そんなふうに、芝崎の視点であれば1話で終わってしまうような状況の中、様々なところで幹部たちが制圧に奔走。
あとは芝崎の進める駒の動きを見ながらその場その場で対応に走り、チャトランガは無事『弓の射手』を完全制圧する事ができたのだ。

何も分かっていないのは芝崎本人だけである。

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チェスの勝敗が決まり、ルドさんは「約束通り、『弓の射手』は解散しましょう。……とは言え、もう残っているのも、ボクだけでしょうが。」と肩を竦めて見せた。

その言葉の意味が分からなくて何も言えずにいると、口を開いたのは(サーンプ)さんだった。

「今回の条件は『勝者(チャトランガ)はそれ以上敗者(弓の射手)を追わない。』『第三者の介入は厳禁』。だが、拘束し放置したやつらを警察が勝手に拾うのは俺たちの知ったことじゃないからな。」

「全く、口の回るガキが多くて嫌になりますね。何も言いませんよ。所詮、ボクらは負け犬です。」

遠吠えはごめんです、と目を閉じて薄ら笑うルドさん。

(……全然状況がわからない……)

いつの間にかルドさん達の弓の射手を制圧してるし、屁理屈言ってはいるけど警察に引き渡してるし。

(……僕がただチェスしている間に何が……??)

まるで状況が掴めず、椅子に座ったまま、黙り込んでいると、エレベーターの動く音が聞こえた。
チーンとベルがなり、そこから降りてきたのは代田刑事や小台刑事。そして公安の朝日さんとその部下達だ。カツカツと質のいい革靴を鳴らしながら、ルドさんの周りを取り囲む。

「国際テロ組織『弓の射手』ボス、ルドラ。国際法に基づき、逮捕する。」

朝日さんがばっと逮捕状を広げ、ルドさんに見せる。
ルドさんは分かっていたのか「はいどうぞ。」なんて言いながら、その手を前に出した。

ガチャンッと音を鳴らして、代田刑事がルドさんに手錠をかける。
立て、と言われて椅子から立ち上がったルドさんは変わらず優しく口角を上げていた。

(……逮捕される、しかもテロ組織なんてやってたから悪い人だって、わかってるけど……)

僕にとっては悪い人じゃなかった。
会った回数もチェスした回数も決して多くは無いけれど、それでもそこには確かな交流があって、僕はその時間が本当に楽しかった。

(何か、何か言わなきゃ……)

これが最後になるかもしれない。どこの国で裁かれるか分からないけれど、恐らく日本ではない国で裁かれる事になる。
高校生の僕は簡単に海外になんて渡航できないし、行けたとしても面会は難しいかもしれない。

(楽しかったです……?お元気で……?いやなんか違うな……)

そうこうしているうちにルドさんは刑事さん達に背中を押され、歩き始めてしまう。

椅子から動けずに、口も上手く動かせずにいる僕は焦った結果

「またチェスしましょう。」

願望を口走った。

(や、やらかしたーーーー!!!)

たしかにまたチェスしたいとは思ったけれど。
思ったけれど!!
面会も難しいのにどうやってチェスをするんだと言う話だし、言うことにかいて「チェスしましょう。」だなんて、どれだけチェス馬鹿なのか、と刑事さん達も呆れてしまう話だ。
チェス馬鹿なのは事実といえども。

予想外だったのか、刑事さん達だけではなく、ルドさんも僅かに目を見開き固まる。

そして、やはり優しく目元を綻ばせて「……そうですね。君が望むのなら、いつか、きっと。」と僕の突拍子もない言葉にちゃんと返事をしてくれた。

(うっ、優しさが目に染みる……!)

僕のやらかしにこんなにも優しく対応してくれるなんて。
思わず目が熱くなり、涙が込み上げそうになる。

それを誤魔化す様に鼻根を押さえてから、僕はゆっくり椅子から立ち上がった。勢ぞろいしている幹部達の顔が一斉にこちらを向く。

皆で帰るにしても刑事さん達が先にエレベーターを使うので、エレベーターが返ってくるのを待たなくてはいけない。

(……流石に、労いの言葉もなしって訳にはいかないよね。)

知らない間にことが進んでいたとしても、国際テロ組織を壊滅させたのは(サーンプ)さん達幹部のおかげだ。
いくらコミュ障口下手と言えど、労いの言葉もお礼の言葉もなしというのは良くないだろう。三日月(チャーンド)さんだけはこの場にいないので、後で個別でお礼を言うつもりだけれど。

「……よく、やった……?……ありがとう。」

少し疑問形になったものの、多分ボスとしてはこれでいいはず。

何とかそう言葉を口から出すと、何故か幹部達の涙腺が崩壊した。噴水のごとき勢いで吹き出す涙に僕は目が点になる。

(……え、僕そんなにお礼言えないって思われてるの……?どうして……?)

前にも似たようなことがあったような。

思わず遠い目をしていれば、(サーンプ)さんがいきなり跪いた。
それに倣うように他の幹部達も同じように跪く。ここだけ見ればまるでどこかの国の騎士団のようだ。
突然のことに僕の心臓はバクバク飛び跳ねる。

「俺たちはシヴァ様、貴方が行く先、行く道にこの命尽きるまでついて行きます。」

と、(サーンプ)さんが突然そう言い始め、それに続いて三叉槍(トリシューラ)さんも口を開く。

「シヴァ様のための武器となり盾となりその御身を守ります。」
「そして時に貴方を遮る障害を切り開くアトリビュート(神の持ち物)となりましょう。」
「アタシは貴方様の耳となり。」
「僕は目となり、シヴァ様を支える柱となります。」

太鼓(ダマル)さん、(ナディ)さん、第三の目(アジュナ)くんと一人一人が何か誓いを立てるかのように言葉をつむぎ始め、僕は内心大パニックだ。

唯一何も言わない野々本君の方をちらりと見れば、「俺はシヴァ様とその御目の道を切り開く兵となります。」と期待を裏切って誓いをたてられた。

(……え、本当にどういう状況……??)

もう何も分からない。けれどもこの状況をこのままにするわけにもいかない。

何か、何か言わないと……!

「……また、皆でチェスしようね。」

(こんのうっかり願望ダダ漏れお口がーーー!!)

先程やらかしたばかりだと言うのにまたやらかした。
焦って願望を口走るだなんて、僕の口下手はどうなっているんだ。

しかし、(サーンプ)さん達はそれでも良かった様で、「シヴァ様……!」と何故かまた泣いていたので、僕はもう考えることをやめて「早くエレベーター戻ってこないかなー。」とエレベーターの扉を眺め続けた。

(ま、これで一件落着みたいだし、ようやく普通の生活に戻れる……)

ちなみにそれ、フラグである。