「チャトランガがここを突き止めた?」

ルドラが怪訝そうに聞き返すと、ヴァジュラは「公安からの情報だから間違いないんじゃないかな。」と答えつつ、次の拠点の候補地を示す資料が入ったタブレットを手渡す。

「そうですか……確か、公安の機動捜査隊の人間が協力者関係を結んだとか。」
「ああ、お陰で幹部の構成や名前がわかったよ。」
「罠ですね。」

情報を得られてホクホク顔のヴァジュラの言葉をルドラはピシャリと切り捨てた。
それにヴァジュラは目を見開く。

「罠?どうしてそう思うんだい?」
「公安からの情報は確かにボクたちが調べわかっている部分の情報はほぼ、一致。幹部全員の構成は確かにボクたちだけでは知りえない情報でした。この情報は信ぴょう性があると考えていいでしょう。」

ですが、とルドラは渡されたタブレットを目を通すことなく机に置く。

「次の情報が突飛しすぎです。シヴァの事に触れる訳でも無く、ましてや他の1構成員に関する情報は何も無い。それなのにいきなり『チャトランガが弓の射手の拠点を見つけた』?」

ルドラの言葉にヴァジュラは「そんなに突飛したようには思えないけど……」と言葉を零す。(ティール)はその辺の情報戦には疎いので、ただ無言で2人のやり取りを聞いていた。

「恐らく、これはボクたちを動かすための罠でしょう。拠点を見つけた訳ではなく、あくまでいくつか候補地を見つけた段階。ボクたちが拠点を移動する所を監視するつもりでしょう。」

「なるほど。そうすれば次の拠点は向こうが把握できるって訳か。なら、今動く必要はないね。」

そう言ってヴァジュラは机に置かれたタブレットを回収し、候補地の資料を消そうとする。
その時、(ティール)が「あっ。」と小さく言葉を漏らした。

「どうしました?」
「あっ、いえ、たまたま目に入って……」

ルドラの問いかけに(ティール)は気まずそうにヴァジュラの持つタブレットを指さす。

「そこ、芝崎さんの家の近くだなって思って。」
「ヴァジュラ、それ見せて下さい。」
「ちょっと待ってよ、私も見たいんだけど。」

ヴァジュラがこれらの候補地を準備したのは今の拠点を調べていた時だった。
今いる拠点で何かあった時の予備の拠点として用意したもののため、ヴァジュラも細かい立地条件をあまり覚えていなかった。

結局机に置いたタブレットを3人で覗き込み「おや、本当に近いじゃないですか。」「えぇ、あの子こんな立地条件で快適に暮らせてる??おじさんが新しい家上げるべき??」「いやヴァジュラさんそれはキモいっす。」と各々好き勝手言いながら立地条件を確認していく。

「……移動、しますか。」
「いや、流石にダメでしょ。」

ポツリと呟かれたルドラの言葉にヴァジュラがすかさず反応する。
今し方動くべきでは無いと結論が出たばかりというのもあるが、「おうち時間まで見守っちゃったらストーカーみたいになっちゃうでしょ!?」という手遅れも甚だしい理由からである。
そう、一応彼ら芝崎の自宅でのプライベートタイムはプライバシーを尊重していた。それがあって、今の今まで芝崎がチャトランガのボスであるとバレずに済んだのだが、逆を言えば朝家を出てから帰るまでは見守りという名のストーカーをしているということである。

「……ちょっとボク、散歩してきます。」
「待ちなさい待ちなさい。抜けがけする気でしょ、ルドラ君。私だって芝崎君とチェスしたいんだから!」

暫く押し黙っていたと思っていたルドラがそそくさと席を立とうとするので、慌ててヴァジュラが肩を抑えてそれを妨害する。

「いや、俺とかまず芝崎さんに存在を認知すらされてないんすけど。」

だからここは俺が行くべきと主張し、足を踏み出す(ティール)に、「いやいや、君こそ裏社会じゃ有名人でしょうが。」とヴァジュラが(ティール)の行く手を阻んだ。

「行けます!サングラスしてマスクして帽子かぶれば大丈夫っす!」
「思いっきり不審者スタイルじゃんそれ!」
「今までそれで見守ってましたっすけど大丈夫でしたし!」
「すでに実行済みだった!?」

弓の射手のメンバーとしては知られていないが、(ティール)は元々アメリカの裏社会で若者のストリートギャングを束ねていた戦闘員(ウォリアー)だ。
拳銃はもちろんの事、ナイフ、棒、拳に足と全てを武器に相手をぶちのめしてきた。

人を殺した数は数十人。殺さずとも重症に追い込んだ数などその倍以上はいるだろう。
だからこそ、その凶暴性をルドラに見いられ、『弓の射手』の幹部となった。

そんな人間がまさかサングラスにマスク、帽子の典型的な不審者スタイルで、しかも日本の高校生を追いかけているなど、彼を追いかけ続けているFBIが知ったらひっくり返るのではないだろうか。

(ティール)のまさかの行動にヴァジュラが頭を抱えていると、控えめなノック音が部屋に響いた。

「……し、失礼致します。」
「……なんです?今忙しいのですが。」

オドオドと入ってくる下っ端の男にルドラは眉を寄せる。あからさまに不機嫌ですと訴えるその態度に下っ端の男は縮み込ませた体を更に小さく縮こませた。

「あ、あの、エントランスに、高校生くらいの少年が……その、ボスに用があると……お、追い出そうとはしたんです!け、けど、その、相手が強すぎて……!」
「高校生くらいの少年?」

その言葉にルドラはしかめていた顔をきょとりと変え、瞬かせる。よく見れば下っ端の男のスーツはよれて僅かに汚れている。大方その子にやられて慌ててここへ来たのだろう。

ヴァジュラが「その子の名前は?」と、尋ねれば「し、芝崎と名乗っていました!早くあいつを排除して下さい!」と前のめり気味に叫んだ男。
しかし、その言葉が最後まで発せられることは無かった。

ヴァジュラが風圧を感じた時には、もう(ティール)が下っ端の男を床にめり込ませていた。

「お前芝崎さんに何してくれてんの?」

と、冷たい声が男にのしかかる。
(ティール)に押さえつけられた頭がミシリと音をたて、男は訳が分からないまま意識を飛ばした。

「まさか、彼からここへ来てくれるとは。ふふ、何故ここが分かったのかなんて野暮なことを聞く必要はありませんね。ボクと同じ頭脳を持つ彼なら容易いことです。」

しかし、そんな惨状も目に入っていない様子のルドラは光悦とした表情で椅子から立ち上がる。
一方芝崎をペンギンの赤ちゃんと誤認しているヴァジュラは「はわわっ、芝崎君が下っ端に絡まれたなんて怪我してたらどうしよう!」と顔を真っ青にしてエントランスへと足を向けた。

認識の差異が酷い。

(ティール)も向こうから来てくれたなら堂々と会いに行っていいな、と最後にもう一度下っ端に蹴りを入れてから先に廊下を進むルドラとヴァジュラの背を追いかけた。

3人がエントランスに着いた時には死屍累々。芝崎に絡んだであろう構成員が軒並み倒され辺りに落ちていた。
一応何人か残っている構成員がいるが、芝崎の強さに皆近寄れず、遠巻きに囲うだけ囲って警戒している。
その現状を起こしたであろう芝崎は屍共(死んでない)の真ん中で平然とペットボトルのお茶を飲んでいた。

それに、フフフとルドラが笑いをもらしながら「急にどうしたんです?芝崎君。」と尋ねると「あ、ルドさん。」と芝崎の視線がルドラへと向けられる。

そして、芝崎は平然と

「遊びに来ました。」

と言うものだから、とうとうルドラは声を上げて笑ったのだった。