◇
話終わって教室に戻ると、クラスメイトはもう殆どいなくなっていた。その代わりに、ウツミが机に突っ伏して眠っている。そんなに眠いなら寮に帰ればいいのに変な奴。ていうか昼間も授業中も寝てたくせに。そんなに夜寝れてないのか。
窓側のいちばん後ろの席。鞄を取るふりをして、そっと横目にウツミを見る。
その瞬間、机に突っ伏していると思っていたウツミとバチリと目が合って思わずびくりと肩をあげてしまった。
「うわっ、ウツミ、起きてたのかよ……」
机に頭を預けたままこちらをじっと見つめるウツミから返事はない。いや、なんで返事ないんだよ、てかなんで起きてんの。
ウツミの表情は変わらずじっとこちらを見上げていて、おれは固まってしまう。綺麗な瞳に見つめられて心臓が飛び出そうだ。さっき告白のような何かをされた時にはこんなに感情が動くことはなかったのに、おれって大概薄情な奴だ。てか、最悪。
数秒固まって、視線が平行線に繋がった後、ゆらりとウツミが先に視線を晒した。なに、なんなの、ほんと。
おれはそのまま気が抜けてストンと自分の席に腰を落とす。するとウツミがちょいちょい、と自分のこめかみを叩いたので、「なに?」とおれは身を乗り出す。すると一瞬の隙に俺の耳へとウツミの左手が伸びてきて、「うわ、」と変な声が出た。
え、何。
それが言葉になったかどうかわからない。ウツミの指先が俺の右耳に触れた瞬間、ピアノの音で全ての音が遮断されたからだ。
「……あ、イヤホン……」
すぐに離れていったウツミの左手。思わず俺は右手で右耳を抑える。ああそうか、ウツミ、イヤホンをしていたからおれの声が聞こえなかったのか。
自分がつけていた片耳イヤホンをはずして、おれの右耳へと預けたウツミを再度見ると、今度は少しだけ口角をあげている。そのやさしい眼差しにまたぐっと心臓が掴まれて固まってしまう。ウツミの前だと自分が自分じゃないみたいだ。
片方だけ渡されたイヤホンに、本当におまえには敵わないよ、多分一生、おまえのこと忘れられないと思うよ、なんて柄にもないことを思ったりする。おれがこんなに誰かで感情を動かされるのはたったひとり、ウツミだけだ、悔しいけれど。
「……何も言わずにイヤホン渡すなよ」
「ごめん、でもこの曲イチに聞いてほしくて」
「毎回自分勝手なんだっておまえは……」
「嫌じゃないくせに」
「ったく……で、なんて曲なの」
ウツミは左耳。おれは右耳。同じ音楽を片耳ずつ聞くのってこんなにむず痒いことだったのか、知らなかった。なんか、胸の奥が疼いて仕方がない。どうしたらいいんだ。
「……チャイコフスキーのロマンス」
ふうん、初めて聞いた。
ウツミから視線を逸らして右耳に集中する。ピアノやクラシックには詳しくないけど、ウツミがこれを弾くならきっと優しい音で愉快に弾くんだろうなと思う。
ふと視線を戻すと、またじっとウツミがおれを見ていることに気がついた。もしかしてイヤホンを渡してからずっとおれを見てたのか? だとしたら本当に意味わかんなくてずるい奴だよ。おれの心情も知らないで。
「……何」
「いや?」
「見過ぎ、さっきから」
「ん、ごめん」
「別に謝んなくてもいいけど」
「……今日イチの部屋で寝ていい?」
「はあ?」
「夜寝れないんだよ、やっぱイチが横にいると寝れるから」
ああ本当に、こいつはたちが悪い。
話終わって教室に戻ると、クラスメイトはもう殆どいなくなっていた。その代わりに、ウツミが机に突っ伏して眠っている。そんなに眠いなら寮に帰ればいいのに変な奴。ていうか昼間も授業中も寝てたくせに。そんなに夜寝れてないのか。
窓側のいちばん後ろの席。鞄を取るふりをして、そっと横目にウツミを見る。
その瞬間、机に突っ伏していると思っていたウツミとバチリと目が合って思わずびくりと肩をあげてしまった。
「うわっ、ウツミ、起きてたのかよ……」
机に頭を預けたままこちらをじっと見つめるウツミから返事はない。いや、なんで返事ないんだよ、てかなんで起きてんの。
ウツミの表情は変わらずじっとこちらを見上げていて、おれは固まってしまう。綺麗な瞳に見つめられて心臓が飛び出そうだ。さっき告白のような何かをされた時にはこんなに感情が動くことはなかったのに、おれって大概薄情な奴だ。てか、最悪。
数秒固まって、視線が平行線に繋がった後、ゆらりとウツミが先に視線を晒した。なに、なんなの、ほんと。
おれはそのまま気が抜けてストンと自分の席に腰を落とす。するとウツミがちょいちょい、と自分のこめかみを叩いたので、「なに?」とおれは身を乗り出す。すると一瞬の隙に俺の耳へとウツミの左手が伸びてきて、「うわ、」と変な声が出た。
え、何。
それが言葉になったかどうかわからない。ウツミの指先が俺の右耳に触れた瞬間、ピアノの音で全ての音が遮断されたからだ。
「……あ、イヤホン……」
すぐに離れていったウツミの左手。思わず俺は右手で右耳を抑える。ああそうか、ウツミ、イヤホンをしていたからおれの声が聞こえなかったのか。
自分がつけていた片耳イヤホンをはずして、おれの右耳へと預けたウツミを再度見ると、今度は少しだけ口角をあげている。そのやさしい眼差しにまたぐっと心臓が掴まれて固まってしまう。ウツミの前だと自分が自分じゃないみたいだ。
片方だけ渡されたイヤホンに、本当におまえには敵わないよ、多分一生、おまえのこと忘れられないと思うよ、なんて柄にもないことを思ったりする。おれがこんなに誰かで感情を動かされるのはたったひとり、ウツミだけだ、悔しいけれど。
「……何も言わずにイヤホン渡すなよ」
「ごめん、でもこの曲イチに聞いてほしくて」
「毎回自分勝手なんだっておまえは……」
「嫌じゃないくせに」
「ったく……で、なんて曲なの」
ウツミは左耳。おれは右耳。同じ音楽を片耳ずつ聞くのってこんなにむず痒いことだったのか、知らなかった。なんか、胸の奥が疼いて仕方がない。どうしたらいいんだ。
「……チャイコフスキーのロマンス」
ふうん、初めて聞いた。
ウツミから視線を逸らして右耳に集中する。ピアノやクラシックには詳しくないけど、ウツミがこれを弾くならきっと優しい音で愉快に弾くんだろうなと思う。
ふと視線を戻すと、またじっとウツミがおれを見ていることに気がついた。もしかしてイヤホンを渡してからずっとおれを見てたのか? だとしたら本当に意味わかんなくてずるい奴だよ。おれの心情も知らないで。
「……何」
「いや?」
「見過ぎ、さっきから」
「ん、ごめん」
「別に謝んなくてもいいけど」
「……今日イチの部屋で寝ていい?」
「はあ?」
「夜寝れないんだよ、やっぱイチが横にいると寝れるから」
ああ本当に、こいつはたちが悪い。