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直後に明人は、直の家へも向かうことになった。いったん我が家に帰ったのだが、傾いた門のところで家族全員が待っていてくれたのだ。
「明人」
最初に口を開いたのは正だった。
「兄ちゃん」
おたがいの無事を喜ぶよりも先に、兄は軽やかに笑って言った。
「行ってやってくれ。直の家に」
本当に、この人にはかなわない。どうしてこの人ではなく、自分にタイムリープ能力が遺伝したのだろうとも思う。飄々としているけれど頭が切れて、とぼけているけれど誰よりも優しい、心から尊敬できる一歳違いの兄。正ならばきっと、自分より有効に「力」を使えるはずなのに。こういうときだって、身近な人だけじゃなくもっと大勢の人の力になれたかもしれない。
しかし正は、どこまでも正だった。そんな能力などなくても、こうしてマイペースの笑顔とともに精一杯の力を貸してくれる。支えてくれる。いつも弟の気持ちを汲んで。こちらの心に寄り添って。
「あいつのことも守ってくれたんだろ。俺が言うことじゃないかもしれないけど、本当にありがとう」
続いた台詞が、気持ちが、真っ直ぐ胸に届く。兄弟だから。自分は彼の、近守正の弟だから。
「明人」
「明人」
「ワン!」
ともに立つ両親とリンタロウも、すべてを理解し、受け止めてくれた顔をしている。穏やかで温かい三人と一匹の笑顔。きっと正が話してくれたのだろう。
「あんたも正も、うちらの自慢の息子や。あ、リンちゃんもね」
自分は? と鼻先を擦りつけたリンタロウに気づき、慌てて頭を撫でてやりながら母が笑う。
「その通りだ。俺と母さんと、正とおまえと、リンタロウ。五人で家族ってのはいくつになっても、いつになっても変わらない。だから明人は明人だよ」
母や兄ほどではないものの、やはりマイペースな父が、めずらしく力強い表情で頷く。そうだよ! と、言葉が喋れるのなら叫び出しそうな勢いで、リンタロウが前足をかけてくる。
「ごめんねえ。うちらがもっと早く教えとけば、明人の方から話しやすかったろうに」
「でも祖父さんが跳んできたの、もっと歳とってからって聞いてたからなあ」
「そうやね。なんにせよ明人がこの時代を、今のうちらを選んでくれたのって、なんか嬉しいわ」
「ああ。ただ、ちょっとだけ惜しかったな。大人の明人だってわかってれば、一緒に酒でも飲んだんだが」
「男親の夢って言うもんね……って、それは駄目やろ!」
いつもとなんら変わらない父母のやり取りに、正と顔を見合わせて笑ってしまった。
「ありがとう。父さん、母さん」
「でも、いつかはもとの自分に戻るんやろ?」
「うん。ごめん」
「謝ることなんてないさ。いつになるかは知らないけど、ちょっとおっさんぽかった息子の中身が、もとに戻るだけみたいなもんだ」
「みたいなもん、じゃなくてもろにそれや、それ!」
すかさずつっこまれた父は、「だってさ、リンタロウ」と、わざとらしく彼に助けを求めている。
元気な母とマイペースな父。可愛い愛犬。そして、尊敬できる兄。
自分はどこにいても、いくつになっても、この人たちの家族なのだ。この人たちの息子で、飼い主で、弟なのだ。
それが本当に嬉しくて、誇らしい。
「他にもいろいろ話したいことあるけど、帰ってからにするね」
自身もリンタロウを撫でてやりながら、明人は家族に向かって告げた。
「あの人は、直さんは、もう行っちゃったから」
「ああ。頼む」
すぐに正の答えが返ってきた。きっと兄は本来の年齢に戻った直のことも、とても大切にするだろう。そしてそうなれば、逆に自分は兄と、恋敵のようなものにならなくて済むはずだ。やっぱりそれは、ほっとする。
「じゃ、行ってくるね」
駆け出そうとする明人に、母が思いついたように一声かけてきた。
「ねえ、明人!」
「何?」
「実際のところな」
「うん?」
「見先さんと桃香ちゃん、どっちが好きなん?」
ふたたび正と、今度は苦笑を向け合う羽目になった。
「それも、帰ってから話すよ」
軽やかな声と足取りで、明人は見先家に向かって駆け出した。
直後に明人は、直の家へも向かうことになった。いったん我が家に帰ったのだが、傾いた門のところで家族全員が待っていてくれたのだ。
「明人」
最初に口を開いたのは正だった。
「兄ちゃん」
おたがいの無事を喜ぶよりも先に、兄は軽やかに笑って言った。
「行ってやってくれ。直の家に」
本当に、この人にはかなわない。どうしてこの人ではなく、自分にタイムリープ能力が遺伝したのだろうとも思う。飄々としているけれど頭が切れて、とぼけているけれど誰よりも優しい、心から尊敬できる一歳違いの兄。正ならばきっと、自分より有効に「力」を使えるはずなのに。こういうときだって、身近な人だけじゃなくもっと大勢の人の力になれたかもしれない。
しかし正は、どこまでも正だった。そんな能力などなくても、こうしてマイペースの笑顔とともに精一杯の力を貸してくれる。支えてくれる。いつも弟の気持ちを汲んで。こちらの心に寄り添って。
「あいつのことも守ってくれたんだろ。俺が言うことじゃないかもしれないけど、本当にありがとう」
続いた台詞が、気持ちが、真っ直ぐ胸に届く。兄弟だから。自分は彼の、近守正の弟だから。
「明人」
「明人」
「ワン!」
ともに立つ両親とリンタロウも、すべてを理解し、受け止めてくれた顔をしている。穏やかで温かい三人と一匹の笑顔。きっと正が話してくれたのだろう。
「あんたも正も、うちらの自慢の息子や。あ、リンちゃんもね」
自分は? と鼻先を擦りつけたリンタロウに気づき、慌てて頭を撫でてやりながら母が笑う。
「その通りだ。俺と母さんと、正とおまえと、リンタロウ。五人で家族ってのはいくつになっても、いつになっても変わらない。だから明人は明人だよ」
母や兄ほどではないものの、やはりマイペースな父が、めずらしく力強い表情で頷く。そうだよ! と、言葉が喋れるのなら叫び出しそうな勢いで、リンタロウが前足をかけてくる。
「ごめんねえ。うちらがもっと早く教えとけば、明人の方から話しやすかったろうに」
「でも祖父さんが跳んできたの、もっと歳とってからって聞いてたからなあ」
「そうやね。なんにせよ明人がこの時代を、今のうちらを選んでくれたのって、なんか嬉しいわ」
「ああ。ただ、ちょっとだけ惜しかったな。大人の明人だってわかってれば、一緒に酒でも飲んだんだが」
「男親の夢って言うもんね……って、それは駄目やろ!」
いつもとなんら変わらない父母のやり取りに、正と顔を見合わせて笑ってしまった。
「ありがとう。父さん、母さん」
「でも、いつかはもとの自分に戻るんやろ?」
「うん。ごめん」
「謝ることなんてないさ。いつになるかは知らないけど、ちょっとおっさんぽかった息子の中身が、もとに戻るだけみたいなもんだ」
「みたいなもん、じゃなくてもろにそれや、それ!」
すかさずつっこまれた父は、「だってさ、リンタロウ」と、わざとらしく彼に助けを求めている。
元気な母とマイペースな父。可愛い愛犬。そして、尊敬できる兄。
自分はどこにいても、いくつになっても、この人たちの家族なのだ。この人たちの息子で、飼い主で、弟なのだ。
それが本当に嬉しくて、誇らしい。
「他にもいろいろ話したいことあるけど、帰ってからにするね」
自身もリンタロウを撫でてやりながら、明人は家族に向かって告げた。
「あの人は、直さんは、もう行っちゃったから」
「ああ。頼む」
すぐに正の答えが返ってきた。きっと兄は本来の年齢に戻った直のことも、とても大切にするだろう。そしてそうなれば、逆に自分は兄と、恋敵のようなものにならなくて済むはずだ。やっぱりそれは、ほっとする。
「じゃ、行ってくるね」
駆け出そうとする明人に、母が思いついたように一声かけてきた。
「ねえ、明人!」
「何?」
「実際のところな」
「うん?」
「見先さんと桃香ちゃん、どっちが好きなん?」
ふたたび正と、今度は苦笑を向け合う羽目になった。
「それも、帰ってから話すよ」
軽やかな声と足取りで、明人は見先家に向かって駆け出した。