ルドラにとって、芝崎という少年は自分の半身、魂の片割れと呼べる存在だ。
同じ頭脳を持つ、選ばれた人間だと。
そんな彼が自分に挑むと言った。全ての力を持って、1戦をと望んだ。
だから、ルドラも自分が持てる全てを使って彼と戦おうと思った。その望みに答えようと思った。
彼はどんな手でくるか。
彼ならどんな手段を用いるか。
自分ならどう動くか。
自分ならどの駒を使うか。
そう考えて考えて策を練ったというのに。
(……まさか、1人で来てしまうとは。)
他国にいた幹部を呼び寄せてまで、街の各所に配置したというのに、彼はそれらを全て無視し拠点に現れ、最短ルートでこの隠し部屋までやってきた。
(……ボクしか知らない部屋なのですが……まあ、芝崎君はボクの半身、わかっても不思議はないですね。)
念の為、矢にも、ヴァジュラにも伝えていないこの部屋の通路を開く方法。
まず、エントランスから1番奥のエレベーターに乗り、7を押してから3を3回押す。
防犯カメラで確認した様子では芝崎君は迷いなく押していた。3回押す時の指定のリズムもクリアしていたので、流石としか言いようがない。
「とはいえボクも舐められたものです。まさか、もう勝負が着いた気でいるんです?」
そう、敢えて挑発するように笑いかければ、芝崎君は不思議そうに、僅かに首を傾げた。
「勝負はこれからでしょう?」
と、当たり前のように言う芝崎君。
入口にいた構成員を1人で倒したことはもう記憶にないらしい。
普通なら自分の力を過信して、調子に乗っていてももおかしくないが、彼に至っては全く別だ。
「……ふふふ、君という子は、全く。」
思わず笑ってしまう。自分の力量をわかった上で、彼はボクと戦うことにしか意味を見出していない。最初からボクしか眼中にないのだ。
エントランスの有象無象などその辺の蟻を踏み潰した事と何ら変わりのない話。
最初から、この子はボクと対戦することしか頭になかったのだ。
その事実に、ボクの頭の芯が甘く痺れるような錯覚を起こす。
やはり、彼は特別なのだ。
一先ず反対側にあるイスを指し示せば、彼は座らずに持っていたバッグの中からチェス盤を取り出した。
「それは……」
「ルドさんと対局するのに使いたくて。」
ボクへの意趣返しなのか、それはボクが芝崎君のために用意したあのチェス盤とよく似た彫り細工が施された……
(いえ、これは失われた片割れのチェス盤では……?)
少し彫りが変えられているが、基本のデザインは同じ。そしてボクのはゴールド基調で、芝崎君のはシルバー基調。これは明らかに対のデザインで作られている。
(……まさか、芝崎君が失われた片割れを持っていたとは……!)
前回、芝崎君との対戦に使ったあのチェス盤は古いもので、元々は2つで1つの物だった。
太陽と月光と名付けられた名工による作品。
だが歴史の流れの中、いつの間にか太陽はボクの手に、月光は闇市へと流れ行方が分からなくなっていた。
「……いい、チェス盤ですね。さすが芝崎君です。」
いつぞやの芝崎君と、同じセリフを吐く。
もはや運命だ。
ボクと芝崎君。太陽と月光を持つ者。
その2人が、今この場で揃ったということ。
(これはもう運命ですよね??魂の片割れ、ボクの半身……いや、もはやボクの牝牛プリシュニーやマルト神群と言っても過言ではないのでは??そう、つまり家族。)
過言である。
ルドラは対芝崎に関して割とポンコツだった。
「今回は変則チェス、なんてどうでしょうか?」
不意にそう提案してきた芝崎君。
それにボクは思わず口角が吊り上がる。
彼はまた、ボクに対して新しいことを試そうとしている。あの定跡を覆したキングズギャンビットの時のように。
(ああ、やっぱり君という存在は素晴らしい!)
高ぶる気持ちが抑えきれない。これ以上上がるはずのない口角がまだ上がりそうになる。
「変則チェスですか。どんな変則チェスにするつもりで?シャッフルチェス?それともチェックレス?ルージングもなかなか面白いですが。」
そうボクが高ぶる気持ちのまま次々に変則チェスの種類を上げれば、芝崎君は「いえ、」と静かに首を振った。
「僕達が決めるんです。新しいルール。新しい変則チェスを。」
「ボク達が?」
思わずボクは目を瞬かせる。
こればかりは予想外の提案だった。
「はい、基本ルールはそのまま。僕たちが交互に2つ、ルールを付け足す又は改変し、1戦しましょう。」
「なるほど。それは面白そうですね。」
芝崎君の言葉にボクは大きく頷いて見せる。
(ですが、今このタイミングでそれを提案したこと。ここが気がかりですね。)
芝崎君はボクと同じ頭脳を持つ天才。
これも何かの作戦と考えるのが筋だ。
(とはいえ、狙いが分からない。)
1人で踏み込んだこと。わざわざ慣れたチェスを捨て、交互にルールを付ける平等性を持たせつつ、不利になるかもしれない変則すぎるチェスを提案するその意図。
(他の幹部の動きは?まだどこからも報告は無い……明確に動いているのは芝崎君だけ。今この状況こそが狙いだとするのなら、ボクにだけ有利性があるルールを付け足すのは悪手の可能性がありますね。)
「芝崎君からルールをどうぞ。」
「分かりました。」
芝崎君の意図が読めない以上、ボクから提案するのは分が悪い。
(さて、どんなルールを足してくるのでしょうか。)
「チェックメイト以外での勝率条件の追加を。」
その言葉と更に芝崎君から続けられた条件にボクは再び驚くことになる。
「相手のポーンを2つ取った場合、勝ちとなる。」
「ポーンを2つ……!?」
同じ頭脳を持つ、選ばれた人間だと。
そんな彼が自分に挑むと言った。全ての力を持って、1戦をと望んだ。
だから、ルドラも自分が持てる全てを使って彼と戦おうと思った。その望みに答えようと思った。
彼はどんな手でくるか。
彼ならどんな手段を用いるか。
自分ならどう動くか。
自分ならどの駒を使うか。
そう考えて考えて策を練ったというのに。
(……まさか、1人で来てしまうとは。)
他国にいた幹部を呼び寄せてまで、街の各所に配置したというのに、彼はそれらを全て無視し拠点に現れ、最短ルートでこの隠し部屋までやってきた。
(……ボクしか知らない部屋なのですが……まあ、芝崎君はボクの半身、わかっても不思議はないですね。)
念の為、矢にも、ヴァジュラにも伝えていないこの部屋の通路を開く方法。
まず、エントランスから1番奥のエレベーターに乗り、7を押してから3を3回押す。
防犯カメラで確認した様子では芝崎君は迷いなく押していた。3回押す時の指定のリズムもクリアしていたので、流石としか言いようがない。
「とはいえボクも舐められたものです。まさか、もう勝負が着いた気でいるんです?」
そう、敢えて挑発するように笑いかければ、芝崎君は不思議そうに、僅かに首を傾げた。
「勝負はこれからでしょう?」
と、当たり前のように言う芝崎君。
入口にいた構成員を1人で倒したことはもう記憶にないらしい。
普通なら自分の力を過信して、調子に乗っていてももおかしくないが、彼に至っては全く別だ。
「……ふふふ、君という子は、全く。」
思わず笑ってしまう。自分の力量をわかった上で、彼はボクと戦うことにしか意味を見出していない。最初からボクしか眼中にないのだ。
エントランスの有象無象などその辺の蟻を踏み潰した事と何ら変わりのない話。
最初から、この子はボクと対戦することしか頭になかったのだ。
その事実に、ボクの頭の芯が甘く痺れるような錯覚を起こす。
やはり、彼は特別なのだ。
一先ず反対側にあるイスを指し示せば、彼は座らずに持っていたバッグの中からチェス盤を取り出した。
「それは……」
「ルドさんと対局するのに使いたくて。」
ボクへの意趣返しなのか、それはボクが芝崎君のために用意したあのチェス盤とよく似た彫り細工が施された……
(いえ、これは失われた片割れのチェス盤では……?)
少し彫りが変えられているが、基本のデザインは同じ。そしてボクのはゴールド基調で、芝崎君のはシルバー基調。これは明らかに対のデザインで作られている。
(……まさか、芝崎君が失われた片割れを持っていたとは……!)
前回、芝崎君との対戦に使ったあのチェス盤は古いもので、元々は2つで1つの物だった。
太陽と月光と名付けられた名工による作品。
だが歴史の流れの中、いつの間にか太陽はボクの手に、月光は闇市へと流れ行方が分からなくなっていた。
「……いい、チェス盤ですね。さすが芝崎君です。」
いつぞやの芝崎君と、同じセリフを吐く。
もはや運命だ。
ボクと芝崎君。太陽と月光を持つ者。
その2人が、今この場で揃ったということ。
(これはもう運命ですよね??魂の片割れ、ボクの半身……いや、もはやボクの牝牛プリシュニーやマルト神群と言っても過言ではないのでは??そう、つまり家族。)
過言である。
ルドラは対芝崎に関して割とポンコツだった。
「今回は変則チェス、なんてどうでしょうか?」
不意にそう提案してきた芝崎君。
それにボクは思わず口角が吊り上がる。
彼はまた、ボクに対して新しいことを試そうとしている。あの定跡を覆したキングズギャンビットの時のように。
(ああ、やっぱり君という存在は素晴らしい!)
高ぶる気持ちが抑えきれない。これ以上上がるはずのない口角がまだ上がりそうになる。
「変則チェスですか。どんな変則チェスにするつもりで?シャッフルチェス?それともチェックレス?ルージングもなかなか面白いですが。」
そうボクが高ぶる気持ちのまま次々に変則チェスの種類を上げれば、芝崎君は「いえ、」と静かに首を振った。
「僕達が決めるんです。新しいルール。新しい変則チェスを。」
「ボク達が?」
思わずボクは目を瞬かせる。
こればかりは予想外の提案だった。
「はい、基本ルールはそのまま。僕たちが交互に2つ、ルールを付け足す又は改変し、1戦しましょう。」
「なるほど。それは面白そうですね。」
芝崎君の言葉にボクは大きく頷いて見せる。
(ですが、今このタイミングでそれを提案したこと。ここが気がかりですね。)
芝崎君はボクと同じ頭脳を持つ天才。
これも何かの作戦と考えるのが筋だ。
(とはいえ、狙いが分からない。)
1人で踏み込んだこと。わざわざ慣れたチェスを捨て、交互にルールを付ける平等性を持たせつつ、不利になるかもしれない変則すぎるチェスを提案するその意図。
(他の幹部の動きは?まだどこからも報告は無い……明確に動いているのは芝崎君だけ。今この状況こそが狙いだとするのなら、ボクにだけ有利性があるルールを付け足すのは悪手の可能性がありますね。)
「芝崎君からルールをどうぞ。」
「分かりました。」
芝崎君の意図が読めない以上、ボクから提案するのは分が悪い。
(さて、どんなルールを足してくるのでしょうか。)
「チェックメイト以外での勝率条件の追加を。」
その言葉と更に芝崎君から続けられた条件にボクは再び驚くことになる。
「相手のポーンを2つ取った場合、勝ちとなる。」
「ポーンを2つ……!?」

