敵対しているとはいえ、折角ルドさんに会えたので、持ち運び用の折りたたみのチェス盤を出して、「1戦どうですか?」と声をかける。
するとルドさんはさらににっこりと笑みを深め
「わざわざ芝崎君が来てくれたんです。ボクのとっておきのチェス盤を使いましょう。矢、持ってきてください。」
と、後ろに立っている青年にそう指示した。了承の返事とともに、その青年は来た道を走って戻っていく。
少しして1枚のチェス盤と、駒がしまわれているであろう革の収納トランクを片手に戻ってきた。
(おぉ……!)
エントランスのテーブルに置かれたチェス盤をまじまじと覗き込む。
淵は金属の装飾が彫り込まれており、目の色合いも少し明るめだ。
「……いいですね、流石ルドさん。」
僕の貧相なボキャブラリーではそう伝えるのが精一杯だが、こんな立派なチェス盤、学生には中々手が出せない代物だ。
脚が着いていない分まだ安いだろうが、おいそれと手を出せる値段ではないはず。
「そうでしょう?君と次に対局する時はぜひこのボードを使いたかったんです。」
と、どことなく声を弾ませるルドさん。
そして、矢と呼ばれた青年がトランクを開けると、そこにはボードと同じように繊細な彫り細工が施されたチェスの駒達が。
(すごいすごい!こんな綺麗なチェス駒初めて見た!)
シンプルなチェス駒もいいが、やはりこういった繊細なデザインも心が踊る。
ソワソワしているのがバレたのか、ルドさんが微笑ましいものを見るような目を向けて
「さっそく打ちましょうか。」
と言うので、自分の子供っぽい行動にちょっと気まずくなりながら、そそくさと提示された椅子に座る。
今回はルドさんが白の僕が黒となった。
ルドさんがポーンを進め、僕も自らの陣地のポーンを手に取る。
そうやって暫くはオープニングはポーン、ナイト、ビショップをメインに、お互いが中央部の攻防を続けていた。
そしてオープニングが終わり、僕が長考に入ろうとした時だった。
「おや、松野君ではありませんか。芝崎君のお迎えですか?」
と、ルドさんが僕の後ろに向けてそう声をかけたのは。
(……あ、そっか。松野君に連絡したから見に来てくれたんだ……)
そう考えつつも、目はボードから離さない。
ルドさんの布陣は完璧だ。攻め込むにもいくつかのパターンを考えて対応しなければ。ハメ手を打つにも、ルドさんは生半可な罠では乗ってこない。
ミドルゲームのうちでは気づけない、エンディングで好手に変わるような巧妙なハメ手を打たなければ。
(……あ、思えば松野君結果的に呼んだのは僕だから紹介した方がいいよね?)
ここから補足だが、そう考えている芝崎は、この時、思考の9割以上はチェスが占めており、松野やその他に対して割けるリソースが1割以下だった。
(……あれ?でも、ルドさんって弓の射手とかいうとこのボスで、松野君身バレだめなんだっけ……?)
と、芝崎はチェスの傍らぼんやりとそう考えた。しかし、既にルドラが「松野君」と呼んでいたのだが、その事には気づいてすらいない。そのため、
「……彼は僕の(後輩の)第三の目です。」
というとんでもねぇ爆弾が出来上がってしまった。
「僕の後輩の松野君」と「僕の部下の第三の目」のどちらを言うべきか考えてどちらも混ざってしまった結果だ。これは酷い。
「……まさか、君がチャトランガのシヴァだったとは……いえ、少し考えれば分かることですね。紅葉組のことといい、ボク相手に先手を打てる人間なんて君ぐらいしかいないでしょう。」
(……え??)
ルドさんの言葉にチェス盤に夢中になっていた僕が身が固まる。
(え、どうしてバレたの?てか僕何を言ったっけ??)
先程松野君を紹介したような気がするけれど、チェスのことに夢中でなんと言ったかまでは覚えていない。
しかし身バレしたにも関わらず「お前がシヴァなんだな!殺す!」とはならず、ルドさんはポーンを進めた。
試合が進むのなら、それに越したことはない、と僕も何とか平静を装って自分の駒を手に取る。
「……言うつもりはありませんでした。僕は、貴方とチェスができれば、それで良かったのに……」
コトリ、とチェス盤に置かれたポーンが小さく音を鳴らす。
そう、僕はチェスが出来ればそれで良かったのに……!
いつの間にかチャトランガのボスになって、すごいプレイヤーと会えたと思えばルドさん敵組織の人間だし……!!
「……君がこちらに来れば、何時でも出来ますよ。」
僕が心の中で嘆いていれば、ルドさんがそう告げる。
しかし、その言葉に僕は内心首を傾げた。
(ルドさんの所、ルドさんが座ってる1席しかないし、チェスやるのに向かい合わないで横に並ぶなんてことある……?)
「冗談を。そちらに僕の居場所はないですよ。」
そう答えれば、ルドさんはどこか寂しそうに微笑んだ。
だが、それも一瞬のことで、ルドさんの視線は直ぐにまた僕の後ろへと注がれた。
「おや、そちらは……いえ、言わなくても結構。恐らくは交渉役である幹部川ですね?」
(え、いつの間に……)
ルドさんの言葉に後ろを見れば、松野君の隣に確かに川さんがいる。
「おやおや、こんな小さな子が交渉人とは。おじさん、優しくしてあげられないけど泣かないでね?」
と、確か弓の射手の交渉人であるヴァジュラさんがそう川さんに笑みを浮かべたまま言葉を投げた。
「キモイ。」
「シンプルな悪口っ!!」
「いや、今のはまじキモイっすよ。」
「矢君まで!」
しかし、川さんの辛辣な言葉に更に追い討ちが味方から掛けられ、「どうせ君たちだって40過ぎれば若者にキモイって言われるんだから……!」と背を丸めて嘆く。目は少し潤んでいた。
「彼女が来たということは……チャトランガはボク達弓の射手と何の交渉をするつもりですか?」
(え、そんなつもり全然なかったんだけど??)
真っ直ぐ僕を見てくるルドさん。
正直状況からしてチェスに集中出来る状態じゃない。
おかしい、僕はただチェスしていただけなのに、どうして組織間の交渉が始まろうとしているのか。
(……いやもういっそチェスで勝負つければいいのでは??)
手の中でルークを弄びながら、ハッと閃く。
そうだ、そうすれば皆が危険な橋を渡る必要も無いし、得意分野で挑めるのなら僕にも勝算がある。
正直、ルドさんの実力は世界に通用するレベルのチェスの腕前だ。僕とルドさん、勝敗は五分五分だろうが、幹部や構成員が危険な目にあう可能性を考えれば1番ベストなやり方のはずだ。
「……提案が。」
なんとか口を開いて、震えそうになる声を押さえつける。
「ルドさんと僕で1戦を。全力で持てる全てを持っての1戦をしましょう。そこで勝敗を決めませんか?」
「……なるほど、全面戦争をするという訳ですね。」
「負けた方が解散。勝者はそれ以上敗者を追わない。どうでしょう?」
念の為、負けた場合も考えて勝者に条件を付けさせる。
負けるつもりなんて毛頭ないけど、僕はボスだ。こんなヘタレで、皆みたいな強い意志もないお飾りのボスだけど、それでも、皆を守る保険を掛けておきたい。
「いいでしょう。君と戦うというのも、悪くありません。ですが、条件に1つ追加を。ボクが勝ったら芝崎君、君を貰います。」
「なっ……!?」
ルドさんの言葉に松野君が思わずと言った具合で声を上げた。
(……僕をもらってどうするんだ??あ、でもルドさんとこに行くなら行くでルドさんとチェスし放題……!)
「わかりました。」
チェスのことを考えていたら、気づけば了承の言葉が口から出ていた。
別に弓の射手に加入しろと言われた訳では無いし、僕が出来ることなんてチェス位なのはルドさん達も分かっているだろうし、あまり問題は無いだろう。
「シヴァ様!」
「待ちなさいよ!条件交渉は交渉人同士で行うわ!」
しかし松野君と川さんが声を荒らげる。それに対しヴァジュラは肩を竦め、
「そうだねぇ、ここからの条件や日時場所は私たちが交渉し合おうじゃないか。」
と、わざとらしく「席にどうぞ、レディ。」と手で空席を指し示す。
そんなヴァジュラに川さんは今まで見た事ないくらいに顔を歪めながら、示された席に座った。
(……え、そんなに僕まずいこと言った??)
するとルドさんはさらににっこりと笑みを深め
「わざわざ芝崎君が来てくれたんです。ボクのとっておきのチェス盤を使いましょう。矢、持ってきてください。」
と、後ろに立っている青年にそう指示した。了承の返事とともに、その青年は来た道を走って戻っていく。
少しして1枚のチェス盤と、駒がしまわれているであろう革の収納トランクを片手に戻ってきた。
(おぉ……!)
エントランスのテーブルに置かれたチェス盤をまじまじと覗き込む。
淵は金属の装飾が彫り込まれており、目の色合いも少し明るめだ。
「……いいですね、流石ルドさん。」
僕の貧相なボキャブラリーではそう伝えるのが精一杯だが、こんな立派なチェス盤、学生には中々手が出せない代物だ。
脚が着いていない分まだ安いだろうが、おいそれと手を出せる値段ではないはず。
「そうでしょう?君と次に対局する時はぜひこのボードを使いたかったんです。」
と、どことなく声を弾ませるルドさん。
そして、矢と呼ばれた青年がトランクを開けると、そこにはボードと同じように繊細な彫り細工が施されたチェスの駒達が。
(すごいすごい!こんな綺麗なチェス駒初めて見た!)
シンプルなチェス駒もいいが、やはりこういった繊細なデザインも心が踊る。
ソワソワしているのがバレたのか、ルドさんが微笑ましいものを見るような目を向けて
「さっそく打ちましょうか。」
と言うので、自分の子供っぽい行動にちょっと気まずくなりながら、そそくさと提示された椅子に座る。
今回はルドさんが白の僕が黒となった。
ルドさんがポーンを進め、僕も自らの陣地のポーンを手に取る。
そうやって暫くはオープニングはポーン、ナイト、ビショップをメインに、お互いが中央部の攻防を続けていた。
そしてオープニングが終わり、僕が長考に入ろうとした時だった。
「おや、松野君ではありませんか。芝崎君のお迎えですか?」
と、ルドさんが僕の後ろに向けてそう声をかけたのは。
(……あ、そっか。松野君に連絡したから見に来てくれたんだ……)
そう考えつつも、目はボードから離さない。
ルドさんの布陣は完璧だ。攻め込むにもいくつかのパターンを考えて対応しなければ。ハメ手を打つにも、ルドさんは生半可な罠では乗ってこない。
ミドルゲームのうちでは気づけない、エンディングで好手に変わるような巧妙なハメ手を打たなければ。
(……あ、思えば松野君結果的に呼んだのは僕だから紹介した方がいいよね?)
ここから補足だが、そう考えている芝崎は、この時、思考の9割以上はチェスが占めており、松野やその他に対して割けるリソースが1割以下だった。
(……あれ?でも、ルドさんって弓の射手とかいうとこのボスで、松野君身バレだめなんだっけ……?)
と、芝崎はチェスの傍らぼんやりとそう考えた。しかし、既にルドラが「松野君」と呼んでいたのだが、その事には気づいてすらいない。そのため、
「……彼は僕の(後輩の)第三の目です。」
というとんでもねぇ爆弾が出来上がってしまった。
「僕の後輩の松野君」と「僕の部下の第三の目」のどちらを言うべきか考えてどちらも混ざってしまった結果だ。これは酷い。
「……まさか、君がチャトランガのシヴァだったとは……いえ、少し考えれば分かることですね。紅葉組のことといい、ボク相手に先手を打てる人間なんて君ぐらいしかいないでしょう。」
(……え??)
ルドさんの言葉にチェス盤に夢中になっていた僕が身が固まる。
(え、どうしてバレたの?てか僕何を言ったっけ??)
先程松野君を紹介したような気がするけれど、チェスのことに夢中でなんと言ったかまでは覚えていない。
しかし身バレしたにも関わらず「お前がシヴァなんだな!殺す!」とはならず、ルドさんはポーンを進めた。
試合が進むのなら、それに越したことはない、と僕も何とか平静を装って自分の駒を手に取る。
「……言うつもりはありませんでした。僕は、貴方とチェスができれば、それで良かったのに……」
コトリ、とチェス盤に置かれたポーンが小さく音を鳴らす。
そう、僕はチェスが出来ればそれで良かったのに……!
いつの間にかチャトランガのボスになって、すごいプレイヤーと会えたと思えばルドさん敵組織の人間だし……!!
「……君がこちらに来れば、何時でも出来ますよ。」
僕が心の中で嘆いていれば、ルドさんがそう告げる。
しかし、その言葉に僕は内心首を傾げた。
(ルドさんの所、ルドさんが座ってる1席しかないし、チェスやるのに向かい合わないで横に並ぶなんてことある……?)
「冗談を。そちらに僕の居場所はないですよ。」
そう答えれば、ルドさんはどこか寂しそうに微笑んだ。
だが、それも一瞬のことで、ルドさんの視線は直ぐにまた僕の後ろへと注がれた。
「おや、そちらは……いえ、言わなくても結構。恐らくは交渉役である幹部川ですね?」
(え、いつの間に……)
ルドさんの言葉に後ろを見れば、松野君の隣に確かに川さんがいる。
「おやおや、こんな小さな子が交渉人とは。おじさん、優しくしてあげられないけど泣かないでね?」
と、確か弓の射手の交渉人であるヴァジュラさんがそう川さんに笑みを浮かべたまま言葉を投げた。
「キモイ。」
「シンプルな悪口っ!!」
「いや、今のはまじキモイっすよ。」
「矢君まで!」
しかし、川さんの辛辣な言葉に更に追い討ちが味方から掛けられ、「どうせ君たちだって40過ぎれば若者にキモイって言われるんだから……!」と背を丸めて嘆く。目は少し潤んでいた。
「彼女が来たということは……チャトランガはボク達弓の射手と何の交渉をするつもりですか?」
(え、そんなつもり全然なかったんだけど??)
真っ直ぐ僕を見てくるルドさん。
正直状況からしてチェスに集中出来る状態じゃない。
おかしい、僕はただチェスしていただけなのに、どうして組織間の交渉が始まろうとしているのか。
(……いやもういっそチェスで勝負つければいいのでは??)
手の中でルークを弄びながら、ハッと閃く。
そうだ、そうすれば皆が危険な橋を渡る必要も無いし、得意分野で挑めるのなら僕にも勝算がある。
正直、ルドさんの実力は世界に通用するレベルのチェスの腕前だ。僕とルドさん、勝敗は五分五分だろうが、幹部や構成員が危険な目にあう可能性を考えれば1番ベストなやり方のはずだ。
「……提案が。」
なんとか口を開いて、震えそうになる声を押さえつける。
「ルドさんと僕で1戦を。全力で持てる全てを持っての1戦をしましょう。そこで勝敗を決めませんか?」
「……なるほど、全面戦争をするという訳ですね。」
「負けた方が解散。勝者はそれ以上敗者を追わない。どうでしょう?」
念の為、負けた場合も考えて勝者に条件を付けさせる。
負けるつもりなんて毛頭ないけど、僕はボスだ。こんなヘタレで、皆みたいな強い意志もないお飾りのボスだけど、それでも、皆を守る保険を掛けておきたい。
「いいでしょう。君と戦うというのも、悪くありません。ですが、条件に1つ追加を。ボクが勝ったら芝崎君、君を貰います。」
「なっ……!?」
ルドさんの言葉に松野君が思わずと言った具合で声を上げた。
(……僕をもらってどうするんだ??あ、でもルドさんとこに行くなら行くでルドさんとチェスし放題……!)
「わかりました。」
チェスのことを考えていたら、気づけば了承の言葉が口から出ていた。
別に弓の射手に加入しろと言われた訳では無いし、僕が出来ることなんてチェス位なのはルドさん達も分かっているだろうし、あまり問題は無いだろう。
「シヴァ様!」
「待ちなさいよ!条件交渉は交渉人同士で行うわ!」
しかし松野君と川さんが声を荒らげる。それに対しヴァジュラは肩を竦め、
「そうだねぇ、ここからの条件や日時場所は私たちが交渉し合おうじゃないか。」
と、わざとらしく「席にどうぞ、レディ。」と手で空席を指し示す。
そんなヴァジュラに川さんは今まで見た事ないくらいに顔を歪めながら、示された席に座った。
(……え、そんなに僕まずいこと言った??)

