「それじゃあ、えっと……また後でね都希くん」
「そ、そうだね。それじゃあまた」
早朝、日向のお母さんが帰ってくる前に僕は出ることにした。
結局いつのまにか眠ってしまっていたのだ。
両親には遅くなると伝えていたが、さすがの朝帰りは想定もしていないだろう。
少し焦る気持ちと、名残惜しいような気持ちが混在しながら帰り支度をした。
といっても、今日は学校だ。
数時間後にまた日向と会う事になる。
急いで家に帰ろうとしたら、彼女が僕の名を呼んだ。
「演劇、頑張ろうね。――王子様」
「そうだね……白雪姫」
僕を王子様と呼ぶ日向に、少し照れくさくなりながらも白雪姫、と返した。
はにかむ彼女の笑顔を見ながら、無事に成功して終われますようにと願った。
◇
僕の心配はよそに演劇は順調で、それでいて日向の様子も気にかけていたが心配はなさそうだった。
一周目と違って体調が良いのだろうか。
放課後の練習も欠かさず参加している。
実行委員としての活動も、園田のおかげで分担してできたので凄くやりやすかった。
何も問題はない。なのに不安はぬぐえなかった。
学園祭は来週だ。ほとんどのクラスも終盤に差し掛かっているからか、少しだけピりついた空気もある。
「鏡だ! 俺は鏡だあっ!」
そんな中で、颯太の明るさはクラスのみんなを和ませていた。
意外と、なんて言っていいのかわからないが、ちゃんとわかってやっている。
サッカーについても成績はぐんぐんと上がっているらしい。
今度の都大会でもエースストライカーとして期待されてるのだとか。
何より一番驚いたのは、園田だった。
「昨日の変更箇所まとめておいたから、配布しておくね」
誰が呟いた事でも聞き漏らさず、効率のいい提案をしてくれる。
生徒同士でのコミュニケーションもしっかりとっていて、クラスの雰囲気作りにも気を遣ってくれているみたいだ。
一周目の園田を知っている僕からすると、まるで別人のようだった。
「園田、無理してない?」
「なにが?」
「実行委員の仕事と、部活もあるし、それにあのことも……」
「大丈夫よ。意外と私、こういうことするの好きみたい。楽しんでやってるから気にしないで」
「それならいいんだけど」
負担が大きいのではないかと不安になっていると、園田はフッと笑う。
「でも……昔の私が見たらびっくりするだろうけどね。それこそ、日向は驚いてるんじゃないかな」
「日向が? どういうこと?」
「あれ、聞いてないの? 私たちが仲良くなったきっかけ」
前に少しだけ聞いた。転校してきた日向に、園田が声を掛けて仲良くなったことを。
それを伝えると、なぜか園田は首を振った。
「確かに私は日向に声を掛けた。移動教室でどこに行けばいいかわからないでいた日向に。でも、それはただのお節介。それで仲良くなったわけじゃない」
「そうなの?」
「私、昔からこんな感じで人付き合いが上手いわけじゃなかったの。それで、中学二年生だったかな。私がちょっとクラスの女子を怒らせちゃってね。きっかけかけは覚えてない。でも、そこから無視されたり、物をね……隠されたりしてたのよ。まあ、いじめよね」
「……ひどいな」
「ありがとう。今思えば大したことなかった。でも、あの頃は本当に……つらかった。でも、諦めてた。平気なふりをして、一人でもいいって思ってた。そんなとき、日向が助けてくれたのよ」
「日向が? 園田を?」
「今でも鮮明に思い出せる。雨の日にね、私の筆箱の中の物が窓から投げ捨てられていたのよ。それを一緒に拾ってくれたの。びしょ濡れになるのも構わずにね」
日向らしいと思った。彼女は、本当に心の優しい子だからだ。
「それから虐めはなくなったわ。何故かはわからないけど、日向のおかげなのは間違いないでしょうね」
そのことがきっかけで日向と仲良くなり、日向にだけは心を開けるようになった。
そして、強くなろうと思ったらしい。日向に何かあったとき、今度は自分が守れるように。
「それでも私は不器用なままだった。怖かったのよ。日向以外の人と仲良くするのがね。でも、颯太が私を好きだといってくれて。そして、あなたのおかげでまたこうやって色んな人と話ができてる」
「……僕?」
「やっぱり気づいてないのね。私がみんなと一緒に頑張ろうって思えるのは小野寺のおかげよ」
「どうして?」
園田は、少しだけ呆れた顔で答える。
「颯太もよく言ってるけど、あなたは人を変えられる力を持ってるわ。いい影響を与えてくれる。日向も前より笑顔だし、凄く楽しそう。――私はバカじゃない。彼女が隠しごとをしていることぐらい、わかってる。そしてあなたが、それを知っていることも」
なんて返せばいいのかわからなかった。あまりにも驚きすぎて、言葉が出ない。
「安心して。何も聞かない。日向が自分から言わないかぎりは、私はこのままでいいと思ってるから。そのかわり――日向を泣かせたら容赦しないわよ」
一度も見たことないほどの笑顔で、園田は俺の肩をぽんっと叩いた。彼女だって聞きたいはずだ。でも、日向のことを心から想っているからこそ、何も言わない。
……本当に何も知らなかったんだな僕は。でも、今は違う。知っている。
だからこそ、学園祭を絶対に成功させたい。
「ありがとう園田。学園祭、頑張ろうな」
「そうね。絶対成功させましょう」
それからも順調に練習は進み、大道具や小道具などのセットも完成した。
あとは本番で練習の成果を発揮するだけだ。
「そ、そうだね。それじゃあまた」
早朝、日向のお母さんが帰ってくる前に僕は出ることにした。
結局いつのまにか眠ってしまっていたのだ。
両親には遅くなると伝えていたが、さすがの朝帰りは想定もしていないだろう。
少し焦る気持ちと、名残惜しいような気持ちが混在しながら帰り支度をした。
といっても、今日は学校だ。
数時間後にまた日向と会う事になる。
急いで家に帰ろうとしたら、彼女が僕の名を呼んだ。
「演劇、頑張ろうね。――王子様」
「そうだね……白雪姫」
僕を王子様と呼ぶ日向に、少し照れくさくなりながらも白雪姫、と返した。
はにかむ彼女の笑顔を見ながら、無事に成功して終われますようにと願った。
◇
僕の心配はよそに演劇は順調で、それでいて日向の様子も気にかけていたが心配はなさそうだった。
一周目と違って体調が良いのだろうか。
放課後の練習も欠かさず参加している。
実行委員としての活動も、園田のおかげで分担してできたので凄くやりやすかった。
何も問題はない。なのに不安はぬぐえなかった。
学園祭は来週だ。ほとんどのクラスも終盤に差し掛かっているからか、少しだけピりついた空気もある。
「鏡だ! 俺は鏡だあっ!」
そんな中で、颯太の明るさはクラスのみんなを和ませていた。
意外と、なんて言っていいのかわからないが、ちゃんとわかってやっている。
サッカーについても成績はぐんぐんと上がっているらしい。
今度の都大会でもエースストライカーとして期待されてるのだとか。
何より一番驚いたのは、園田だった。
「昨日の変更箇所まとめておいたから、配布しておくね」
誰が呟いた事でも聞き漏らさず、効率のいい提案をしてくれる。
生徒同士でのコミュニケーションもしっかりとっていて、クラスの雰囲気作りにも気を遣ってくれているみたいだ。
一周目の園田を知っている僕からすると、まるで別人のようだった。
「園田、無理してない?」
「なにが?」
「実行委員の仕事と、部活もあるし、それにあのことも……」
「大丈夫よ。意外と私、こういうことするの好きみたい。楽しんでやってるから気にしないで」
「それならいいんだけど」
負担が大きいのではないかと不安になっていると、園田はフッと笑う。
「でも……昔の私が見たらびっくりするだろうけどね。それこそ、日向は驚いてるんじゃないかな」
「日向が? どういうこと?」
「あれ、聞いてないの? 私たちが仲良くなったきっかけ」
前に少しだけ聞いた。転校してきた日向に、園田が声を掛けて仲良くなったことを。
それを伝えると、なぜか園田は首を振った。
「確かに私は日向に声を掛けた。移動教室でどこに行けばいいかわからないでいた日向に。でも、それはただのお節介。それで仲良くなったわけじゃない」
「そうなの?」
「私、昔からこんな感じで人付き合いが上手いわけじゃなかったの。それで、中学二年生だったかな。私がちょっとクラスの女子を怒らせちゃってね。きっかけかけは覚えてない。でも、そこから無視されたり、物をね……隠されたりしてたのよ。まあ、いじめよね」
「……ひどいな」
「ありがとう。今思えば大したことなかった。でも、あの頃は本当に……つらかった。でも、諦めてた。平気なふりをして、一人でもいいって思ってた。そんなとき、日向が助けてくれたのよ」
「日向が? 園田を?」
「今でも鮮明に思い出せる。雨の日にね、私の筆箱の中の物が窓から投げ捨てられていたのよ。それを一緒に拾ってくれたの。びしょ濡れになるのも構わずにね」
日向らしいと思った。彼女は、本当に心の優しい子だからだ。
「それから虐めはなくなったわ。何故かはわからないけど、日向のおかげなのは間違いないでしょうね」
そのことがきっかけで日向と仲良くなり、日向にだけは心を開けるようになった。
そして、強くなろうと思ったらしい。日向に何かあったとき、今度は自分が守れるように。
「それでも私は不器用なままだった。怖かったのよ。日向以外の人と仲良くするのがね。でも、颯太が私を好きだといってくれて。そして、あなたのおかげでまたこうやって色んな人と話ができてる」
「……僕?」
「やっぱり気づいてないのね。私がみんなと一緒に頑張ろうって思えるのは小野寺のおかげよ」
「どうして?」
園田は、少しだけ呆れた顔で答える。
「颯太もよく言ってるけど、あなたは人を変えられる力を持ってるわ。いい影響を与えてくれる。日向も前より笑顔だし、凄く楽しそう。――私はバカじゃない。彼女が隠しごとをしていることぐらい、わかってる。そしてあなたが、それを知っていることも」
なんて返せばいいのかわからなかった。あまりにも驚きすぎて、言葉が出ない。
「安心して。何も聞かない。日向が自分から言わないかぎりは、私はこのままでいいと思ってるから。そのかわり――日向を泣かせたら容赦しないわよ」
一度も見たことないほどの笑顔で、園田は俺の肩をぽんっと叩いた。彼女だって聞きたいはずだ。でも、日向のことを心から想っているからこそ、何も言わない。
……本当に何も知らなかったんだな僕は。でも、今は違う。知っている。
だからこそ、学園祭を絶対に成功させたい。
「ありがとう園田。学園祭、頑張ろうな」
「そうね。絶対成功させましょう」
それからも順調に練習は進み、大道具や小道具などのセットも完成した。
あとは本番で練習の成果を発揮するだけだ。