時刻は少し遡って前日の朝。
様々なところで腹の探り合いが行われている中、何も気づかないまま、ミラクルを起こすのが今作の主人公、芝崎汪である。

芝崎がようやく、ボスとしての自覚を持ち出して、まず考えたのが自分や幹部の正体がバレた時のリスクだった。

(だって僕とか絶対すぐに捕まるし、学校とかに敵対組織みたいなのが来ちゃったらアウトじゃん……!関係ない人も巻き込まれるかもしれないし……!)

事実、牡丹組や紅葉組はチャトランガのボスが芝崎である事にたどり着いている。
それもあって、芝崎は活動するにあたっての変装を考えることにした。

(まず顔を隠すのは絶対だろ……声も変えないと意外と記憶に残るし……あとは体型?髪色も隠すって考えるとブカブカのパーカーとか理想なのかな?)

指紋も採られてしまえば証拠となってしまう、と読み込んだサスペンス小説の知識を元に、身元の特定に至りそうなものを片っ端からメモに走り書きしていく。

今までチャトランガは大きく表舞台に立ち動くことは無かった。そのため、ちゃんとした変装の必要性がなかったのだ。
だがこれから学生が社会人になり、仮に後任に引き継いでいくにしても、身バレというのはあまりにもリスクが大きすぎる。

口下手なりに頑張ってプレゼンしてみようと意気込みながら、いつもより家を早めに出て拠点へと向かう。
最近放課後だとあまり幹部のメンバーの集まりが良くないので、朝のうちに拠点に寄ってみることにしたのだが、朝は誰一人として拠点にいなかった。

ちなみにこの時点で、三叉槍(トリシューラ)の里田大樹、第三の目(アジュナ)の松野翔、野々本春は監視が着いており、拠点に立ち寄れないタイミングだったのだが、絶賛勘違い独り歩き中の芝崎が知るわけもない。

(……仕方ないや、なんか幹部会?とかもやってるみたいだし、その時頑張ってプレゼンしよ……)

念の為、メモを落として勘違いが!なんて展開を警戒して、いつも自分がチェスをする時に使わせてもらっている机に、メモを置いておくことにした。

そしてこの後やってきた三日月(チャーンド)である日向美夜が、メモを見つけ「これは変装用具の指示……!シヴァ様、とうとう下々の者に直接姿をお示しになるのですね……!」と盛大に勘違いをかまし、あれこれ特急で準備し始めるのだが、呑気に学校へと向かっている主人公はもちろん気づいていない。
ちゃんと勘違いを警戒したのにこのザマである。


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学校生活は普段と何ら変わりのない一日を過ごし、放課後松野君と合流して、他愛もないことを話しながら帰路を進む。
何時もならそのまま拠点に行く事もあるが、試験前のせいか松野君の足は迷いなく自宅方向へと向けられていた。

(まあ、学生の本分は勉強だもんね……僕も期末は頑張らなきゃ。)

と、意気込むが、残念松野翔は監視を警戒しているだけである。もちろん、松野翔はシヴァこと芝崎もそれを理解した上で一緒に帰路を歩いていると思っている。悲しいまでのすれ違い。

そんなこんなでただの学生と変わらない一日を過ごし、帰宅。
いたって普通の学生らしく「テスト頑張るぞー!」と自室で教科書に向かい合ったところで、ふとペンが止まった。

(……あれ?次の幹部会ってそもそもいつ?)

テストもあって集まりが悪い中、僕が拠点に行く日に幹部会があるとも限らない。何なら三叉槍(トリシューラ)さんは夏休みに入れば見回りを強化しないと、と言っていた。三叉槍(トリシューラ)さんだけではなく、他の幹部も治安維持のため、忙しくて拠点に集まれない可能性だってある。

(……こ、これは、ボスらしく皆を呼び集めるべき?)

なんとか震えた手でスマートフォンを取り出し、(サーンプ)さんの名前をタップする。開かれたメール制作画面に向き合いながら、「なんて書けばいいんだろ……」とダラダラ冷や汗を流す。

リスクマネジメントは大切だ。ましてや普通の組織と違って法やこの街の裏社会、治安が絡んでくる。

(できる限り早く皆に話した方がいいはず……!)

あとの問題は太鼓(ダマル)さんだ。
先日知ったが警察組織に所属しているみたいだし、チャトランガとして動く時、そのまま素顔を晒して活動するのはあまりにも危険すぎる。

(だから、今回は太鼓(ダマル)さんにも絶対来てもらわないと!)

ちゃんと皆で話し合って、身バレのリスクをどうするか、決めないといけない。

(そうなると……いきなり拠点に全員集合するのは危険……?太鼓(ダマル)さん警察官だし……いざと言う時に言い訳できるように、廃工場地帯の更に奥まった廃墟を指定して……)

そうすれば、仮に太鼓(ダマル)さんの同僚に見られたとしても、廃墟に集まっていた未成年を注意していたと言い訳が立つだろう。

廃墟へは不法侵入となってしまうが、まあ、そこは反社なので目を瞑ることにする。

「よし、『明日の夜10時過ぎに廃工場地帯○○廃工場に幹部全員集合して下さい』っと……大丈夫だよね?勘違いされないよね?」

何度も読み返しながら、恐る恐る送信ボタンをタップした。画面とわすがに爪の当たる音がして、メールはあっさりと(サーンプ)さんへ送信された。

(あ、そういえばせっかく書いたメモ……置きっぱになっちゃうな…… )

とはいえやっぱりちゃんとリスクについて話し合いをしたいし、メモはまた次拠点に行った時に回収すればいいか、と僕は再び教科書と向き合った。


そして次の日、僕が廃墟に到着すると三日月(チャーンド)さんがキラキラした顔で「シヴァ様!ご要望のものは全て用意してあります!」と変声機やら仮面やらを渡され、僕は背後に宇宙を背負った。

しかも肝心の太鼓(ダマル)さん居ないし!