勿論、芝崎はまさか自分がペンギンの赤ちゃん扱いの勘違いを受けているなんて気づいていない。
こいつの頭の中にあるのは「チェスたのしー!」だけである。
「チェス、お好きなんですか?」
と、ヴァジュラに声をかけたのも、チェス馬鹿故の行動であるし、ヴァジュラの予想よりも早くやってきたのは単に担任の都合で帰りのホームルームが無くなったからで深い事情は無い。
「ルドさんの知り合いですよね。」
そして、このヴァジュラを警戒させた一言も、安定のいつもの口の誤作動だ。
ルドラと同じベンチでチェス盤を広げていたので、「あ、もしかして知り合いかな?」と思い「ルドさんって方ご存知ですか?」と聞こうとし、テンパり思考と混ざった結果「知り合いですよね。」と口走っただけである。
その後、「間違えた!どうしよう!!?」と内心狼狽えていた芝崎に、ヴァジュラが肯定も否定もせずに「えーと、チェス、するかい?」と誘った事も「あ、この人僕のミスをさりげなくスルーしてくれた!優しい!」くらいにしか、芝崎は思っていなかった。
ヴァジュラが想定していた「確信しているから今更私からの返答などどうでもいい」は完全に誤解である。
ちなみに、
「あのね、チェスしてくれるからって誰彼構わずついて行っちゃダメだからね?」
「……どうして?」
「どうして!!?」
という芝崎=ペンギンの赤ちゃんなんていうとんでもねぇ勘違いを生み出したこのやり取り。
補足と言う名の説明をするなら、まず芝崎からすればそう指摘される心当たりが全くなかった事が起因する。
自分から赴いたとはいえ、当時キングと名乗り私的制裁組織だったチェスのボスであった神島洸太には「チェスやりましょう!」と突撃訪問をかましたし、この前のルドラとの対局は誘われてそのままヒョコヒョコついて行っている。
たった今も、全く知らない人にチェスを誘われて普通に了承しているにも関わらず、芝崎の頭の中からはそれら全てがスポーンっと抜け落ちていた。
なぜなら「この人もチェス強いのかな?楽しみだなー!」という思考しかこの時の芝崎には無かったからである。もうほんとバカ。
そのため、「どうして?」というこの返答に芝崎の心情を踏まえた補足を入れると「どうして(僕がチェスのことになるとついて行っちゃいそうって思ったんですか?)」となる。これは酷い。
****
(……この人、ルドさん程じゃないけど結構強い。)
公園のベンチに広げられたチェス盤に木陰が揺れる。今回、僕は後攻の黒となった。
蛇さんと同等、試合運びによっては三叉槍さんもいい試合が出来そうだ。
(でも、先手の割に守りを固める人だな……)
チェスは他のボードゲームに比べ、先手の白の勝率が高い。
だからこそ、先攻のほうが有利だし、攻めるには白の方が優勢に持っていきやすい。
(元々守り重視の人なのかな?それとも、僕を警戒している?)
こういったマインドスポーツは若い人はどちらかと言えば舐められやすい。どうしても経験年数に差が出来るからだ。
バフダーラさんと名乗るこの人は見た目は30~40代。10代からチェスを嗜んでいればどうしても僕の生きてきた年数では差ができる。
別に相手が慢心している、とは思わないが、そこまで警戒されるものでもないと思う。所詮は10代の学生のチェスだ。
(となると、やっぱり元々守り重視に展開していく人なのかな。)
ならば、と僕は一気に攻める為に駒を動かした。
そろそろ僕が攻めに転じるのは読まれていたらしく、バフダーラさんの次の一手がすぐさま打たれる。
できるだけ弱いポーンを作らないように動かしながらも、相手を誘導したり、妨害したりしていれば少しづつポーンが減っていく。だが、それは相手のポーンも同じだ。
いくつも駒を動かし、互いに長考を交えながら、それぞれの展開を描いていく。
試合に決着が着いたのはおよそ2時間後で、少し傾いた日差しが、ビルの隙間から差し込んできた。
「いやぁ、参ったな。おじさん、もうちょっと行けるかと思ったんだけどなぁ。」
なんて、頬を掻きながら笑うバフダーラさんに、僕の頬も緩む。
「とてもお強かったです。」
そう言えば「ここまで綺麗に攻め込んできた子に言われると複雑だな。」なんて苦笑を零した。
綺麗に攻め込んだ、と言ってもこちらも結構ギリギリで、どちらかと言えば強引に攻め込んだ形に近いと思う。
「君と試合出来てよかったよ。」
ふと、そう言って、バフダーラさんは額にかかった前髪を手で後ろに撫で付けた。
前髪が上がると結構印象変わるなぁ、なんて思いながら、盤上の駒を片していく。
(……んー、でも何処かで見たことあるような……??)
どこで、とは思い出せないが、その上げられた前髪がなにかの記憶に引っかかったような気がした。
とはいえ、パッと思い出せないので、すれ違ったことがあるとかそんな程度だろうなと、深く考えなかった。
その後、片し終わると「夏で日が長いとはいえ暗くなる前に帰るんだよ。」と促され、再三「知らない人について行っちゃダメだからね!?」と注意も受けて帰路につく。日本人は童顔に見られるとは言うが、僕もそんなに幼く見えたのだろうか。
そう思いながらも足を黙々と進めていたのだが、ふととある事を思い出して、その足が止まった。
(……あれ?『弓の射手』の交渉人って……あんな顔してなかったっけ??)
そう、思い出したのはほんの数日前、廃工場で#蛇__サーンプ__#さんが見せてくれた野々本君と話していた男の人の映像だ。
あの時はかっちりと整髪剤で髪をまとめていたし、今日と違って高そうなスーツを身にまとっていたけれど、顔立ちはまんま同じなったような……
(……あれ、もしかしてこれやばいやつ……??)
こいつの頭の中にあるのは「チェスたのしー!」だけである。
「チェス、お好きなんですか?」
と、ヴァジュラに声をかけたのも、チェス馬鹿故の行動であるし、ヴァジュラの予想よりも早くやってきたのは単に担任の都合で帰りのホームルームが無くなったからで深い事情は無い。
「ルドさんの知り合いですよね。」
そして、このヴァジュラを警戒させた一言も、安定のいつもの口の誤作動だ。
ルドラと同じベンチでチェス盤を広げていたので、「あ、もしかして知り合いかな?」と思い「ルドさんって方ご存知ですか?」と聞こうとし、テンパり思考と混ざった結果「知り合いですよね。」と口走っただけである。
その後、「間違えた!どうしよう!!?」と内心狼狽えていた芝崎に、ヴァジュラが肯定も否定もせずに「えーと、チェス、するかい?」と誘った事も「あ、この人僕のミスをさりげなくスルーしてくれた!優しい!」くらいにしか、芝崎は思っていなかった。
ヴァジュラが想定していた「確信しているから今更私からの返答などどうでもいい」は完全に誤解である。
ちなみに、
「あのね、チェスしてくれるからって誰彼構わずついて行っちゃダメだからね?」
「……どうして?」
「どうして!!?」
という芝崎=ペンギンの赤ちゃんなんていうとんでもねぇ勘違いを生み出したこのやり取り。
補足と言う名の説明をするなら、まず芝崎からすればそう指摘される心当たりが全くなかった事が起因する。
自分から赴いたとはいえ、当時キングと名乗り私的制裁組織だったチェスのボスであった神島洸太には「チェスやりましょう!」と突撃訪問をかましたし、この前のルドラとの対局は誘われてそのままヒョコヒョコついて行っている。
たった今も、全く知らない人にチェスを誘われて普通に了承しているにも関わらず、芝崎の頭の中からはそれら全てがスポーンっと抜け落ちていた。
なぜなら「この人もチェス強いのかな?楽しみだなー!」という思考しかこの時の芝崎には無かったからである。もうほんとバカ。
そのため、「どうして?」というこの返答に芝崎の心情を踏まえた補足を入れると「どうして(僕がチェスのことになるとついて行っちゃいそうって思ったんですか?)」となる。これは酷い。
****
(……この人、ルドさん程じゃないけど結構強い。)
公園のベンチに広げられたチェス盤に木陰が揺れる。今回、僕は後攻の黒となった。
蛇さんと同等、試合運びによっては三叉槍さんもいい試合が出来そうだ。
(でも、先手の割に守りを固める人だな……)
チェスは他のボードゲームに比べ、先手の白の勝率が高い。
だからこそ、先攻のほうが有利だし、攻めるには白の方が優勢に持っていきやすい。
(元々守り重視の人なのかな?それとも、僕を警戒している?)
こういったマインドスポーツは若い人はどちらかと言えば舐められやすい。どうしても経験年数に差が出来るからだ。
バフダーラさんと名乗るこの人は見た目は30~40代。10代からチェスを嗜んでいればどうしても僕の生きてきた年数では差ができる。
別に相手が慢心している、とは思わないが、そこまで警戒されるものでもないと思う。所詮は10代の学生のチェスだ。
(となると、やっぱり元々守り重視に展開していく人なのかな。)
ならば、と僕は一気に攻める為に駒を動かした。
そろそろ僕が攻めに転じるのは読まれていたらしく、バフダーラさんの次の一手がすぐさま打たれる。
できるだけ弱いポーンを作らないように動かしながらも、相手を誘導したり、妨害したりしていれば少しづつポーンが減っていく。だが、それは相手のポーンも同じだ。
いくつも駒を動かし、互いに長考を交えながら、それぞれの展開を描いていく。
試合に決着が着いたのはおよそ2時間後で、少し傾いた日差しが、ビルの隙間から差し込んできた。
「いやぁ、参ったな。おじさん、もうちょっと行けるかと思ったんだけどなぁ。」
なんて、頬を掻きながら笑うバフダーラさんに、僕の頬も緩む。
「とてもお強かったです。」
そう言えば「ここまで綺麗に攻め込んできた子に言われると複雑だな。」なんて苦笑を零した。
綺麗に攻め込んだ、と言ってもこちらも結構ギリギリで、どちらかと言えば強引に攻め込んだ形に近いと思う。
「君と試合出来てよかったよ。」
ふと、そう言って、バフダーラさんは額にかかった前髪を手で後ろに撫で付けた。
前髪が上がると結構印象変わるなぁ、なんて思いながら、盤上の駒を片していく。
(……んー、でも何処かで見たことあるような……??)
どこで、とは思い出せないが、その上げられた前髪がなにかの記憶に引っかかったような気がした。
とはいえ、パッと思い出せないので、すれ違ったことがあるとかそんな程度だろうなと、深く考えなかった。
その後、片し終わると「夏で日が長いとはいえ暗くなる前に帰るんだよ。」と促され、再三「知らない人について行っちゃダメだからね!?」と注意も受けて帰路につく。日本人は童顔に見られるとは言うが、僕もそんなに幼く見えたのだろうか。
そう思いながらも足を黙々と進めていたのだが、ふととある事を思い出して、その足が止まった。
(……あれ?『弓の射手』の交渉人って……あんな顔してなかったっけ??)
そう、思い出したのはほんの数日前、廃工場で#蛇__サーンプ__#さんが見せてくれた野々本君と話していた男の人の映像だ。
あの時はかっちりと整髪剤で髪をまとめていたし、今日と違って高そうなスーツを身にまとっていたけれど、顔立ちはまんま同じなったような……
(……あれ、もしかしてこれやばいやつ……??)

