一方その頃、青龍の拠点である林懐高校の空き教室にて、野々本はキレそうになっていた。
めちゃくちゃキレそうになっていた。

何ならもうキレている。

「……つまり、俺ら青龍がお前らのとこにつけって言ってんのか?」

今すぐ殴りたい衝動を抑えながら、少しでも情報を引き出す為に、必死に冷静を装う。
シヴァ様と第三の目(アジュナ)以外の下に付けとか地雷です。今すぐ帰って欲しい。

「簡単な話です。君のような子は槍の里田の下で収まっていられるような器では無いでしょう?」
「……随分過大評価してくれてんじゃねぇか。」

目の前の男は恐らくシヴァ様が警戒している新組織の人間だ。
向こうのトップは余程警戒心が強いらしく、この青龍を勧誘に来たというのに目の前の男は組織のトップではないらしい。

「我々のボスは、今の腐敗しきった社会を壊し、新たな秩序と社会を築きあげることを望んでいます。君もこの腐敗しきった社会に辟易している人間でしょう?」

君のことは調べさせて貰いました、と薄ら笑う目の前の男。
綺麗に撫で付けられた髪や上物のスーツを見る限り、相当な財力があちらにはあると見える。

「槍の里田に負け、傘下に下った後、君は紅葉組の抗争で目撃されています。抗争相手の牡丹組は『チャトランガ』という組織の名を口にしていた。君、チャトランガの事を知っていますよね?」
「……なるほど、そっちが本命か。」

恐らくチャトランガの全容が見えず、俺に直で接触してきたのだろう。
規模の拡大と情報の取得。一石二鳥を狙った勧誘という訳だ。

「君の社会への不満、苦しみ、怒り……我々はその全てを肯定します!さぁ、一緒にこの社会をぶち壊しましょう!『弓の射手』は君を歓迎しますよ。」

腕を広げ、さも尊大にそう誘う目の前の男。
相手の組織の名前はどうやら『弓の射手』というらしい。

(ひとつ情報は掴めた。 )

だが、もう少し情報を抜き取りたい。
本当ならこの辺りの芸当は幹部の(ナディ)が得意とする事だが、現状直で接触されているのは自分しかいない。
ならばできる所までやるだけだ。

「具体的な話が何も無い。具体性のない提案に乗るほど俺は馬鹿じゃあないんでね。」

そう切り返せば「勿論、我らのボスには素晴らしい案があります。」と高らかに告げる。

「ですが、これは最高機密(トップシークレット)。仲間になる前の貴方に教えることは出来ません。」
「なら平行線だな。その案が本当に価値のあるものか判断できない以上、俺らが参入するメリットがない。」

男の言葉にそうキッパリ告げれば、意外そうに目を見開いた。
恐らく血の気が多いだけとしか思っていなかったのだろう。

「……なるほど。槍の里田やチャトランガに反旗を翻すことはメリットに値しないと?」
「槍の里田は俺ら以上の規模をしている。やり合うにも確実性が無ければ動けない。」

チャトランガへの言及に対して、三叉槍(トリシューラ)……『槍の里田』だけに関して答える。
ただのその辺の不良と同じ扱いで情報が引き抜けると思うなよ、と心の中で悪態をついた。

「感心しましたよ。流石、伝統ある青龍を率いている男です。」

なんてわざとらしく拍手を鳴らす。

「私でしたらシヴァなどという正体不明の……失礼。噂ではただの学生らしいじゃないですか。そんな無能の下に置かれているなんて屈辱すぎてすぐに話に飛びついてしまいそうです。」

「あ゛?」

ピキッとこめかみの筋が音を立てた。
こいつは今なんて言った?

(落ち着け、落ち着け……!今殴り飛ばしたら衝突の理由に使われるぞ……!)

シヴァ様に迷惑をかけては元も子もないんだ。
ぐっと握りしめた拳が力を入れすぎて震える。

だがそれを煽られて苛立っていると勘違いした男は更に饒舌に言葉を並べていく。

「君の現状はそういう風に周りから見られているのですよ。伝統ある青龍のボスともあろう方が、正体もわからない都市伝説扱いの人物に怯えているなんて。」

(怯えてねーよ!崇拝してんだよ!!)

分かっていない目の前の男へ今すぐ殴りたい感情がどんどん込み上げてくる。

本当にわかっていない。チャトランガという組織は恐怖による圧政ではなく、シヴァ様への崇拝と尊敬によって成り立っている組織なんだ。
そもそもシヴァ様は敵には容赦しないが1度懐に招いた人物には圧倒的なその庇護を与えてくれる神だぞ神。
というかあのお方のあの御姿を見ても同じこと言えるのか??あの涼やかな目元にじっと見つめられたら俺は気絶できる。まあ、そもそも後光が差してて(幻覚)直視できないけどな!

はーシヴァ様に会いてぇー!!

と、思っていたら

「よぉー野々本ぉー遊びに来たぞぉー!」
「なんっっでだよ!!!」

何故かシヴァ様じゃなくて槍の里田である三叉槍(トリシューラ)がやってきた。
他校の空き教室なのに堂々と入ってくるなよ。

「あ?誰だこいつ。」
「……タイミング最悪じゃん。」

そうボヤく俺とは対照的に、弓の射手と名乗った目の前の男はどうやら三叉槍(トリシューラ)の動向に知っていたらしく、スマートフォンを見ながら「先ほど出発したにしては予想より随分と早いご到着ですね。」と言葉を落とした。

この男から情報を引き抜くにしろ、これ以上は無理だろう。やつらは三叉槍(トリシューラ)を引き抜く気はないらしい。
そうなればこれ以上この場での腹の探り合いは無いはずだ。

「では、私はこの辺で失礼しましょう。いい返事をお待ちしていますよ、野々本くん。」

案の定そう言って場を去ることを決断した弓の射手と名乗った男。
三叉槍(トリシューラ)がチラリとこちらにアイコンタクトを送ってくるが、俺はそれに首を振って動くなとアイコンタクトを返す。
下手に拘束すれば抗争の理由に使われかねない。

「ではまた、いずれ。」

そう言って扉を閉めた男の足音が遠のくのを確認して、三叉槍(トリシューラ)が「あいつは?」と言葉を投げる。

「恐らくシヴァ様が警戒している組織の人間です。」
「マジか。俺最悪のタイミングに来ちまったな。何か情報は?」
「組織の名前だけは。『弓の射手』と名乗っていました。後は三叉槍(トリシューラ)の動向に関して連絡を受けていたみたいです。幹部は監視が着いていると考えていいと思います。」
「名前が分かっただけ上々。監視に関しては予想通りだな……」

あとは警察が相手をどこまで把握してるかだな、と呟いた三叉槍(トリシューラ)は、ポケットからスマートフォンを取り出し、

「ひとまず、(サーンプ)に報告だな。」

と、呼出音のなるそれを耳へと当てた。