後日、朝日はシヴァ様から指摘があったように、部下へと秘密裏に招集を掛けた。

チャトランガを調べ、情報隠蔽に加担した者たちは勿論、その者達経由で他にもシヴァ様を信仰し崇拝する者がいるようなら彼らにも声をかけるように伝達を回した。

内部に裏切り者がいるので、最大限の注意を払い伝達を回し、公安御用達の店ではなく、朝日のセーフハウスの1つに集まる。

全員がそれぞれ時間をずらして任務や帰宅するように見せかけての集合だったので、全員が集まったのは日が変わって暫く経った頃だった。
総勢36名。限られた人間しか所属できない公安の人間でこの人数は集まった方だ。そこそこ広いセーフハウスなのに、全員窮屈そうに縮こまっている。
勿論任務の関係等で今回集まれなかった人もいるので実際の信仰者はもっといると考えていいだろう。

そして、ようやく話を始めるというタイミングで朝日が取り出したのは缶ビールだった。

「えっと、先輩?何故ビールを?」
「あ、ビール苦手な人にはチューハイありますよ。」
「いえ、そうではなくて。」

朝日と同じく公安でも公安機動捜査隊に所属する後輩達は互いの顔を見合う。
朝日は機動捜査隊の中でも真面目な上官として知れ渡っているほどの所謂堅物だ。そんな先輩が、大事な話……ましてや『チャトランガを、シヴァ様を裏切らない者だけ来い』と呼び出しておいて酒を配るなんて想像もしなかったのだ。

勿論、公安の人間として酒に呑まれ自分を忘れるなんて愚かな真似はしないが、真面目な話の場に持ち込むものでは無い事は確かだ。

しかし、

「あー、その、チャトランガの話をした後、シヴァ様について語りたくてね……」

と、少し照れくさそうに頬を掻く上官の姿に後輩達は「それなら早く言ってくださいよ!!」と遠慮なく各々好きな酒に手を伸ばした。

「知らない人が大半でしょうから説明しますが、実は私、チャトランガと正式に協力者関係を結びまして。」

上層部は知っているが、ここに集まったのは朝日よりも階級が下の者が多い。そのためほとんどの人間が驚き固まり、缶のプルタブを開けようとした姿勢のまま目を見開いて朝日を見る。

「は!?先輩何抜けがけしてるんですか!?」
「ずるい!私も協力者関係結びたいです!」

そして正気に戻ったものから文句という名の嫉妬が飛び交う。しかし、それに朝日はニコニコと笑みを張りつけたまま後輩を煽るように「いやぁ、ビールが美味しいですねぇ。」と缶ビールを煽った。

そんな朝日の様子に機動捜査隊以外の部署の人間も「あの有名堅物先輩が完全に陥落してる……」と、もしや幻覚なのではと自分の頬を抓る始末だ。

ただ、その中でも1人、落ち着いたままの人間がいた。

「……何だよ、(あお)。お前知ってたのかよ?」

と、機動捜査隊の1人が、蒼と呼んだ青年をじとりと睨む。それに「……まあ、一応私が提案したことなので。」とチューハイをちびちび飲む。

「蒼君が、『弓の射手』の事でチャトランガと連携をとったらどうか、と提言してくれましたからね。」
「まさかそこから協力者になるとは思いませんでしたけどね!!」

否、落ち着いているように見せかけているだけだった。

そう、この蒼と呼ばれる青年こそ、#太鼓__ダマル__#の存在を朝日に教えた人物であり、公安内で最初にチャトランガの調査にあたって見事に信者入りした人物でもあった。

ひっそりシヴァ様の活躍を見守れればいい、と思って陰ながら信仰していたのに、後から来た先輩がちゃっかり協力者ポジションに落ち着いていて、内心ハンカチギリギリするくらいには悔しかった。

「そして、今日。そのシヴァ様から公安内部に、『弓の射手』と通じている者がいるとの情報を受けました。」

その朝日の言葉に野次や嫉妬を飛ばしていた面々の空気が引き締まる。
痛いほどピリつく空気が場を支配した。

「なるほど、その内通者を炙り出すために私たちが呼ばれたんですね。」

蒼の言葉に朝日が神妙に頷く。

「シヴァ様が君達と連携して動くように仰ったため、急遽集まってもらいました。」
「え、シヴァ様が?」
「ええ、誰が内通者かわからない以上、1人で動こうとしたのですが、あっさりと『1人で動くのは良くないですよ』と釘を刺されてしまいました。」

その言葉に公安の面々は更に顔を険しくさせる。

「……先輩が1人で動くと危険、となると、それなりに上の階級の人間が絡んでいる可能性があるということですね。」
「ええ、恐らくシヴァ様はそう考えているのでしょう。」(※考えてません。)

朝日より下の階級の人間であれば、証拠さえ出てきてしまえば簡単に吊るし上られるが、朝日と同等の階級もしくは上層部が絡んでくるとなると話は変わってくる。

朝日は大きくビールを煽り、そして「内通者は、」と言葉を続けた。

「内通者はわかり次第、泳がせて利用します。」
「え、泳がせるんですか?」
「ええ、幹部第三の目(アジュナ)さんの発案で、まず拠点を炙り出そうという話になりまして。」

そういうと「あぁ、最近幹部入りした!」と1人が拳を手の平に叩く。

「俺たち、信仰者ではありますけど、チャトランガの構成員ではないじゃないですか。いくら何でも信頼しすぎじゃないです?」

心配になりますその甘さ、と口元を歪めた男に、朝日は「彼はシヴァ様が直々に幹部として育てたそうですよ。」と告れば「わぁ!さすがシヴァ様!聡明な幹部を育て上げるなんて! 」と即行で手のひらを返した。

「でも、確かに不思議ですね。我々は構成員でも無ければ、信仰者であるということを示したこともないというのに。」

と、1部から疑問が上がるも

「いえ、相手はあのシヴァ様ですよ。信仰者を把握していても何も不思議では無いでしょう。 」

「シヴァ様だから」という言葉に「それもそうか。」と納得する時点で末期患者しかいない。

「そういう訳で、第三の目(アジュナ)さん達と詰めた計画の内容を説明します。」

そう話の流れを修正し、朝日は今後の流れを説明していく。

内通者は見つけ次第信仰者達に共有すること。
情報が共有され次第、その者に近しい信仰者がそれとなく「公安機動捜査隊の朝日さんが、チャトランガと協力者関係になったらしい。」との情報を流すこと。
その後、その内通者が朝日に接触したタイミングで、チャトランガが不利を被らない程度の幹部情報を流し、信頼を得たところで『弓の射手の拠点をチャトランガが見つけたらしい。』との偽の情報を流し、相手の行動を誘導する。

と、大まかな流れを説明し終わった所で、朝日は持っていた缶ビールをテーブルに置き、「そしてここからが本題です。」と何時にも増した真剣な顔で手を組み部下達を見据えた。

「私が信者落ちしたシヴァ様エピソードを語ります。」
「待ってましたー!!」

真剣な空気はどこへやら。人で溢れたセーフハウスでワッと歓声が沸く。

「いや、もうね、あれは落ちますよ。ほんとに。」

と、勿体ぶった朝日の言い方に「早く教えて下さいよ! 」と後輩が責付(せつ)く。

「ある程度の話が終わって、幹部の面々がこう、年相応にわちゃわちゃ話しだしまして……『ああ、本来なら裏なんて知らずに生きてこられた子供たちを、平和のためという言い分で巻き込むのか』とこう、自己嫌悪が出てきましてね。」

そこまで言った所で、公安として後暗い捜査をする面々は「あー、わかる、わかりますよその気持ち。」と顔に皺を寄せる。

「それに気づいたシヴァ様がですね、片手を私の肩において『出来ることがあれば、何時でも。僕たちはずっと協力者です。』って言ってくださって!」
「きゃーーっ!!!」

まるで恋バナする女子高生か、と言わんばかりの黄色い声が上がるが、残念ながら野郎ばかりの空間。黄色い声もどこか野太い。

「うわぁそんなん絶対落ちますよ!シヴァ様流石すぎません!?」
「シヴァ様そういう所なんだよ、え、何「ずっと協力者」ってえ?告白?永遠の約束してくれちゃうの??え、無理尊……俺公安でよかった……」

そう、公安にとって、感情を殺し治安維持のために務めることは当然の事。しかし、表に出さないようにしていた柔い感情に、簡単に気づかれた挙句、隣でずっと支えるとも取れるその発言は公安の疲れきった心にダイレクトに刺さってしまった。

「そこで、シヴァ様がご退席された後、(サーンプ)さん達からシヴァ様の功績を色々教えて貰いまして……聞きたくありません?」
「聞きたいです!」

こうして公安のメンバーはシヴァ様の功績を語りつくして一夜を開けることになった。


しかし、その功績も全て勘違いからの産物である。大半はシヴァと呼ばれている芝崎本人も分かっていない。