夜。懲りずに誘ってくるウツミもウツミだけど、おれも大概で。ウツミに誘われて断る選択肢を手に取れず、3日ぶり2回目、おれはウツミの横にいた。


「やさしーよねイチって」
「うるさい」
「はは、ありがとね、俺の我儘きーてくれて」
「今度はウミネコにでも頼んで」
「ウミネコはうるさいからなあ」


23時半、寮に帰って食堂でご飯を食べて、課題をして風呂に入ってからウツミの部屋に滑りこんだ。(おれの部屋にくると言うウツミを制するのは大変だった、自分のテリトリーの方が逆に気が抜けて怖い)
今日も今日とてゲームやテレビを見ることもせず、すぐに部屋の電気を消したウツミは眠そうに欠伸をしていて、寝れないなんていうくせに、と思う。ウツミにとって「眠たい」と実際に眠る行為はイコールで結びつかないらしい。

暗闇の中ウツミの横に仰向けになる。前は緊張していてあまり感じなかったけれど、部屋のどこからもウツミのにおいがする。布団は特にそうだ。気づかなければよかったと後悔するくらいには。


「綺麗な顔してるよね、イチって」
「ウツミだけには言われたくねー……」


横から突然そんなことを言ってのけるウツミに少々面くらいつつ、少しもの抵抗をとウツミに背を向けるように寝返りをうった。これで少しは意識せずにいられるはず。


「イチが誰にでもやさしいのってどこで身につけたスキル?」
「なに突然」
「寝る前の雑談だよ」
「……スキルとか言うなよ、元々そういう性格なだけ」
「だとしたらイチってすごいな、そんなに綺麗な顔して欠点もないなんて」
「そんなことないだろ、別に普通だよ、てかなんでそんなこと言うわけ」
「いや? 勉強もできるし優しいし人当たりもいいし、イチの弱点って何かなって気になっただけ」


欠点とか、弱点とか、うるせーよ。それ、ぜんぶ、おまえだから。ウツミ、おれはね、おまえの前でいると平常時の冷静さを失うことがあるんだよ。常に気持ちが溢れないように意識してるだけで、本当はずっと、バカみたいにお前のこと考えてる。知らないだろうけど。


「でもさ、俺、イチのそういうなんでもできちゃうとこ嫌いじゃないけど、ちょっと苦手なんだよね」
「はあ? 喧嘩売ってる?」
「はは、ごめんごめん、違うけどー。なーんかみんなの前ではスカしてるとこ、気に食わないんだよなあ」
「スカしてるって何だよ」
「俺の前ではそんなだけど、みんなの前では優しいぶってるよ、イチって」


俺の前ではそんなって何。どんな感じなわけ。ていうかどっちもおれではあるし。ウツミが特別なのは仕方がない。


「もう変な雑談いいから寝ろよ、眠いんだろ」
「んーもうちょっと付き合ってよ」


ごろん、と。背中越しにウツミが寝返りをうったのがわかった。それから、じわりと自身の背中に熱を感じる。ウツミがおれの背中にひっついたのがわかって、思わず身体を強張らせた。いやいや、なんでそういうことすんの。


「……何」
「イチの隣が寝やすいのって、体温高いからかなって昼間言ったじゃん」
「だとしてもそんなくっつかなくてもいーだろ」


なんか今日、言い方全部きつくなってるかもしれない。でも仕方ない、これ以上踏み込まれたらおれがまずいことになる。ボロが出る、確実に。


「……イチって何でもできるのに、なんで俺の前では時々不安そうにするの?」


ふと。背中越しにウツミが呟いた。おれに話しかけたというよりは、つぶやいた、というニュアンスが近い声色だった。どくんと心臓がなる。できるだけ平然を装う。


「不安、って?」


でも、きっと声色に動揺が出てしまっている気がする。不安、それは漠然とした目に見えない大きなもの。


「たまに俺の顔色伺ってるでしょ。不安そうな顔してるんだよ、気づいてないと思ってた?」
「そんな……」
「あー、でも、イチもわざとそんな顔してるわけじゃないか」
「自分がどんな顔してるかとかわかんねーよ」
「うーん、俺には本音言えばいいのにね」
「そんな簡単じゃない」
「本音言ったら嫌われるとでも思ってるなら間違ってるよ、イチのこと嫌いになんて絶対ならない」
「そんな確証のない事言うなよ」
「それならこの世のほとんどが確証のないことになるよ」
「……バカじゃねーの」
「うん、何でだろうね、イチには笑っててほしいだけなだけどな」


時計の音がやけに大きく聞こえる。ウツミの考えていることがわからない。情けないけど、自分の指先がひどく冷たくなっているのも感じた。

本音を言えばいいなんて、そんなの。バレているかも、と思う。血の気が引く。自身の気持ちに。……ウツミの気持ちの返し方に。


「俺ね、イチのこと、薬みたいだなって思うんだよね」
「……また突然変なことを……薬って何だよ」
「苦手なんだよね、あの、カプセルとか錠剤とか、苦いし喉に引っかかるし」
「え、悪口言われてる?」
「ううん、でも、イチもそんな感じ。イチは俺と違ってみんなに好かれてて、一緒にいると時々歯痒い気持ちになる」
「はあ?」
「……でも、飲むと浄化されるんだよ、飲みたくないのに飲まなきゃダメなんだ」
「いや、何言ってんの」
「気になるんだよね、イチのそういう態度が、ずっと」
「……」


錠剤のように喉元に詰まる、言葉に出せない気持ちにひどく歯痒い気持ちになる。それはおれも同じで、でもウツミのそれとは少し違っていると思う。


「イチ、俺のこと好きでしょ」
「……は?」


突然放たれた確信的な言葉に、おれは固まった。どくんと一度大きく心臓がはねる。指先が痺れていく、感覚がなくなっていくみたいに熱が消えていく。

もう逃げられない。ウツミは全部気づいてる。


「ごめん、今日聞いちゃったんだよね、石川さん達と話してるとこ」
「おま……」
「あれ、俺のことじゃないの?」
「何言ってんだよ、おれたち男同士だぞ? お前最近おかしいって……」
「じゃあ、好きな人って誰?」


するり、突然俺の身体に腕を回したウツミの指先が、後ろから抱くように俺の手のひらに触れて、そのまま強く掴まれる。体が強張って動けない。何を。なんで、突然、こんな。

やめろよ、そんな簡単に触れるな。簡単に崩すなよ。ウツミ、お前のことが大事だよ。だから、こっち側に引っ張りたくない。


「……ごめんって思ってる?」
「なに、が」
「なんでそう、後めたそうにするんだろ」
「そりゃだって、そうだろ」
「イチが俺を好きなことに、何か問題でもある?」
「何言って、」
「ごめんなんて思わないでよ、謝んないで、何も変なことじゃないから」


もし変なんだったら、この世界の方がずっと変だから、イチの気持ちを否定しないでよ。

そんな風に泣きそうな声で呟いて、ぎゅっと後ろから抱きしめられる。初めての温度におれまで泣きそうになったりして、でもこんなことゆるされるはずもなくて。感情がぐちゃぐちゃで受け入れることができない。だっておれはずっと、誰にも言えない気持ちを抱えてきて、それ以上を求めようだなんて思ってもいない。自分の幸せの為に相手の気持ちを変えさせるなんてことできるわけがない。

おれたちは男女じゃない。だから、やめろ、それ以上、もう触れるなよ。



「……ごめんウツミ、ダメなんだよ、こんなこと普通じゃない」



でも、そもそも、普通ってなんだ?