まさかシヴァこと芝崎が何も分かっていないとは誰も思わず、事は大事へとなっていた。

もちろん、それは公安でも同じである。

「……え、全面戦争??」

スマートフォン片手に公安有るまじき間抜け顔になっている朝日は、思わず聞き返してしまう。
しかも庁内で電話を取ってしまったため、周りの部下も少しザワつく中、慌てて声を潜めて「どういうことですか?」と電話の向こうにいる(サーンプ)さんに尋ね直す。

内通者の保護捕縛が終わり、喚く内通者に事情を説明し終わってようやくひと段落ついた、というのに、まだまだ事は終わらないらしい。

『シヴァ様がお決めになった事だ。チャトランガと弓の射手で全面戦争を起こす。負けた方は解散、勝った方は敗者をそれ以上追わない。その他の取り決めは後で直接伝える。』

「いや、あの、展開が早すぎて理解が追いつきません。そもそも、内通者の保護捕縛が終わり、既にチャトランガが直接介入する必要も無いはずです。どうしてそんな事態に?」

シヴァ様が今回表立って動いたのは人命のためだ。それは私もわかっている。
同時に、『弓の射手』側にもシヴァ様と同等の頭脳を持つ人間がいるということは勘づいていた。
だからこそ、互いが馬鹿正直に条件をつけ合い組織がぶつかり合うなんて方法を取ったのかが、私にはわからなかった。

それに(サーンプ)さんは『わからないのか?』と、言葉を続ける。

『これ以上水面下で攻防を続けていれば死傷者が多く出る。現に、シヴァ様が表立って動かなければ内通者の保護は間に合わず、内通者本人、血縁関係、交友関係、全てを辿り『弓の射手』が消す必要があると思えば全員消されていた。』

「ええ、それはわかります。ですが、シヴァ様の頭脳であれば組織間の抗争を避けつつ相手をじわじわ崩壊に追いやることも可能なはずです。」

そんな私の言葉に、(サーンプ)さんは『根本的なことをわかっていない。』と、声を低くした。

『犠牲を出すこと、この街で余計な血を流すことを、シヴァ様はお認めにならない。』

その言葉に、私は思わず息を詰めた。
そうだ、自分はいつも多数のために少数を切り捨ててきた。そうすることでしか国を守るということが出来なかったからだ。

でもシヴァ様は違う。

「……そうでした……シヴァ様は全てを救いあげるお人でしたね。」

まるで神のように、全ての者へ救いを与え、時に罰を与える存在。
彼は最初からその姿勢を貫いてきた。きっとそれはこれからも変わらないのだろう。

事がたとえ水面下で進もうとも、ゆっくり相手を追い詰めていくのに、それまでに一体何人が死ぬのか。シヴァ様は、たとえその死者が悪人であったとしても赦さないのだ。

『それに、仮にチャトランガが負けたとしても、解散するのはチャトランガだけだ。条件で公安については触れていない。まぁ、万が一にもシヴァ様が負けるなんてないとは思うがな。』
「……そうですね、あのシヴァ様がなんの策もなく全面戦争を提案するわけがありません。」

(サーンプ)さんの言葉に同意し、万が一にも電波が傍受されては事なので、細かい条件等は直接会って話を聞くことになった。

当たり障りのない言葉で通話を切ればすぐさまメールが送られてくる。

そこには「11-2 4-59 77-42」と、数字の羅列が。これは予め(サーンプ)さん達チャトランガと決めてあった場所を示す暗号であり、頭の中で数字を地図に当て嵌めていく。

(……ここは確か廃れたゲームセンターがある場所……前回までの廃工場から結構離れた場所にしましたね……)

それほどチャトランガも『弓の射手』を警戒しているということだろう。
仮に取り決めを交わしたとしても、その日時より前に襲われれば意味が無い。

(……ここで、絶対に『弓の射手』を止める……!)

シヴァ様が作って下さった絶好の機会だ。
ここで止められなければ、もう世界の誰も『弓の射手』は止めらない!

1部の部下へアイコンタクトを送りながら、私は急いでスーツバッグを片手に警視庁を飛び出した。


***


辺りを警戒しつつ、回り道をしながら目的地を目指す。
指定されたゲームセンターの廃墟に着けば、すでにシヴァ様達が……

「え!?素顔晒していいのですか!?」

そう、シヴァ様と他2人があの仮面をせず、その場に集まっていた。
自然体で、あどけなさの残る顔を晒している。

「あ、『弓の射手』に顔バレしちゃったので僕の顔は念のため見せておこうと思って。」
「あたしも。」

なんとない事のように言うが、顔が相手にバレたということは周りの人間や家族に何かあってもおかしくは無い。
もちろん、それがわからない幹部ではないはずだ。

「取り決めはありますけど、何かあった時、顔分からないと困るかもしれないので。」

そう軽く言うものの、それは確かに何か()を覚悟している者の目だった。

(まだ10代の少年少女が……)

いや、年など関係ないのだろう。
シヴァ様とともに街を守る、その意志に歳を並べるのは彼らの覚悟に対して失礼だ。

「……シヴァ様、弓の射手との取り決めを教えてください。」

私は佇まいを直し、初めて見るシヴァ様の素顔へと真っ直ぐ視線を向けた。