作戦に関しては「その日の(ルドさんの試合運びの)状況によって(僕の指す)手が変わります。」と、説明したことにより、(サーンプ)さん達は、当日の指示に従いますと引き下がった。


そして、決戦の日当日。
僕は、弓の射手の拠点であるビルに来ていた。

1人でな!!!

(いやなんでぇ!?なんで1人ぃ!?)

普通さ、誰か応援に来てくれてもいいんじゃないの?チャトランガの命運のかかった1局だよ??

(相手は何故か勢ぞろいしているのに……)

鉄パイプやら何やらを持った弓の射手の構成員がビルの入口を埋めつくしている。
喧嘩じゃなくて、チェスをするだけだから多分「俺たちのボスは負けねぇからな!」的な圧を掛けてきてるんだろうけど、その試合のためにまずここを通らなければならない。とっても気が重い。

一応補足を加えると、(サーンプ)達幹部がこの場に居ないのはシヴァこと芝崎の指示待ちだからである。
それぞれにインターコミュニケーション、通称インカムが渡されており、芝崎もそれを着用している。
そこからいつでも芝崎は指示を出せるのだから来て欲しければ一言「来い」と言えば済むのだが、そもそもの前提として、芝崎はチェスだけするつもりで、幹部や公安、弓の射手の面々は組織間の戦争だという認識の差がある。

更に芝崎は「その日の状況によって手が変わります。」と伝えていたため、(サーンプ)達は下手に動くことが出来ない。芝崎がどんな風に動くつもりなのかわからないからだ。下手に動いてシヴァ様の邪魔をしてはいけないという忠誠心である。

まあ、それはそれとして、

「し、シヴァ様ひとりで直接乗り込むつもりで……!?」
「俺に、俺に指示を下さいシヴァ様ぁぁああ!」
「まさかあの人数をひとりで……!?いや、シヴァ様ならできる。でもそんなの下っ端に丸投げしてどっかり構えてていいんですよぉぉお~~!!!」

とそれぞれ発狂していた。


****

仕方ないので、ひとりでビルに入ろうと足を進めたら、鉄パイプを持った人達が襲いかかってきた。

(ええええぇ!?なんでええぇ!!?)

僕はチェスをしに来ただけなのに!と慌てて振り下ろされる鉄パイプを避ける。

もしかして、「ボスが出るまでもねぇ!ボスの手を煩わせないためにここでボコボコにしてやる!」という事なのだろうか!?

足をもつれさせたり、誤って人の足を踏んでしまったりとしながら、なんとか人混みを抜ける。
運良く拳やパイプが当たらずに済んだので、一安心だ。

エントランスに入れば、まだ鉄パイプ装備の構成員が居たが、みんな遠巻きに見るだけでなにかしてくる訳でもない。
ぐるりと辺りを見渡し、目的のルドさんの姿がを見つけられず、内心首を傾げる。

(あ、でもそういえば、どこで対戦するって決めてなかったっけ?)

てっきりこの前と同じでエントランスで対局すると思っていたけれど、条件を決めた時対戦場所を決めていなかったことを思い出した。

(それなら……あっちのほうかな?)

確か、(ティール)と呼ばれていた人がこっちからチェス盤を持ってきたはず。
曖昧な記憶を辿りながら、奥へ続く通路を歩く。
途中エレベーターがあったので、とりあえず1番上の階へと向かうことにした。そこからだんだん降りてチェスクラブの部屋を探して行こう。

(あっ。間違えて3階も押しちゃった。)

最上階である7の数字を押し、腕を下ろそうとした拍子に3のボタンにも指が当ってしまい、橙色の光が灯る。

(もう1回押せば消えるかな?)

なんて思いながらダメ元でもう一度押すもランプは付いたまま。
仕方ないので、3階で開いた扉はスルーしようと、何となくもう一度だけ3のボタンを押す。

すると何故かエレベーターは下に向かって動き出した。

(なんで!!?)

最上階に向かって押したのに。
確かに3階にも当たっちゃったけど3階に行くとしても登らなきゃおかしいでしょ、と頭の中は大混乱だ。

チーンとベルが鳴って、エレベーターの扉が開く。
そこには薄暗いホールが広がっていて、中央のテーブルにはルドさんが優雅に紅茶を飲んでいた。

(よくわからないけどチェスクラブの場所について良かった……)

チャトランガの命運がかかる対局だと言うのに、「チェスやる場所聞き忘れてたどり着けませんでした!」なんていう間抜けな不戦敗にならなくて本当に良かった。

内心ホッと息をついていると「まさか1人で来るとは。いえ、一発で秘密通路の行き方を見つけたのは流石ですが。」と、ルドさんがティーカップをソーサーに置いた。

「とはいえボクも舐められたものです。まさか、もう勝負が着いた気でいるんです?」

そう言って口角を吊り上げるルドさん。

(まだ対局前なのに勝負が着いた気になるも何もないような……?)

反対に僕は首を傾げてしまう。

「勝負はこれからでしょう?」

と、なんとか口からその言葉を出せば、ルドさんはパチリパチリと見開いた目をゆっくり瞬かせた。

「……ふふふ、君という子は、全く。」

なんて小さく笑いながら、ルドさんは反対側にあるイスを指し示す。
それに座る前に、僕は持っていたバッグの中からチェス盤を取り出した。

「それは……」
「ルドさんと対局するのに使いたくて。」

前回のエントランスでの勝負はなあなあになってしまったが、その時、ルドさんが使わせてくれたチェス盤は今でも心に強く残っていて、今回の対戦は僕がルドさんと打ちたいチェス盤を持ってこようと思っていたのだ。
例え結果がどうなろうとも、楽しんで打てるように。

対局が決まった日の夜、某有名なフリマアプリで「倉庫整理していたら出てきたけどチェスやらないし古いし欲しい人いれば是非。」と格安で出品されていたのを思わずポチッと買ってしまったのだ。

前回使わせてくれたルドさんのチェス盤と似た彫り細工がされているものの、ルドさんの持つ金属も目も明るい色合いであったあのチェス盤と違い、こちらはシルバー色と黒で統一されたどちらかといえばクールなデザインのチェス盤だ。

「……いい、チェス盤ですね。さすが芝崎君です。」

いつぞやの僕のように、ゆるりと言葉を吐いたルドさん。
そうでしょう?と駒も見えるようにケースを開け、ルドさんに見せる。

(……そして、ここからが勝負だ。)

僕はひとつ、今回の対局に対して、策を練ってきた。策といってもルドさんが認めなければやりようがないが、少しでも勝率を上げるため、僕は、意を決して口を開いた。

「今回は変則チェス、なんてどうでしょうか?」

僕のその提案に、再びルドさんは目を見開き、そして笑みを深めた。