ガラス越しに、彼が見えた。
 下半分が曇っているガラスだけど、はっきりとわかる。
 私が見つめる先は曇っていないから。そして夢のなかでもないから。

 ああ、これか。

 うっすらとガラスに映る微笑を見て、私は思わず頷いてしまった。

《あのいたずらっぽい笑顔が、凄く好きでした。もちろん他も全部ですけど》

 メールの文面ですら、彼は真面目で律儀なままだった。一つしか違わないのに。今は同い年でいられる季節なのに。
 駐車場からカフェに向かって、ジャケット姿が近づいてくる。猫目のチャーミングな女性を隣に連れて。
 ポニーテールがよく似合う彼女が、彼に何かを言って笑いかける。大きな瞳が楽しそうに、元気に、輝いている。二人とも結婚はしていないそうだし、《もちろん、つきあってるとかじゃありません》と、これまた律儀にメールには書き添えられていた。

 と、視線に気づいたのか、彼と彼女がこちらに顔を向けた。揃ってぱっと笑みを浮かべてくれる。
 そこから光が広がったように見えたのは、気のせいだろう。

「今度は抜け駆けしないからね」

 いたずらっぽいと言われる笑顔で、私は軽やかに手を振ってみせた。



 Fin.