突然だが、目の前の人が倒れた。
(あわわわっこれどうすればいい!?どうすればいい!? )
公園で1人チェスを楽しんでいたら、いつの間にかそれを観戦していたらしい、外国の人。
この辺りでは見慣れない顔だったので、恐らく観光客の人なのだが、その人が口を開こうとした瞬間、ぐらりと体が傾いた。
(顔が赤い、熱いのに全然汗かいてない……熱中症の可能性が高い!)
慌てて、地面に倒れたその人を抱え起こし、自分がさっきまで座っていたベンチに引きずりあげる。パッと見細い印象の体格の割に結構重くて、少し不格好にベンチに寝かせる形になった。
近くの自販機で水を買い、ハンカチに染み込ませ、額に乗せる。しかし、いくらここが木陰と言えど、外気温はそこそこ高い。
直ぐにぬるくなってしまうそれに、僕は「うーん……」と唸る。
念の為、彼の指先を押して、脱水症状の有無を確認する。
ピンク色に戻るまでに大体3秒。3秒以上戻らないと脱水症状確定だが、何とも怪しいラインだ。素人判断だが、汗をかいていない分脱水よりも体内に熱が篭もり過ぎて意識を失ったのだろう。
(近くのコンビニまで走る?でもその間に目が覚めて動くと危険だしなぁ……)
気を失ってしまっている以上、救急車を呼んだ方がいいのかもしれないが、外国人旅行者の場合、医療費が全額負担になるって聞いたことがある。
(……制度に明るい訳じゃないけど、この人に手持ちがなかったら「余計なことして!」って言われるかもしれない。)
もう少し様子を見て、それから対応しよう、と買ったばかりの冷たいペットボトルを、彼の首筋に当てる。
ちなみに僕がこんな平日の昼下がりから、公園にいるのは期末テストがあったからだ。
勉強を頑張った甲斐あって、そこそこ埋められたが、分からなかったところは勘で数字を選んで埋めた。
松野君は僕を待って一緒に帰ると言っていたが、2年生の僕には選択授業がある。それもあって松野君より終わるのが2時間も遅かったため、先に帰っていいよと伝えておいたのだ。
そのままテスト終わりの足で公園に立ち寄り、1人でチェスをしていたのだが、この人がいつから試合を観ていたのか全然分からないほどに集中していたらしい。
首にペットボトルを当てながら、赤くなった顔を屈んだまま覗き込む。黄色の混じっていない白い肌は、その分余計に赤みがよくわかる。
日本の夏は湿度が高い分、熱帯地域出身者でも過ごしにくいと言うほどのまとわりつく暑さだという。
臆測だが、恐らく北欧系の人なので余計に暑さに身体が堪えたのだろう。
(もう一本、水買ってこようかな。)
自販機ならすぐ近くだ。
首筋に当てている水も、ぬるくなってくるし、早く熱の篭った体を冷やすなら首筋の他にも脇の下や足の付け根などの太い血管も冷やすと早く身体を冷やすことが出来る。
そう思い、腰を浮かしたところで、瞼が僅かに震えたのがわかった。
「……大丈夫ですか?」
吃りそうになるのを堪えつつ、ゆっくりと目を開けた男の人に声をかける。
しばらく視線がさまよったかと思えば、意識がしっかりしたらしく、慌てて起きようとした。
「だめ、です。まだ、動かないで下さい。いきなり動くと危険です。」
所々言葉が止まりながらも、なんとか思ったままの言葉を口から出すことが出来た。
しかし、相手は起き上がろうとした姿勢のまま呆然とこちらを見ている。
(……あれ、もしかして、日本語分からないのかな……?)
肌の色もそうだが、瞳の色は吸い込まれそうなくらい澄んだ青色をしている。国際化の進む今、決めつけは良くないのかもしれないが、決して日本に多い色合いではない。観光客ならなおのこと言葉が通じていないかもしれない。
(日本語分かりますか?って聞いてみて、反応がなかったらカタコトでも英語で話しかけてみよう……!)
そう、僕は「日本語分かりますか?」って聞きたかった。
聞きたかったのに油断した時にやらかす僕の天性の口下手が、
「日本語分かりますよね?」
ここぞとばかりに見事発揮された。
(いや馬鹿~~!!分からないかもしれない人に何言ってんの僕~!!)
人目がなければ頭を抱えて蹲りたいレベルの失態。
だが、まだ希望はある。彼が全く日本語がわからない人ならば、僕が何を言ったかなんてわからないはず。
それならばまだ誤魔化しようが……
「……あぁ、はい、確かにわかりますが……」
(いやわかるんかーーい!!)
希望が絶たれた瞬間だった。
絶対「え、こいつ何いきなり……?」って思われている。
思った通りの言葉をなんとか伝えられていたから油断していた。
ふと、男の人が口を開く。
「……先程のチェスですが、アドルフ・アンデルセンの名局、『immortal』と同じ、ギャンビットからルーク2つをサクリファイスにしてキングを取ろうとしていましたよね?ただ相手も貴方なので、アクセプティドをしなかった。」
(え、めっちゃ喋るじゃん……)
さっきまで熱中症で倒れていたとは思えない。しかもわりとしっかりと試合見られてた。
「気になったのは、『immortal』のそれを黒でやろうとしていたことです。これは白だから活きる布陣でしょう?」
その質問に、僕は彼が今まで気を失っていた病人であるということを忘れて
「最初に誰かを犠牲にした方が勝つなんてつまらないじゃないですか!」
と、グッと顔を近づけて、先程の棋譜について自分の考えをペラペラ喋りだしてしまった。
「確かにあの定跡は先手に有利なものですが、相手も、僕ですからね。何をやりたいか分かってるから誘いに乗らない。それを僕もわかっているから、より誘いやすく動かしました。後手でどれくらい、『immortal』を活かすことが出来るのか、先手はどれくらいそれを交わすことが出来るのか、その結果がどんな局面になるのか。とてもワクワクする試合でしょう!?」
そこまで喋ったところで相手がぱちぱちと目を瞬かせているのが目に入る。
次第に自分のやらかしに気がついて、「……すみません、つい。」と熱い砂が覆う地面に座り込んだ。
(あーーー!何初対面の人にベラベラ語ってんの僕!?恥ずかしすぎる!)
そこそこチェスが強いかもしれないが、ただの子供の実験のような譜面を嬉々揚々と語ってしまったことへの羞恥心が積もっていく。
しかし、相手は心の広い人だったらしく、ふわりと笑うと、
「もしよければ、ボクと対局しませんか?」
対局を申し出てくれた。
(え、神じゃんこの人……)
**後書き**
チェスに関して作者は激弱なので、細かい所はスルーしていただけると助かります……まじで弱いしルール全部覚えられない……
この話ではストーリーの都合上、救急車を呼んではいませんが(ルドラ達は不法入国者なので病院行ったらバレる)、現実で熱中症患者の方の意識が無い、もしくは朦朧としている場合は直ぐに救急車を呼んで下さい。
(あわわわっこれどうすればいい!?どうすればいい!? )
公園で1人チェスを楽しんでいたら、いつの間にかそれを観戦していたらしい、外国の人。
この辺りでは見慣れない顔だったので、恐らく観光客の人なのだが、その人が口を開こうとした瞬間、ぐらりと体が傾いた。
(顔が赤い、熱いのに全然汗かいてない……熱中症の可能性が高い!)
慌てて、地面に倒れたその人を抱え起こし、自分がさっきまで座っていたベンチに引きずりあげる。パッと見細い印象の体格の割に結構重くて、少し不格好にベンチに寝かせる形になった。
近くの自販機で水を買い、ハンカチに染み込ませ、額に乗せる。しかし、いくらここが木陰と言えど、外気温はそこそこ高い。
直ぐにぬるくなってしまうそれに、僕は「うーん……」と唸る。
念の為、彼の指先を押して、脱水症状の有無を確認する。
ピンク色に戻るまでに大体3秒。3秒以上戻らないと脱水症状確定だが、何とも怪しいラインだ。素人判断だが、汗をかいていない分脱水よりも体内に熱が篭もり過ぎて意識を失ったのだろう。
(近くのコンビニまで走る?でもその間に目が覚めて動くと危険だしなぁ……)
気を失ってしまっている以上、救急車を呼んだ方がいいのかもしれないが、外国人旅行者の場合、医療費が全額負担になるって聞いたことがある。
(……制度に明るい訳じゃないけど、この人に手持ちがなかったら「余計なことして!」って言われるかもしれない。)
もう少し様子を見て、それから対応しよう、と買ったばかりの冷たいペットボトルを、彼の首筋に当てる。
ちなみに僕がこんな平日の昼下がりから、公園にいるのは期末テストがあったからだ。
勉強を頑張った甲斐あって、そこそこ埋められたが、分からなかったところは勘で数字を選んで埋めた。
松野君は僕を待って一緒に帰ると言っていたが、2年生の僕には選択授業がある。それもあって松野君より終わるのが2時間も遅かったため、先に帰っていいよと伝えておいたのだ。
そのままテスト終わりの足で公園に立ち寄り、1人でチェスをしていたのだが、この人がいつから試合を観ていたのか全然分からないほどに集中していたらしい。
首にペットボトルを当てながら、赤くなった顔を屈んだまま覗き込む。黄色の混じっていない白い肌は、その分余計に赤みがよくわかる。
日本の夏は湿度が高い分、熱帯地域出身者でも過ごしにくいと言うほどのまとわりつく暑さだという。
臆測だが、恐らく北欧系の人なので余計に暑さに身体が堪えたのだろう。
(もう一本、水買ってこようかな。)
自販機ならすぐ近くだ。
首筋に当てている水も、ぬるくなってくるし、早く熱の篭った体を冷やすなら首筋の他にも脇の下や足の付け根などの太い血管も冷やすと早く身体を冷やすことが出来る。
そう思い、腰を浮かしたところで、瞼が僅かに震えたのがわかった。
「……大丈夫ですか?」
吃りそうになるのを堪えつつ、ゆっくりと目を開けた男の人に声をかける。
しばらく視線がさまよったかと思えば、意識がしっかりしたらしく、慌てて起きようとした。
「だめ、です。まだ、動かないで下さい。いきなり動くと危険です。」
所々言葉が止まりながらも、なんとか思ったままの言葉を口から出すことが出来た。
しかし、相手は起き上がろうとした姿勢のまま呆然とこちらを見ている。
(……あれ、もしかして、日本語分からないのかな……?)
肌の色もそうだが、瞳の色は吸い込まれそうなくらい澄んだ青色をしている。国際化の進む今、決めつけは良くないのかもしれないが、決して日本に多い色合いではない。観光客ならなおのこと言葉が通じていないかもしれない。
(日本語分かりますか?って聞いてみて、反応がなかったらカタコトでも英語で話しかけてみよう……!)
そう、僕は「日本語分かりますか?」って聞きたかった。
聞きたかったのに油断した時にやらかす僕の天性の口下手が、
「日本語分かりますよね?」
ここぞとばかりに見事発揮された。
(いや馬鹿~~!!分からないかもしれない人に何言ってんの僕~!!)
人目がなければ頭を抱えて蹲りたいレベルの失態。
だが、まだ希望はある。彼が全く日本語がわからない人ならば、僕が何を言ったかなんてわからないはず。
それならばまだ誤魔化しようが……
「……あぁ、はい、確かにわかりますが……」
(いやわかるんかーーい!!)
希望が絶たれた瞬間だった。
絶対「え、こいつ何いきなり……?」って思われている。
思った通りの言葉をなんとか伝えられていたから油断していた。
ふと、男の人が口を開く。
「……先程のチェスですが、アドルフ・アンデルセンの名局、『immortal』と同じ、ギャンビットからルーク2つをサクリファイスにしてキングを取ろうとしていましたよね?ただ相手も貴方なので、アクセプティドをしなかった。」
(え、めっちゃ喋るじゃん……)
さっきまで熱中症で倒れていたとは思えない。しかもわりとしっかりと試合見られてた。
「気になったのは、『immortal』のそれを黒でやろうとしていたことです。これは白だから活きる布陣でしょう?」
その質問に、僕は彼が今まで気を失っていた病人であるということを忘れて
「最初に誰かを犠牲にした方が勝つなんてつまらないじゃないですか!」
と、グッと顔を近づけて、先程の棋譜について自分の考えをペラペラ喋りだしてしまった。
「確かにあの定跡は先手に有利なものですが、相手も、僕ですからね。何をやりたいか分かってるから誘いに乗らない。それを僕もわかっているから、より誘いやすく動かしました。後手でどれくらい、『immortal』を活かすことが出来るのか、先手はどれくらいそれを交わすことが出来るのか、その結果がどんな局面になるのか。とてもワクワクする試合でしょう!?」
そこまで喋ったところで相手がぱちぱちと目を瞬かせているのが目に入る。
次第に自分のやらかしに気がついて、「……すみません、つい。」と熱い砂が覆う地面に座り込んだ。
(あーーー!何初対面の人にベラベラ語ってんの僕!?恥ずかしすぎる!)
そこそこチェスが強いかもしれないが、ただの子供の実験のような譜面を嬉々揚々と語ってしまったことへの羞恥心が積もっていく。
しかし、相手は心の広い人だったらしく、ふわりと笑うと、
「もしよければ、ボクと対局しませんか?」
対局を申し出てくれた。
(え、神じゃんこの人……)
**後書き**
チェスに関して作者は激弱なので、細かい所はスルーしていただけると助かります……まじで弱いしルール全部覚えられない……
この話ではストーリーの都合上、救急車を呼んではいませんが(ルドラ達は不法入国者なので病院行ったらバレる)、現実で熱中症患者の方の意識が無い、もしくは朦朧としている場合は直ぐに救急車を呼んで下さい。

