(ナディ)と弓の射手幹部ヴァジュラが何故こんな、(サーンプ)が頭を抱えるような事態になっているかと言えば、単に2人とも戦闘要員では無いことが起因する。

(ナディ)は勿論のこと、ヴァジュラもメインは組織との交渉や対人での情報収集だ。
交渉役として前に出ることが多い分、護身はできるよう最低限のスキルは持っているが、どうしても戦闘特化の(ティール)達には劣る。

ましてや10代の(ナディ)と違い既に40を過ぎたヴァジュラは最近体力の衰えも感じていた。

(正面からぶつかるのは避けたいな……)

元々、ヴァジュラがルドラから与えられた任務はルドラが不要と判断したチャトランガを支援する情報屋の始末だ。
大人数で動くような任務でもないので、下っ端の人数もそんなに多くは無い。

(そもそも、なーんでここに待ち伏せされてるのかねぇ……)

派手で騒がしい(ティール)達のような目立つ喧騒は起こしていないはずなんだけどなぁ、と首を捻るヴァジュラに対し、(ナディ)もまた正面からの衝突は避けたいと考えていた。

(あたしの部下は人数が多いって言っても情報収集をメインに活動しているメンバーばっかだし……戦闘能力ではどうしても大人には劣る。)

双方睨み合いが続き、場は緊張状態となる。

「……はあぁ~やめやめ!君も私も交渉人!どうせなら有意義な話をしようじゃない!」
「……はぁ!?」

だと言うのに、突然ヴァジュラは大袈裟に手を振ってその緊張した空気を壊した。
思わず(ナディ)の口から素っ頓狂な声が飛び出る。

「君がここに待ち伏せしていたと言うことは芝崎君の指示だろう?ルドラ君が負けたとは思わないけれど、先を読まれた以上、私には彼のような頭脳がないからね。どう動いたとしても対処されそうだよ。」

無駄なことはしない主義なんだ、と肩を竦めてみせるヴァジュラに、(ナディ)は眉を寄せ、怪訝そうな目を向ける。

事実今現在ルドラとの通信が途絶えている。そのためヴァジュラはこの状況をどう動くか指示を仰ぐことが出来ない。だからこそ、いっそフィールドを自分に有利な『話し合い』の場にしてしまおうと言う事だ。

(多分、ルドラ君の所には芝崎君がいるんだろうね。それ以外でルドラ君が通信できないほどの状況に追い込まれるとは思えない。)

とにかく、ルドラから連絡が来るまで現状を維持していればいい。ヴァジュラの今回の任務はそれからでも十分成果のあるものだ。

「有意義な話ですって?あんたと話して有意義になることなんてありゃしないわよ。シヴァ様の事1人で語ってる方が十分有意義だっての。」

しかし、(ナディ)はそれに対し皮肉を投げ返す。

(狙いは恐らく時間稼ぎ……向こうのボスと連絡が取れていないってことね。シヴァ様と対局している事も、下手したら幹部たちは知らない可能性もある。)

いくら最年少といえど、(ナディ)もチャトランガの幹部。
ヴァジュラの狙いを推測するだけの頭脳はある。

しかし、(ナディ)にとって予想外だったのは

「え、芝崎君の?語ってくれるなら語って欲しいなぁ。」

聞きたぁい、なんてニッコニコに表情を緩ませ、「テーブルセット持ってきてー!」と、話し合いの場までセッティングし始めるではないか。

「……は??」

(ナディ)は訳が分からぬまま、口角を引き攣らせた。それにヴァジュラは煽るように

「あ、別に私も芝崎君のことはよく知っているからね。大した語り草がないっていうなら仕方ないね。」

と、椅子に座りながらフッと軽く笑う。
煽られていると理解していても、(ナディ)含むチャトランガの幹部たちはシヴァの事になると沸点が低くなる傾向があるため、

「上等じゃない!あたしの方がシヴァ様に詳しいって証明してやるわよ!!」

秒で沸騰した。
それはもう水が一瞬で気化するレベルの大沸騰だ。

「シヴァ様の足のサイズは細身だけど29cmあるのよ!」
「それぐらい知ってますぅー!ちなみに芝崎君の体重は59.5!」

「あたしだってそれくらい知ってるし!?身長は179.2!」
「知ってるけどぉ??血液型はO型!」

「スリーサイズ上から!80、70、81!」
「靴履く時は右足から!」

「甘いもの好き!」
「辛いもの苦手!」

恐らく1番の被害者は勝手にプライバシー暴露されているシヴァこと芝崎本人である。

ぐぬぬぬ、と2人で睨み合っては全力で己がいかにシヴァこと芝崎を知っているか、個人情報を暴露し合う2人。

「あたしの方がシヴァ様のこと分かってんだから!!」
「いいや!この私だね!!」

「本当にこれはどういう状況だ???」

そんなカオスな現場に(サーンプ)が到着してしまった、という訳だ。

一応世界の命運のかかった戦局だというのに、緊張感の欠けらも無い。

とはいえこの状況、正直に言えば、ヴァジュラに有利な状況だった。
ヴァジュラの目的は時間稼ぎ。
(サーンプ)も現れた以上、幹部を2名ここに足止めできるというのは利点が大きい。

(……(サーンプ)が来たのなら、あたしは離脱した方がいいかしら……?)

それとも共同で戦線を組むべき?と(ナディ)も一見ふざけた言い合いをしているようで、その状況はしっかりと理解していた。

ヴァジュラと言い争いながら、僅かに視線をずらし、(サーンプ)とアイコンタクトをとった、その時だった。

「シヴァ様の事を一番に理解しているのは私に決まっているでしょう。」

パシュッと噴出音がしたかと思えば、目を見開いたままグラりと傾いたヴァジュラの体。

そしてその倒れた体の向こうに立っていたのは、

太鼓(ダマル)!? 」

電気銃と麻酔銃の2つを構えた、幹部太鼓(ダマル)だった。

電気銃は野次を飛ばしていた弓の射手の構成員へと向いており、前列に居た人間は感電させられたらしく、四肢をピクピク跳ねさせながら、地面と仲良くなっていた。

「お前、なんでここに?」

と、(サーンプ)が仮面下で眉を寄せる。

「シヴァ様の話をしていたようなので、私も参加しようかと思って。」
「いやいやいや、あたしあんたにインカム繋げてないのになんでシヴァ様の話してるってわかるのよ……」
「信仰心故……ですかね。」
「照れるな照れるな。」

モジモジと照れくさそうに信仰心と言う太鼓(ダマル)に、「あんた相変わらず気持ち悪いわね……」と(ナディ)がぼやく。
距離からしてすぐに来れる場所にいた訳では無いのに、何故この短時間でここに来れたのか、(サーンプ)は考えないことにした。

「……とにかく、これで残るは野々本の所か……」

と、(サーンプ)は野々本達が対敵しているであろう方角へと顔を向ける。

ちなみに逃げようとしていた弓の射手の残党は(サーンプ)太鼓(ダマル)の部下たちにボコボコにされた。