里田大樹こと、チャトランガの幹部、三叉槍は、この上なく上機嫌だった。
幹部と言っても、里田は毎日アジトに顔を出せていたわけではない。彼自身がリーダーを務める不良グループもあるし、チャトランガのフロント企業でアルバイトもしているため、どうしてもアジトに通える日数が限られてくる。
しかも、顔を出した日に限って自分がリーダーと崇めるシヴァ様が来ていない日もあったり、来ていても入れ違いになったり、なかなか会えない日も続いていた。
そんな彼に、学校で会えたのだ。
久々の会話。しかも、自分のために飲み物まで買って下さった!と、里田は今にもスキップしそうな勢いで上機嫌だ。
「んあ?なんだ?」
しかし、そんな彼の耳元に聞こえてきた騒音はあまりにも不快なもので、思わず里田は音のする方へと足を進めて行った。
それは聞き慣れた喧嘩の騒音だったが、罵倒する声は同じ人物からしか聞こえず、一方的に危害を加えているようだった。
案の定、騒音の場所にたどり着けば、身を縮めた少年が、一方的に蹴られ殴られ、そして罵倒されている様子が目に入った。
「おいてめーら!何してんだ!」
もちろん里田も喧嘩はよくする。
だがそれはあくまで不良同士の殴り合い。相手も殴ってくるし、こちらも殴る。
けれども今、目の前で行われているのはただの暴力だ。無抵抗の相手を一方的に痛めつけるなんて行為を、ましてやシヴァ様の管轄地であるこの場所で許せるはずがなかった。
里田の声に不良達は「やべぇ!槍の里田だ!」と、慌てた様にその場から逃げ出した。
向こうがやる気なら里田も応戦するつもりだったが、あまりにもあっさりと逃げ出した不良達に里田は舌を打つ。
そして、痛みに呻く少年に「おい、大丈夫か?」と声をかけた。
そこでようやく里田はその少年が自分と同じ学校の制服を着ていることに気がついた。
ネクタイの色から恐らく1年生と思われる彼は里田の手を借りながらなんとか立ち上がる。
しかし、その足取りがあまりにもふらついているので、里田は肩を支え近くの段差に座らせた。
「肋は折れてなさそうだな……あんまり痛むようなら一応病院行けよ?」
と、里田は少年に絆創膏を渡す。
少年はそれに小さく「ありがとうございます……」と言葉を返し、絆創膏を受け取った。
喧嘩なんて無縁であろう少年に、これは辛かっただろう、と里田は近くの自販機で水か何かを買おうかと辺りを見回した時、少年が「あの、」と言葉を切り出した。
「け、喧嘩!強いんですか……?」
下から恐る恐る、というように見上げてそう問うた少年に、里田は目を瞬かせる。
「あー……まぁそれなりに、な。」
と、ぼかすように答えると少年は「じゃ、じゃあ!」といきなり立ち上がり、そして腹の痛みに呻いた。
「おいおい大丈夫かよ!?」
里田は突然の少年の行動に驚きつつも駆け寄り腹を抱える少年の背中に手を添え支える。それに少年は「ありがとうございます……」と小声でお礼を言いながら、再びゆっくりと腰掛けた。
「ぼ、僕に、喧嘩教えてくれませんか!?」
意を決した様に里田を真っ直ぐ見つめ、そう言葉にした少年に、里田は目を丸くする。
里田自身も、自分の顔が怖いのは自覚していたし、助けたとはいえ、気の弱そうな少年が真っ直ぐ自分を見やったあげく、喧嘩を教えてくれなど言うとは思ってもいなかった。
しかし、少年はそのまま忙しなく言葉を並べ繋げる。
「僕は弱くて、自分の意見も怖くて言えないとか多くて!で、でもそんな自分がすっごく嫌で!だから、あの……」
と、徐々に尻すぼみになっていく言葉に比例して、少年が握る手のひらに力が籠っていく。
「強くなりたいんです……変わりたいんです……!」
変わりたい、という言葉に、里田は自身が崇拝するシヴァ様のことを思い出した。
彼がボスとして君臨する組織、チャトランガは現状を変えたいを願う者達が志願して入ってくることが多い。
それは自分のことであったり、周りのことであったり、理由や対象は様々だが、ほとんどは自分のいる現状を変えたいと願って所属している者達だ。
ちなみに他の理由としては里田の様にシヴァ様の力になりたい、というものが多い。
「……なぁ、お前、俺達の組織に入るか?」
「……え?」
里田は幹部だ。
彼が良しと言えば、組織入りは間違いなく通る。
何より、蛇が志願者に出す『現状を変えてみろ。』という試験には合格にあたるはずだ。
彼は今、現状を変えるために里田に自分の思いを伝えることが出来たのだから。
「俺のいるチャトランガという組織にはお前みたいに『現状を変えたい』と願う者が集まっている。お前が組織に入れば組織は全力でお前の力になるし、現時点でお前は俺に『現状を変えるため』に喧嘩を教えて欲しいと言った。その時点でお前は現状を変えるための1歩を踏み出している。後は俺たちが力になってやるよ。」
どうだ?と問う里田に、ぱちくりと目を瞬かせる少年。
ただ喧嘩を教えて欲しかっただけなのに、謎の組織への勧誘へと話が発展し、少年は大分困惑していた。
それでも、自分の恩人である彼が、どうしても悪い人には思えず、その組織のことも、悪いものには思えなかった。
「……あなたも、何か現状を変えたいと願ったんですか?」
「いや、俺はシヴァ様の力になりたくて入ったんだ。」
「シヴァ様?」
「ああ!あの御方はすげぇんだぜ!」
少年が言葉を繰り返すと、目をキラキラと輝かせて、少年の隣に座った里田は自分にとってシヴァ様がいかに素晴らしい人間かを語っていく。
「だから俺はシヴァ様のための武器になったのさ!」
と、まるで小学生が親に何かを自慢するように無邪気にシヴァ様を褒めたたえていく里田。
それに少年は「そんなに凄い方実在するんですね……」とどこか夢物語のように聞いていた。
「それにシヴァ様はチェスがめちゃくちゃ強くてよ!俺も勝てた試合は片手で数えられる程度だぜ。あの御人は一体何手先まで読んでいるのかわかんねぇ。本当にすげぇ方なんだ!」
ニカッと眩しい笑顔で楽しそうにシヴァ様を語る里田の様子に、少年は少し笑みを漏らした。
なんだか、飼い主のことが好きでたまらない!と言わんばかりに尻尾を振っている大型犬のように思えてきて、強面であるのに、里田が可愛く見えてしまう。
「さすがにそれは大袈裟じゃないかな。」
思わず、というようなクスリと笑う声が聞こえた。
「えっ……!?」
澄んだよく通るその美しい声は、里田だけではなく、少年もよく知る人物のもので、2人は勢いよく、声の方向へと顔を向けた。
「シヴァ様!?いつから聞いてたんすか!?」
「王様!?」
羞恥で真っ赤になっている里田の横で、少年は目の前に現れた人物に思わずフリーズしてしまう。
彼の通う学校で、王様__……芝崎汪の事を知らない人間はいないだろう。
彼の圧倒的なカリスマ性と、その容姿は留まることを知らず、彼が白を黒だと言えば本当に黒になってしまうほどの影響力がある。
少年にとっても、王様は憧れの存在であり、遠目からいつもその御身の尊さを眺めていたものだ。
そんな王様が目の前にいる。
「し、し、シヴァ様って王様のことだったんですか!?」
思わず自分の隣にいる里田の肩を強く揺すってしまう。もう蹴られた腹など気にしている余裕はない。
「チャトランガって王様の組織ですか!?僕、そんな凄いところに勧誘されてるんですか!?」
憧れの域を超え、最早崇拝していると言っても過言ではない王様のいる組織に勧誘されている。
そうなれば少年に断る理由なんてなかった。
「入ります!絶対入ります!」
ガクガクと容赦なく里田を揺らしながら、少年、松野翔はチャトランガに入ることを決意した。
その言葉に王様こと、芝崎が「メンバーが増えて嬉しいよ。」といつもあまり動かない表情を嬉しそうに緩めていたため、松野は完全に容量をオーバーし、その日どうやって家まで帰ったか全く覚えていない。
もしかして夢だったのでは、と思ったものの、自分のスマートフォンには連絡先を交換した里田の名前があり、その上には王様の連絡先もある。
「……僕、今日命日かもしれない。」
とりあえず、頬も抓ってみるも普通に痛かった松野は、現実を受け止めきれないまま、その日は就寝した。
今後、里田や他のメンバーと同じようにシヴァ様ガチ勢になっていくのはそう遠くない未来の話である。
幹部と言っても、里田は毎日アジトに顔を出せていたわけではない。彼自身がリーダーを務める不良グループもあるし、チャトランガのフロント企業でアルバイトもしているため、どうしてもアジトに通える日数が限られてくる。
しかも、顔を出した日に限って自分がリーダーと崇めるシヴァ様が来ていない日もあったり、来ていても入れ違いになったり、なかなか会えない日も続いていた。
そんな彼に、学校で会えたのだ。
久々の会話。しかも、自分のために飲み物まで買って下さった!と、里田は今にもスキップしそうな勢いで上機嫌だ。
「んあ?なんだ?」
しかし、そんな彼の耳元に聞こえてきた騒音はあまりにも不快なもので、思わず里田は音のする方へと足を進めて行った。
それは聞き慣れた喧嘩の騒音だったが、罵倒する声は同じ人物からしか聞こえず、一方的に危害を加えているようだった。
案の定、騒音の場所にたどり着けば、身を縮めた少年が、一方的に蹴られ殴られ、そして罵倒されている様子が目に入った。
「おいてめーら!何してんだ!」
もちろん里田も喧嘩はよくする。
だがそれはあくまで不良同士の殴り合い。相手も殴ってくるし、こちらも殴る。
けれども今、目の前で行われているのはただの暴力だ。無抵抗の相手を一方的に痛めつけるなんて行為を、ましてやシヴァ様の管轄地であるこの場所で許せるはずがなかった。
里田の声に不良達は「やべぇ!槍の里田だ!」と、慌てた様にその場から逃げ出した。
向こうがやる気なら里田も応戦するつもりだったが、あまりにもあっさりと逃げ出した不良達に里田は舌を打つ。
そして、痛みに呻く少年に「おい、大丈夫か?」と声をかけた。
そこでようやく里田はその少年が自分と同じ学校の制服を着ていることに気がついた。
ネクタイの色から恐らく1年生と思われる彼は里田の手を借りながらなんとか立ち上がる。
しかし、その足取りがあまりにもふらついているので、里田は肩を支え近くの段差に座らせた。
「肋は折れてなさそうだな……あんまり痛むようなら一応病院行けよ?」
と、里田は少年に絆創膏を渡す。
少年はそれに小さく「ありがとうございます……」と言葉を返し、絆創膏を受け取った。
喧嘩なんて無縁であろう少年に、これは辛かっただろう、と里田は近くの自販機で水か何かを買おうかと辺りを見回した時、少年が「あの、」と言葉を切り出した。
「け、喧嘩!強いんですか……?」
下から恐る恐る、というように見上げてそう問うた少年に、里田は目を瞬かせる。
「あー……まぁそれなりに、な。」
と、ぼかすように答えると少年は「じゃ、じゃあ!」といきなり立ち上がり、そして腹の痛みに呻いた。
「おいおい大丈夫かよ!?」
里田は突然の少年の行動に驚きつつも駆け寄り腹を抱える少年の背中に手を添え支える。それに少年は「ありがとうございます……」と小声でお礼を言いながら、再びゆっくりと腰掛けた。
「ぼ、僕に、喧嘩教えてくれませんか!?」
意を決した様に里田を真っ直ぐ見つめ、そう言葉にした少年に、里田は目を丸くする。
里田自身も、自分の顔が怖いのは自覚していたし、助けたとはいえ、気の弱そうな少年が真っ直ぐ自分を見やったあげく、喧嘩を教えてくれなど言うとは思ってもいなかった。
しかし、少年はそのまま忙しなく言葉を並べ繋げる。
「僕は弱くて、自分の意見も怖くて言えないとか多くて!で、でもそんな自分がすっごく嫌で!だから、あの……」
と、徐々に尻すぼみになっていく言葉に比例して、少年が握る手のひらに力が籠っていく。
「強くなりたいんです……変わりたいんです……!」
変わりたい、という言葉に、里田は自身が崇拝するシヴァ様のことを思い出した。
彼がボスとして君臨する組織、チャトランガは現状を変えたいを願う者達が志願して入ってくることが多い。
それは自分のことであったり、周りのことであったり、理由や対象は様々だが、ほとんどは自分のいる現状を変えたいと願って所属している者達だ。
ちなみに他の理由としては里田の様にシヴァ様の力になりたい、というものが多い。
「……なぁ、お前、俺達の組織に入るか?」
「……え?」
里田は幹部だ。
彼が良しと言えば、組織入りは間違いなく通る。
何より、蛇が志願者に出す『現状を変えてみろ。』という試験には合格にあたるはずだ。
彼は今、現状を変えるために里田に自分の思いを伝えることが出来たのだから。
「俺のいるチャトランガという組織にはお前みたいに『現状を変えたい』と願う者が集まっている。お前が組織に入れば組織は全力でお前の力になるし、現時点でお前は俺に『現状を変えるため』に喧嘩を教えて欲しいと言った。その時点でお前は現状を変えるための1歩を踏み出している。後は俺たちが力になってやるよ。」
どうだ?と問う里田に、ぱちくりと目を瞬かせる少年。
ただ喧嘩を教えて欲しかっただけなのに、謎の組織への勧誘へと話が発展し、少年は大分困惑していた。
それでも、自分の恩人である彼が、どうしても悪い人には思えず、その組織のことも、悪いものには思えなかった。
「……あなたも、何か現状を変えたいと願ったんですか?」
「いや、俺はシヴァ様の力になりたくて入ったんだ。」
「シヴァ様?」
「ああ!あの御方はすげぇんだぜ!」
少年が言葉を繰り返すと、目をキラキラと輝かせて、少年の隣に座った里田は自分にとってシヴァ様がいかに素晴らしい人間かを語っていく。
「だから俺はシヴァ様のための武器になったのさ!」
と、まるで小学生が親に何かを自慢するように無邪気にシヴァ様を褒めたたえていく里田。
それに少年は「そんなに凄い方実在するんですね……」とどこか夢物語のように聞いていた。
「それにシヴァ様はチェスがめちゃくちゃ強くてよ!俺も勝てた試合は片手で数えられる程度だぜ。あの御人は一体何手先まで読んでいるのかわかんねぇ。本当にすげぇ方なんだ!」
ニカッと眩しい笑顔で楽しそうにシヴァ様を語る里田の様子に、少年は少し笑みを漏らした。
なんだか、飼い主のことが好きでたまらない!と言わんばかりに尻尾を振っている大型犬のように思えてきて、強面であるのに、里田が可愛く見えてしまう。
「さすがにそれは大袈裟じゃないかな。」
思わず、というようなクスリと笑う声が聞こえた。
「えっ……!?」
澄んだよく通るその美しい声は、里田だけではなく、少年もよく知る人物のもので、2人は勢いよく、声の方向へと顔を向けた。
「シヴァ様!?いつから聞いてたんすか!?」
「王様!?」
羞恥で真っ赤になっている里田の横で、少年は目の前に現れた人物に思わずフリーズしてしまう。
彼の通う学校で、王様__……芝崎汪の事を知らない人間はいないだろう。
彼の圧倒的なカリスマ性と、その容姿は留まることを知らず、彼が白を黒だと言えば本当に黒になってしまうほどの影響力がある。
少年にとっても、王様は憧れの存在であり、遠目からいつもその御身の尊さを眺めていたものだ。
そんな王様が目の前にいる。
「し、し、シヴァ様って王様のことだったんですか!?」
思わず自分の隣にいる里田の肩を強く揺すってしまう。もう蹴られた腹など気にしている余裕はない。
「チャトランガって王様の組織ですか!?僕、そんな凄いところに勧誘されてるんですか!?」
憧れの域を超え、最早崇拝していると言っても過言ではない王様のいる組織に勧誘されている。
そうなれば少年に断る理由なんてなかった。
「入ります!絶対入ります!」
ガクガクと容赦なく里田を揺らしながら、少年、松野翔はチャトランガに入ることを決意した。
その言葉に王様こと、芝崎が「メンバーが増えて嬉しいよ。」といつもあまり動かない表情を嬉しそうに緩めていたため、松野は完全に容量をオーバーし、その日どうやって家まで帰ったか全く覚えていない。
もしかして夢だったのでは、と思ったものの、自分のスマートフォンには連絡先を交換した里田の名前があり、その上には王様の連絡先もある。
「……僕、今日命日かもしれない。」
とりあえず、頬も抓ってみるも普通に痛かった松野は、現実を受け止めきれないまま、その日は就寝した。
今後、里田や他のメンバーと同じようにシヴァ様ガチ勢になっていくのはそう遠くない未来の話である。