「すでにご存知のようですが、今この街に国際テロ組織『弓の射手』が勢力拡大のため、若者のグループに声をかけているようです。」

ああ、でも青龍の長は話を蹴ったようですが。と淡々と話す、(サーンプ)と呼ばれた男。先程(ナディ)に気持ち悪い裏声、と言われた人物とは別なので、恐らく裏声の男は三叉槍(トリシューラ)だろう。

「……チャトランガも、彼らの動向を気にしているのですね。」
「ええ、この街に害をなす存在を野放しにはできませんので。」

きっぱりとそう言い切った(サーンプ)を代田は拳を握りしめたまま睨みつけた。
(サーンプ)への殺人教唆の疑いはまだ晴れた訳では無い。
だが、街を守るという強い意志を感じるその芯の通った声に、嘘はなかった。

「そこで、1つ提案があります。」

そう言って、革手袋に包まれた人差し指を立てる(サーンプ)。提案、という言葉に警察側に僅かな緊張が生まれた。

「我々と一時的に手を組みませんか。」

「は……!?」

思わず代田の口から言葉が零れる。
そして、隣に立つ公安の男を見遣れば、彼も僅かながらに目を開き、驚きを顕にしていた。

これは願ってもない話だ。
公安は協力者にするために『チャトランガ』の正体を探っていたのだから。だが、あまりにも話が早すぎてどうしても不信感が込み上げてくる。

こんな都合のいい展開があるのか、と。

ましてや相手はこれまで一切正体を掴ませなかったあの『チャトランガ』だ。

「……確かに、この街を守るという点では我々の目的は一致しています。ですが、」

と、公安の男が慎重に口を開く。

「それ以前に私たち警察組織があなた方を許すと思っているのですか?あなた方と組む私たち警察組織の利点は何でしょう?」

そんな公安の強気な姿勢に反応したのは意外にも新人幹部の第三の目(アジュナ)だった。

「え、でも警察って『弓の射手』の情報何も分かってないですよね。他のことも含め裏の情報網が増えるってだけでかなり利点なんじゃ……」

と、仮面越しにもキョトンとしているのが伝わる第三の目(アジュナ)のあっけらかんとした言葉に、「いや、相手にとっては駆け引きだからこれ。ズバズバ言ってどうするの。」と(ナディ)第三の目(アジュナ)の頭を叩いた。

公安の男も相手が未成年だと言うことに無意識に傲りがあったのだろう。
痛いところを突かれたと、眉間に僅かに皺が寄っている。

「ふふっ、すみません。第三の目(アジュナ)はご存知の通り新人ですので。多少は大目に見てやってください。」

なんて太鼓(ダマル)である大森のくすくす笑う声が響く。

それに気まずそうに「すみません……立案は得意なんですけど……」と第三の目(アジュナ)が謝罪を口にした。
こちらからすれば緊張で心臓を吐きそうだって言うのに、あまりにも気の抜けた様子のチャトランガ勢。それだけ心理的にも相手に余裕があるということだ。

「まあ、そもそもあんたらが許そうが許すまいが、俺らが本当にチャトランガであり、罪を立証することが可能なのかどうかだろ。現に、アンタらは俺たちが裏の組織であることはわかっていても、何をしてどう動いていたかなんてわかっちゃいないだろ。」

「もうっ!三叉槍(トリシューラ)まで!どいつもこいつも交渉ってものを知らないのかしら!」

ああ、もう!と嘆く(ナディ)
やり取りから推察するに彼女はどうやら普段は交渉などの対人事を任されているようだ。

(……だが、その(ナディ)が前に立って話さず、シヴァや(サーンプ)第三の目(アジュナ)達の言葉を失言として扱っていなければ止める素振りもない。)

つまり、これは交渉にきた訳では無いということ。
彼らの中で、いや、シヴァの中で警察と手を組むというのは決定事項なのだ。

(これが、シヴァという神の名で呼ばれる男……)

その傲慢さは確かに神に匹敵するだろう。
確かに、現状代田達は目の前の人物達が本当にチャトランガであると証明出来る訳では無い。あくまで彼らが自らをチャトランガだと名乗っているから彼らをチャトランガであると認識出来ているに過ぎないのだ。

「この街を守る。」

ふいにシヴァが口を開く。
こぼれ落ちた声は機械越しでもわかるほどに酷く凪いでいた。

「それ以外の利点が、今必要ですか?」

たったそれだけの言葉なのに、圧倒的な存在感があった。
場の空気が締まり、ふざけていた三叉槍(トリシューラ)達も静かに佇んでいる。

(……いや、まて。確かに『弓の射手』の狙いは日本だと公安も掴んでいる。だが、先程からこいつらはずっと「この街」と言っている……)

そこまで考えたところで、代田はハッと息を詰めた。

「……まさか、やつらの最初の狙いは……!!」

代田の言葉に、公安の男も気がついたらしく、今まで大きく表情を崩すことのなかったその目が大きく見開かれる。

「ええ、弓の射手のターゲットはこの街ですよ。」

(サーンプ)の声が嫌に廃墟に響いた。