨日の今日でなんでこんなことになってるわけ。思わず食い気味にふたりを見てしまって、なくなるまでフルーツ牛乳を吸い込んでいたことに気づかなかった。
てか、彼女とかじゃないと思うけど。昨日断ってるとこ聞いたし。
「そーいうのじゃないと思うけど」
「はあん? なんかいつもに増して怖い顔してんなあ。あ、さてはウツミ、お前も寂しいんだろー! イッチー取られて!」
「……別に」
「おまえイッチーだけにはやけに懐いてるもんなあ」
やけに懐いてる? そーかな。そう見えるんだ。まあ確かに、イチとはずっと一緒にいるし、他の奴とはそこそこにしか絡んでないけど。めんどくさいし。
「そういう風に見えるんだ」
「そりゃそーだろ、いつも引っ付いてんじゃん」
「引っ付いてる……」
「E組のイケメンコンビなんだからなーおまえらは」
そうか、確かにイチは俺なんかといなくても誰とでも仲良くなれる奴だし。いつだってクラスの中心にいるような存在で。俺のほうがイチに引っ付いてるんだよな、側から見れば。イチが俺の前でだけ弱くなるから、時々それを忘れそうになる。
「ウミネコもイチのこと大好きでしょ」
「そりゃ大好きよ?! イッチーってほんと人がいいっつうかなんつうか、なーんか憎めないんだよなあ、誰にでもモテるとこムカつくけど!」
「憎まなくてもいいでしょ」
元々細目のウミネコがさらに目を細くして窓の外を見やる。イチと石川さんとやらは2人で何やら話し込んでいるようだ。中庭のあんな場所、ここから丸見えなのに。
「でもさーなんつうの? こう、ちょっと不安定だよな、イッチーって」
「不安定?」
「誰にでも優しいのがイッチーのいいとこだけど、時々それが怖いっていうか、人間味みたいなのがないっていうかさ」
「あー……」
「感情的になることあんのかな、イッチーって」
ウミネコは時々鋭いことを言う。本人はそんな自覚がなさそうだけど。
確かにそう言われると、イチはいつもひどく理性的だ。自身の感情に支配されることがない。いつも他人を優先して周りに気を配ってる。感情的になるところなんて見たことがない。俺に対しての気持ちだって、正直なところどれくらいの大きさで抱えているのか定かじゃない。それはイチがその感情をはっきりとは見せてこないからだ。
欲しいなら欲しいと言えばいいだけなのに、それがイチには難しいらしい。
「ていうか!! 付き合ってないならあの距離感はなんなわけ!! もーすぐ付き合う感じ?!」
「……どーだろうね」
「はあ俺も青春してー!! ウツミはどーなの最近?! てかおまえはその美貌を持ってフリーなのは何なの?!」
中庭のベンチに隣同士で座り込むふたりは、今にも肩が触れそうな距離感だ。何話してるんだろ。てか昨日告白を断ってたくせに、何をそんな話すことがあるわけ。意味わかんない。
「ウミネコって人を好きになったことある?」
「はあ? 俺はいつだってラブを胸に秘めたオトコよ?」
「ああそう……」
「なんだなんだ、ウツミが恋バナなんでめずらしーじゃん? このウミネコサマが聞いてあげますよっと」
聞く相手間違えたかも、と早々に後悔を抱える。まあでも、いいか。たまにはウミネコとこういう話をするのも悪くない。
「好きってどんな感じ?」
「おっ? なんだよーウツミ、お前恋愛なんてキョーミありませんみたいな顔して! イッチー見て感化されちゃった感じ?」
「まあそんなとこ」
ウミネコは得意げににやりと笑いながら詰め寄ってくる。俺が自らこういう話をするのがひどく面白いらしい。ちょっとめんどくさい。
「そーだなあ。いいか? ウツミ、恋っていうのはなあ! 触れたいとか、笑顔が見たいとか、もっと一緒にいたいとか、他の人と結ばれてほしくないとか? そーいう感情を言うわけよ!」
「ふうん……」
「おい、納得してない顔すんな!」
「つまりまとめると何?」
「ま、まとめると?! まとめるとだな、うむ、そう、独占したいって気持ちだよ! その子の笑顔も隣もな!」
満足気にウミネコは腕を組む。ふうん、なるほどね。触れたい、笑顔が見たい、もっと一緒にいたい、他の人と結ばれてほしくない……まとめると、独占したい、か。
「ウミネコって意外と情熱的なんだね」
「何だとっ?! おまえはいつも綺麗な顔してスカしやがって!!」
「うん、ありがと、ウミネコのそういうとこ好き」
「……くっ、おまえっ! 本当イケメンだなっ! 俺が女だったらすぐに抱かれてたわ!」
「抱かないから」
「そこは抱けよ!」
ふと窓の外を見るとイチと石川さんの姿が消えていた。なんだか無性にピアノが弾きたい気分だった。