ただの学生としてシヴァ様を連れ出す。
その目的はビルに着くと同時に遂行不可能だと言うことを僕は察してしまった。
(あれは……ボスの可能性の高い『ルド』と名乗る男……!隣にいるのは交渉人ヴァジュラ、そして三日月さんが調べたリストに乗っていた裏社会きっての戦闘員矢!)
エントランスには下っ端構成員が痛みにうめいて転がっている中、待合スペースにルドと名乗っていた青年とシヴァ様が優雅に座り、そのテーブルにチェス盤を広げていた。
そのチェス盤を眺める幹部2名はルドと名乗る男の両脇に控えるように立っており、シヴァ様の見た目通り、恐らくこの青年が『弓の射手』のボスだ。
(……いや、もうシヴァ様が暴れたって時点でただの学生は無理かな……これ……)
これだけの人数を伸したというのに、チェスをするシヴァ様の制服には大した乱れがない。
息を切らす様子もなければ、少しの汚れも見当たらない。
いくら下っ端といえど国際テロ組織の構成員。それを一撃の反撃も許さず地に沈めたとなれば、一般人を通すのは無理がある。
(……どうしよう……いや、でも同じテーブルに着いているということは、交渉の余地がある。川さんに連絡をして、来てもらおう。)
幸い、向こうの交渉人もこの場にいる。
恐らくシヴァ様にも何かお考えがあるはず。仮面も被らず「芝崎汪」としての姿でここに来たのも何か狙いがあるはずだ。
川さんにすぐにビルへ来てもらうようメールをし、シヴァ様に夢中になっている野次馬達の間を縫うように進んでいく。
そして、シヴァ様のすぐ後ろに来たところで向こうも僕の存在に気がついた。
シヴァ様のことを付け回しているやつらなので後輩の僕の存在を知っていたようで「おや、松野君ではありませんか。芝崎君のお迎えですか?」と、ルドと名乗っていた青年が、口元をつり上げる。
しかし、その目の奥には冷たい感情しか篭っておらず、笑う口元との歪さが薄気味悪かった。
(……でも、この目どこかで見たような……)
この、シヴァ様への執着を秘めつつ、近づいてきた僕が気に入らないとありありと伝えてくるこの視線。この感情。
(同担拒否(身内だけ同担許してやろう)ガチ勢だーーー!!)
親しい身内だけには同担許してもガチ恋勢になったら身内でも容赦しないタイプだ!
わりと野々本くんがそのタイプだ。
チャトランガのメンバーや、同盟相手の牡丹組、公安がシヴァ様を推すのは許せるが、元紅葉組の構成員や、シヴァ様が懐に招かなかった人間が、シヴァ様を推すような発言をすると問答無用で制裁していた。
ちなみにチャトランガのメンバーでも、信仰に情欲が混ざると制裁対象だ。その場合蛇さんと三叉槍さんも参加してくる。
少し脱線したが、話を戻せば、このルドという青年。シヴァ様の魅力にがっつり魅入られているということだ。
そこを上手く利用して、『弓の射手』を潰せないかと頭を回転させていると、
「……彼は僕の第三の目です。」
と、シヴァ様がなんてことないようにあっさりそう告げた。
盤上から目を離すことも無く、まるで「明日の天気は晴れらしい。」なんて雑談をするかのように、僕の幹部の名を口にした。
さすがに予想外だったのか、ルドと名乗る青年は目を見開きシヴァ様を見つめ、ヴァジュラは驚きを隠すことなく口を開けたまま、シヴァ様と僕を交互にみやった。
矢とかいう青年だけは「あじゅな?なんかどっか聞いたよーな……?」と首を傾げている。
「……まさか、君がチャトランガのシヴァだったとは……いえ、少し考えれば分かることですね。紅葉組のことといい、ボク相手に先手を打てる人間なんて君ぐらいしかいないでしょう。」
そう言って、ルドと名乗る青年はポーンを動かす。
応えるように、シヴァ様も自らのポーンを手に取った。
「……言うつもりはありませんでした。僕は、貴方とチェスができれば、それで良かったのに……」
コトリ、とチェス盤に置かれたポーンが小さく音を鳴らす。
シヴァ様の声はいつも通りを装っているようで、そこには隠しきれない悲痛さがあった。
(……そっか……シヴァ様にとって、初めて出会った同レベルの人間が、この人なんだ……)
神と崇められるほどの頭脳を持つシヴァ様。
そんなシヴァ様だって、僕と1歳しか変わらない高校生なんだ。
初めて、同じ頭脳を持つ人間と出会えて、きっと嬉しかったはず。それと同時に、敵であることを理解して、苦しんだ。
(だからきっと、シヴァとしてじゃなくて芝崎汪として、この場に来たんだ……)
それを向こうも理解したのだろう。
その青い瞳が僅かに揺れた。
「……君がこちらに来れば、何時でも出来ますよ。」
「冗談を。そちらに僕の居場所はないですよ。」
ルドと名乗る青年の言葉に、シヴァ様は迷いなく答える。
そこに、ちょうど川さんが到着し、僕の横にそっと並んだ。
「……どういう状況?」
「シヴァ様が向こうに正体を明かしました。」
「え、まじ?……あたし、もしかして仮面も被ってきた方が良かったかんじ?」
「うーん、どうなんでしょう?僕普通に制服で来ちゃいましたし。」
川さんは仮面は被っていないもののの、ダボッとしたパーカーを着て、フードを被っている。恐らくはこのビルの防犯カメラ対策だろう。
しかし、チャトランガの川として来るのであれば確かに仮面は必要だったかもしれない。僕はもう手遅れだから要らないけど。
「おや、そちらは……いえ、言わなくても結構。恐らくは交渉役である幹部川ですね?」
そうルドと名乗る青年が言えば、交渉役というフレーズに、ヴァジュラが反応する。
「おやおや、こんな小さな子が交渉人とは。おじさん、優しくしてあげられないけど泣かないでね?」
「キモイ。」
「シンプルな悪口っ!!」
「いや、今のはまじキモイっすよ。」
「矢君まで!」
しかし、川さんの辛辣な言葉に更に追い討ちが味方から掛けられ、「どうせ君たちだって40過ぎれば若者にキモイって言われるんだから……!」と若干涙目で背を丸める。
「彼女が来たということは……チャトランガはボク達弓の射手と何の交渉をするつもりですか?」
「……提案が。」
ルドと名乗る青年の言葉に、シヴァ様がポツリと言葉を落とした。
それに、先程まで騒いでいたヴァジュラや矢も口を引きしめ、シヴァ様の言葉の続きを待つ。
「ルドさんと僕で1戦を。全力で持てる全てを持っての1戦をしましょう。そこで勝敗を決めませんか?」
「……なるほど、全面戦争をするという訳ですね。」
「負けた方が解散。勝者はそれ以上敗者を追わない。どうでしょう?」
そう提案したシヴァ様の言葉に、僕は唇を噛む。理解してしまった。シヴァ様がここで自分の正体を明かし、自分を矢面に立たせたのはこれ以上の死傷者を出さないためだ。
裏で牽制しあい、探り合い、陥れ合えば、いずれ多数の死者を生む。今回だって内通者の保護が少しでも遅れれば、内通者だけではなく、親しい人物、血縁関係、その他『弓の射手』が不必要だと思った人間が殺されていた。
死傷者を、悲しむ人を、苦しむ人を出さないために、シヴァ様は自らを餌として弓の射手の目の前に出たのだ。
そうさせてしまった自分の無力さを痛感して、拳を白くなるまで握る。
「いいでしょう。君と戦うというのも、悪くありません。ですが、条件に1つ追加を。ボクが勝ったら芝崎君、君を貰います。」
「なっ……!?」
あっさりと認めたくせに、とんでもない条件を提案してきたルドと名乗る青年。思わず身を乗り出すも、
「わかりました。」
シヴァ様は僕たちが何か言うよりも先に了承してしまった。
「シヴァ様!」
「待ちなさいよ!条件交渉は交渉人同士で行うわ!」
川さんも声を荒らげるが、向こうは飄々とした表情で聞き流される。交渉人であるヴァジュラも肩を竦め、
「そうだねぇ、ここからの条件や日時場所は私たちが交渉し合おうじゃないか。」
と、わざとらしく「席にどうぞ、レディ。」と手で空席を指し示した。
川さんは苦虫を噛み潰したように顔を歪めながら、示された席に座る。
『ここから』と強調されたということは、向こうはそれ以外の条件追加や変更は交渉に応じるが、シヴァ様の事は応じるつもりはないと言っていると同義だ。
川さんもそれは分かっているから顔を歪めているんだ。
(……くそ……!)
僕は何も出来ないまま、2人の交渉をただ立ったまま見ているだけだった。
その目的はビルに着くと同時に遂行不可能だと言うことを僕は察してしまった。
(あれは……ボスの可能性の高い『ルド』と名乗る男……!隣にいるのは交渉人ヴァジュラ、そして三日月さんが調べたリストに乗っていた裏社会きっての戦闘員矢!)
エントランスには下っ端構成員が痛みにうめいて転がっている中、待合スペースにルドと名乗っていた青年とシヴァ様が優雅に座り、そのテーブルにチェス盤を広げていた。
そのチェス盤を眺める幹部2名はルドと名乗る男の両脇に控えるように立っており、シヴァ様の見た目通り、恐らくこの青年が『弓の射手』のボスだ。
(……いや、もうシヴァ様が暴れたって時点でただの学生は無理かな……これ……)
これだけの人数を伸したというのに、チェスをするシヴァ様の制服には大した乱れがない。
息を切らす様子もなければ、少しの汚れも見当たらない。
いくら下っ端といえど国際テロ組織の構成員。それを一撃の反撃も許さず地に沈めたとなれば、一般人を通すのは無理がある。
(……どうしよう……いや、でも同じテーブルに着いているということは、交渉の余地がある。川さんに連絡をして、来てもらおう。)
幸い、向こうの交渉人もこの場にいる。
恐らくシヴァ様にも何かお考えがあるはず。仮面も被らず「芝崎汪」としての姿でここに来たのも何か狙いがあるはずだ。
川さんにすぐにビルへ来てもらうようメールをし、シヴァ様に夢中になっている野次馬達の間を縫うように進んでいく。
そして、シヴァ様のすぐ後ろに来たところで向こうも僕の存在に気がついた。
シヴァ様のことを付け回しているやつらなので後輩の僕の存在を知っていたようで「おや、松野君ではありませんか。芝崎君のお迎えですか?」と、ルドと名乗っていた青年が、口元をつり上げる。
しかし、その目の奥には冷たい感情しか篭っておらず、笑う口元との歪さが薄気味悪かった。
(……でも、この目どこかで見たような……)
この、シヴァ様への執着を秘めつつ、近づいてきた僕が気に入らないとありありと伝えてくるこの視線。この感情。
(同担拒否(身内だけ同担許してやろう)ガチ勢だーーー!!)
親しい身内だけには同担許してもガチ恋勢になったら身内でも容赦しないタイプだ!
わりと野々本くんがそのタイプだ。
チャトランガのメンバーや、同盟相手の牡丹組、公安がシヴァ様を推すのは許せるが、元紅葉組の構成員や、シヴァ様が懐に招かなかった人間が、シヴァ様を推すような発言をすると問答無用で制裁していた。
ちなみにチャトランガのメンバーでも、信仰に情欲が混ざると制裁対象だ。その場合蛇さんと三叉槍さんも参加してくる。
少し脱線したが、話を戻せば、このルドという青年。シヴァ様の魅力にがっつり魅入られているということだ。
そこを上手く利用して、『弓の射手』を潰せないかと頭を回転させていると、
「……彼は僕の第三の目です。」
と、シヴァ様がなんてことないようにあっさりそう告げた。
盤上から目を離すことも無く、まるで「明日の天気は晴れらしい。」なんて雑談をするかのように、僕の幹部の名を口にした。
さすがに予想外だったのか、ルドと名乗る青年は目を見開きシヴァ様を見つめ、ヴァジュラは驚きを隠すことなく口を開けたまま、シヴァ様と僕を交互にみやった。
矢とかいう青年だけは「あじゅな?なんかどっか聞いたよーな……?」と首を傾げている。
「……まさか、君がチャトランガのシヴァだったとは……いえ、少し考えれば分かることですね。紅葉組のことといい、ボク相手に先手を打てる人間なんて君ぐらいしかいないでしょう。」
そう言って、ルドと名乗る青年はポーンを動かす。
応えるように、シヴァ様も自らのポーンを手に取った。
「……言うつもりはありませんでした。僕は、貴方とチェスができれば、それで良かったのに……」
コトリ、とチェス盤に置かれたポーンが小さく音を鳴らす。
シヴァ様の声はいつも通りを装っているようで、そこには隠しきれない悲痛さがあった。
(……そっか……シヴァ様にとって、初めて出会った同レベルの人間が、この人なんだ……)
神と崇められるほどの頭脳を持つシヴァ様。
そんなシヴァ様だって、僕と1歳しか変わらない高校生なんだ。
初めて、同じ頭脳を持つ人間と出会えて、きっと嬉しかったはず。それと同時に、敵であることを理解して、苦しんだ。
(だからきっと、シヴァとしてじゃなくて芝崎汪として、この場に来たんだ……)
それを向こうも理解したのだろう。
その青い瞳が僅かに揺れた。
「……君がこちらに来れば、何時でも出来ますよ。」
「冗談を。そちらに僕の居場所はないですよ。」
ルドと名乗る青年の言葉に、シヴァ様は迷いなく答える。
そこに、ちょうど川さんが到着し、僕の横にそっと並んだ。
「……どういう状況?」
「シヴァ様が向こうに正体を明かしました。」
「え、まじ?……あたし、もしかして仮面も被ってきた方が良かったかんじ?」
「うーん、どうなんでしょう?僕普通に制服で来ちゃいましたし。」
川さんは仮面は被っていないもののの、ダボッとしたパーカーを着て、フードを被っている。恐らくはこのビルの防犯カメラ対策だろう。
しかし、チャトランガの川として来るのであれば確かに仮面は必要だったかもしれない。僕はもう手遅れだから要らないけど。
「おや、そちらは……いえ、言わなくても結構。恐らくは交渉役である幹部川ですね?」
そうルドと名乗る青年が言えば、交渉役というフレーズに、ヴァジュラが反応する。
「おやおや、こんな小さな子が交渉人とは。おじさん、優しくしてあげられないけど泣かないでね?」
「キモイ。」
「シンプルな悪口っ!!」
「いや、今のはまじキモイっすよ。」
「矢君まで!」
しかし、川さんの辛辣な言葉に更に追い討ちが味方から掛けられ、「どうせ君たちだって40過ぎれば若者にキモイって言われるんだから……!」と若干涙目で背を丸める。
「彼女が来たということは……チャトランガはボク達弓の射手と何の交渉をするつもりですか?」
「……提案が。」
ルドと名乗る青年の言葉に、シヴァ様がポツリと言葉を落とした。
それに、先程まで騒いでいたヴァジュラや矢も口を引きしめ、シヴァ様の言葉の続きを待つ。
「ルドさんと僕で1戦を。全力で持てる全てを持っての1戦をしましょう。そこで勝敗を決めませんか?」
「……なるほど、全面戦争をするという訳ですね。」
「負けた方が解散。勝者はそれ以上敗者を追わない。どうでしょう?」
そう提案したシヴァ様の言葉に、僕は唇を噛む。理解してしまった。シヴァ様がここで自分の正体を明かし、自分を矢面に立たせたのはこれ以上の死傷者を出さないためだ。
裏で牽制しあい、探り合い、陥れ合えば、いずれ多数の死者を生む。今回だって内通者の保護が少しでも遅れれば、内通者だけではなく、親しい人物、血縁関係、その他『弓の射手』が不必要だと思った人間が殺されていた。
死傷者を、悲しむ人を、苦しむ人を出さないために、シヴァ様は自らを餌として弓の射手の目の前に出たのだ。
そうさせてしまった自分の無力さを痛感して、拳を白くなるまで握る。
「いいでしょう。君と戦うというのも、悪くありません。ですが、条件に1つ追加を。ボクが勝ったら芝崎君、君を貰います。」
「なっ……!?」
あっさりと認めたくせに、とんでもない条件を提案してきたルドと名乗る青年。思わず身を乗り出すも、
「わかりました。」
シヴァ様は僕たちが何か言うよりも先に了承してしまった。
「シヴァ様!」
「待ちなさいよ!条件交渉は交渉人同士で行うわ!」
川さんも声を荒らげるが、向こうは飄々とした表情で聞き流される。交渉人であるヴァジュラも肩を竦め、
「そうだねぇ、ここからの条件や日時場所は私たちが交渉し合おうじゃないか。」
と、わざとらしく「席にどうぞ、レディ。」と手で空席を指し示した。
川さんは苦虫を噛み潰したように顔を歪めながら、示された席に座る。
『ここから』と強調されたということは、向こうはそれ以外の条件追加や変更は交渉に応じるが、シヴァ様の事は応じるつもりはないと言っていると同義だ。
川さんもそれは分かっているから顔を歪めているんだ。
(……くそ……!)
僕は何も出来ないまま、2人の交渉をただ立ったまま見ているだけだった。

