松野翔は焦っていた。『弓の射手』の動きで暫くチャトランガのアジトには集まれないが、同じ学校で交流のある自分は接触しててもおかしくは無いだろう、とシヴァ様と夕方チェスの対戦をする約束をしていたのだ。

それなのに、シヴァ様からメールが来たと思えば『弓の射手』の拠点の候補にあった「○○ビルで遊んでくる」という衝撃の内容じゃないか!

(サーンプ)さんどうしましょう!?シヴァ様『弓の射手』の拠点に1人で乗り込んじゃいました!!」

『はぁ!?ちょ、え、嘘だろぉ!?まじか!?』
(サーンプ)!貴方キャラがブレてるわよ!』
『シヴァ様!せめて俺を連れていってくださいよォ!!』

急いで○○ビルへと向かいながら(サーンプ)さんへと電話を繋げれば慌てた(サーンプ)さんの声と、三日月(チャーンド)さん、三叉槍(トリシューラ)さんの声がスマートフォン越しに聞こえてきた。

「シヴァ様○○ビルが『弓の射手』の拠点だって分かったみたいで『遊んでくる』って連絡が!」
『○○ビル?確かに候補のひとつに上がっていたが……』
『え、監視に行ってるの誰?』
『俺んとこの部下だ。あ、連絡きた『シヴァ様がエントランスで無双してる?』え、流石シヴァ様じゃん……!なんで俺そこに居ないの??』

とにかく公安にも連絡を、とスマートフォン越しでもバタバタしているのが伝わってくる。

それに、今気になるのは何故このタイミングでシヴァ様が動いたのか、だ。
公安からの報告では計画通り偽の情報を流し、今はそれぞれの候補地に監視がつき、『弓の射手』の動きを待っているところだ。

(相手が動くのを待てない状況になるとしたら……それってどういう状況なんだろう?)

シヴァ様は意味の無いことは絶対にしない。
今回の突然の行動にも何かきっと意味があるはず。

(……しかもシヴァ様がわざわざ動かなければいけない状況ってことだよね……)

それに、人目に付きやすく騒ぎが大きくなりやすいエントランスでシヴァ様が動いていることも気になる。

(考えろ考えろ……!僕はシヴァ様の目、第三の目(アジュナ)だろ……!)

今回の計画は公安も絡んでいる。
その公安にすら話を通さずに、突然動くほどの理由があるはずだ。
少なくともシヴァ様は懐に招いた人間の想いを無下にはしない。それなのに三日月(チャーンド)さんや(ナディ)さんの「1人で動かないでください」という懇願を今回は無視する形になった。

(多分シヴァ様にとっても不本意なはず……つまりは何か不測の事態が起こった?)

でも、それなら対処を幹部に任せればいいはず。わざわざがシヴァ様が1人でいきなり動く必要なんて最早人命がかかってるとしか……

(……人命がかかってる?)

忙しなく動かしていた足がピタリと止まる。
そして一気に思考が動き出した。

(サーンプ)さん!今すぐ内通者の保護を!」
『何?……なるほど、そういうことか!公安はこちらで対処する!お前はそのままシヴァ様の元へ!』
「わかりました!」
『え、待て待て頭脳組!どーゆーこと!??』
『詳しく説明する時間は無いが、シヴァ様の行動は時間稼ぎだということだ!』

僕と(サーンプ)さんのやりとりに三叉槍(トリシューラ)さんが?マークを飛ばす。

そう、これは時間稼ぎだ。

恐らく、公安からの情報が罠だとバレた。
もちろんバレた時の保険も掛けていたが、それはあくまでチャトランガ側の人間に対しての話。
バレたということは内通者が裏切った、もしくは利用されたと『弓の射手』が気づいたということだ。

それに、シヴァ様のタイミングを考えると、『弓の射手』が罠だと判断するまでの時間があまりにも短すぎた。

(仮に疑ったにしても、その情報を精査するまでもなく罠と判断したということは……恐らく、シヴァ様並の頭脳を持つ人間がいるってこと……!)

それがあの『ルド』と名乗っていた人間なのか、はたまた他の幹部なのか今現状確かめる術はないが、シヴァ様が乗り込んだのは恐らくその内通者の始末への時間稼ぎだ。

予想よりも遥かに早い罠の露見に、内通者への捕縛および保護が間に合っていない。
『弓の射手』からすれば、用済みの人間は消してしまうが1番だ。

その内通者を殺させないために、わざわざシヴァ様は敵拠点のエントランスで暴れ、『弓の射手』の戦力を削り、上にいる指示者の意識をシヴァ様本人へと向けさせた。内通者始末の指示を少しでも遅らせるために。

そもそも今回の作戦は、『弓の射手』が別拠点に動いてくれないと始まらない。
予備の備蓄ではセキュリティや武器に限界がある。そのため、本拠地の特定とは別に相手の戦力を削ぐ意味でも拠点を移動させたかった。
しかし、罠とバレている以上、恐らく動くことはしない。

だが、シヴァ様が騒ぎを起こしたことにより、この作戦が完全に死んだわけじゃない。
こうなればボスや幹部は移動せざるを得ないからだ。
下手したら暴力沙汰が起きたことを盾に警察がフロント企業に踏み込んでくる可能性がある。他の構成員はまだしも正体を秘匿している弓の射手のボスや幹部たちは大きなことをやろうとしている分今は余計に警察に介入されたくないはずだ。

(でも、このままじゃシヴァ様が危険だ……!)

シヴァ様の正体が芝崎汪であるということはまだ『弓の射手』も気づいてない。だが、今回シヴァ様は学校帰りに直接行動に出ている。
恐らくは人命を優先し、自分の安全性を捨てたのだ。

弓の射手の拠点から、どうやってただの学生として、シヴァ様を救い出すか……

(とにかく、シヴァ様の元へ急がないと……!)

シヴァ様という、僕らの唯一の存在を、今ここで失う訳にはいかない。
僕はひたすらに足を動かし、シヴァ様の元へと向かった。