そんなこんなで紅葉組が潰え2日が経ち、未だ裏社会に動揺が残る中、チャトランガのボスである芝崎は、久々に幹部のみんなと心行くまでチェスが出来、いつも以上に気分が高揚していた。
表情に大した変化はないが、芝崎がご機嫌な事を察した幹部達は「紅葉組潰せたのがそんなに嬉しいんだな、シヴァ様。」と全く違う解釈をしていた。この温度差よ。
ちなみに芝崎がチェスをしている間に松野翔は幹部として正式に昇格した。いい加減芝崎はちゃんと周りとの意思疎通を図った方がいい。
****
とはいえ僕らも学生なので、そろそろ期末試験が控えている。そのため、
(はー全くわかんねー!!)
3人も同じ高校の生徒がいる事もあり、今日はチャトランガのアジトで勉強会が行われていた。先日暴力団1つ潰したとは思えないこの平和具合。
勉強会といえど、学年は3年2年1年それぞれ1人ずつとバラけているので、基本的に松野君が分からないところを僕たちが教える形になっていた。
僕は分からない所あっても多すぎで「え、この人めっちゃバカじゃん……」なんて思われたら死ぬ自信しかないので、分からないところ無いですよー感を出しながら適当に回答を埋めている。
「あ、なるほど、ここはこの公式を使えばいいんですね!」
「そーそー!第三の目は飲み込み早いな!」
(ん??)
目の前で行われる二人の会話に内心首を傾げる。
今、三叉槍さん、松野君の事を第三の目と呼んでいなかっただろうか?
(……え、松野君いつの間に2つ名決まってんの!?)
ちなみに幹部が率先して第三の目の方の名前を呼ぶのは松野翔に早く幹部名に慣れてもらう為である。
(……うん、考えないようにしよう。)
いつの間にか幹部入りとか松野君強すぎぃ……
それにしても、と無理やり思考を切り替える。
(三叉槍さん、見た目不良なのに勉強できるんだ……)
なんて若干失礼な事を思いながら、三叉槍のやっているプリントを眺める。
当然の事ながら3年生の数学なんてちんぷんかんぷんなので、ただ見てるだけだ。
(こことか計算式多すぎで訳分かんねー。)
「ん?シヴァ様?どうした??」
あまりにプリントを見すぎたのか三叉槍さんがこちらを見て首を傾げる。
あ、違うんです。ただ見てただけなんです。
そう弁明しようとして僕の口から飛び出したのは
「計算式のここ。」
という言葉だけだった。圧倒的文字数のなさ。
だが見てたということは伝わるだろう。
ダメ押しで見ていた問題の所を人差し指で指し示す。
「ここ……あっやっべ計算ミスってる!シヴァ様ありがとうございます!」
「すごい……シヴァ様3年生の問題も解けちゃうんですね……」
(いやこれ偶然ー!)
もちろん「たまたまだよ。」と弁明しても「シヴァ様って謙虚ですよね。」と信じて貰えない。悲しい。
「そういえば期末終われば夏休みですね。シヴァ様や里田先輩は何か用事あるんですか?」
「夏休みなー。ハメ外すバカが出てくるから見回りは強化すんけど、特にはなぁ……まあ、せいぜいここに顔出すのが増えるくらいか?」
「あー……確かに、夏は日が長くなるし暖かい分夜まで騒ぐ若者も増えますしね……」
「ああ、だから夜間は見回りしねーと治安が悪くなんだよ。」
(なんかすごい自警団ぽいことしてる……)
括りで言えば反社会的勢力や半グレ集団に近いけど、チャトランガは着実にこの街の自警団となりつつある気がする。
ボスである僕は何もしてないけれど先日暴力団潰していたし。
今、僕たち10代はある程度時間に余裕がある。だから夏休みという時間を使ってそういった治安維持活動ができる。
(でも、僕や三叉槍さん、蛇さん達が社会人になったらどうするんだろ……)
別に、治安維持なんて本来は警察の仕事だし、僕達がずっとやらなきゃいけない訳じゃない。
(……ま、僕が気にすることじゃないか。)
どうせ僕なんて勘違いによってボスになってしまっただけの凡人以下の人間だ。
勘違いをこれ以上広めないようにだけ気をつけていよう。
しばらく3人で勉強をし、ある程度終わった所で、今日は解散となった。
三叉槍さんは僕を送ると言っていたが、三叉槍さんの家はまるっきり反対方向だし、何ならまだ16時過ぎだ。夜道という訳でもないし、申し訳ないので丁重に断っておいた。
帰路をしばらく進み、細い路地裏から大通りへと出る。
すると、少し進んだ先に座り込むおばあちゃんが見えた。
周りの人達は知らん顔で通り過ぎていくが、転んでしまったのか、その場から立ち上がれずにいる。
そんな様子に慌てて駆け寄り、少し離れたところに転がっていた杖を手渡した。
なんとか「大丈夫ですか?」という言葉を絞り出しながら、おばあちゃんが立ち上がるのを補助する。足もしっかりつけているし、手や指先に痣や変な方向に曲がったりしていないことから骨折などはしていないようで、ホッと息をついた。
「ありがとねぇ。杖に手が届かなくてね……ごめんねぇ、お兄さん。あそこにあるボードも拾ってくれるかい?」
(ボード……?)
おばあちゃんが指さした先には少し大きいボードが落ちていた。
人が歩く中それを拾いあげれば、踏まれてしまったのか隅が汚れており、それを手で払う。
そして、反対側も汚れていないか、とそのボードをひっくり返した。
(……え?)
そこに書かれていたのは手書きの1文だった。
「お兄さん、ありがとうね。」
「あ、いえ……」
『ちゃとらんが(ちゃとらんか?)と名乗る方々を探しています。』
そう書かれたそのボードを大切そうに受け取るおばあちゃん。
あまりにも優しい顔をしてそのボードを受け取るので、
「どうして、探しているんですか?」
と、言葉が滑り落ちた。
わからなかった。だってどちらかと言えばチャトランガは裏の社会の組織で、こんな優しい顔したおばあちゃんが探す理由がわからなかった。ましてや、そんな大切そうに名前を指で撫でるなんて余計にわからなかった。
「孫娘がね、助けてもらったんだよ。夜道に襲われそうになったところをね、このちゃとらんがって人達がね、助けてくれたんだよ。」
どうしてもお礼が言いたくて、毎日ここで探しているのだと、おばあちゃんはそのシワシワの顔をさらに優しくして言うのだ。
心臓を掴まれたような気がした。恋とかそういうのじゃなくて、現実を見せられたような、そんな感覚だ。
自警団ぽい?
違う。チャトランガはこの街の自警団だ。確かにやってることは非合法な事もある。褒められた事じゃないし、世間から見れば正しくないことも多いと思う。
それでも、助けられた人がいる。
感謝してくれる人がいる。
見ていたようで見ていなかったその事実を突きつけられた気がした。
一応、不本意、本当に不本意で勘違いによってなったけれど、僕はチャトランガのボスなんだ。
この街にチャトランガという組織によって守られている人がいるのなら、それはきっと最後まで責任を持たなきゃいけない。
ボスになったのは本当に不本意だけど!
(……僕は何も出来ない人間だと思ってた。)
だって口下手で表情も上手く動かせなくて、勘違いされてばっかりで。
それでも、目の前で優しく笑うこの人の大切な人が守られた。僕の力じゃないけど、それでも僕がいる組織というのは、そうやって誰かを守れる組織なんだ。
(守らないと……僕は、ボスなんだから。)
この組織を、この街を守らなければ。
いつか、チャトランガが必要とされなくなるその日まで。
「おばあちゃん。」
「はぁい?」
「お礼確かに受け取りました。」
そう言えばぽかんと口を開いたまま、ボードと僕の顔を交互に見やる。
そしてその言葉の意味に気がついたのか、あたふたと「あ、」や「え、」と言葉にならない音を発している。それに苦笑しながらも、「もう転ばないように気をつけて下さいね。」と踵を返した。
しかし、「まって!」と手を掴まれ、進めようとした足が止まる。
「本当にありがとう……!あなた達のお陰で孫娘が来月結婚できるのっ本当に……!本当にありがとう……!」
「……ええ、もう僕たちを探しては駄目ですよ。」
そうして、僕の手を掴むその暖かい手を優しく外した。
(あれ?僕もしかして口下手克服できた……!?)
今度こそ帰路についた僕は、自分が思っていたことがスムーズに言葉に出せたことに気がついて密かに歓喜した。
ちなみにこの後調子に乗って蛇さんに電話をして、克服は気のせいだったと判明した。
多分対ご老人限定。
表情に大した変化はないが、芝崎がご機嫌な事を察した幹部達は「紅葉組潰せたのがそんなに嬉しいんだな、シヴァ様。」と全く違う解釈をしていた。この温度差よ。
ちなみに芝崎がチェスをしている間に松野翔は幹部として正式に昇格した。いい加減芝崎はちゃんと周りとの意思疎通を図った方がいい。
****
とはいえ僕らも学生なので、そろそろ期末試験が控えている。そのため、
(はー全くわかんねー!!)
3人も同じ高校の生徒がいる事もあり、今日はチャトランガのアジトで勉強会が行われていた。先日暴力団1つ潰したとは思えないこの平和具合。
勉強会といえど、学年は3年2年1年それぞれ1人ずつとバラけているので、基本的に松野君が分からないところを僕たちが教える形になっていた。
僕は分からない所あっても多すぎで「え、この人めっちゃバカじゃん……」なんて思われたら死ぬ自信しかないので、分からないところ無いですよー感を出しながら適当に回答を埋めている。
「あ、なるほど、ここはこの公式を使えばいいんですね!」
「そーそー!第三の目は飲み込み早いな!」
(ん??)
目の前で行われる二人の会話に内心首を傾げる。
今、三叉槍さん、松野君の事を第三の目と呼んでいなかっただろうか?
(……え、松野君いつの間に2つ名決まってんの!?)
ちなみに幹部が率先して第三の目の方の名前を呼ぶのは松野翔に早く幹部名に慣れてもらう為である。
(……うん、考えないようにしよう。)
いつの間にか幹部入りとか松野君強すぎぃ……
それにしても、と無理やり思考を切り替える。
(三叉槍さん、見た目不良なのに勉強できるんだ……)
なんて若干失礼な事を思いながら、三叉槍のやっているプリントを眺める。
当然の事ながら3年生の数学なんてちんぷんかんぷんなので、ただ見てるだけだ。
(こことか計算式多すぎで訳分かんねー。)
「ん?シヴァ様?どうした??」
あまりにプリントを見すぎたのか三叉槍さんがこちらを見て首を傾げる。
あ、違うんです。ただ見てただけなんです。
そう弁明しようとして僕の口から飛び出したのは
「計算式のここ。」
という言葉だけだった。圧倒的文字数のなさ。
だが見てたということは伝わるだろう。
ダメ押しで見ていた問題の所を人差し指で指し示す。
「ここ……あっやっべ計算ミスってる!シヴァ様ありがとうございます!」
「すごい……シヴァ様3年生の問題も解けちゃうんですね……」
(いやこれ偶然ー!)
もちろん「たまたまだよ。」と弁明しても「シヴァ様って謙虚ですよね。」と信じて貰えない。悲しい。
「そういえば期末終われば夏休みですね。シヴァ様や里田先輩は何か用事あるんですか?」
「夏休みなー。ハメ外すバカが出てくるから見回りは強化すんけど、特にはなぁ……まあ、せいぜいここに顔出すのが増えるくらいか?」
「あー……確かに、夏は日が長くなるし暖かい分夜まで騒ぐ若者も増えますしね……」
「ああ、だから夜間は見回りしねーと治安が悪くなんだよ。」
(なんかすごい自警団ぽいことしてる……)
括りで言えば反社会的勢力や半グレ集団に近いけど、チャトランガは着実にこの街の自警団となりつつある気がする。
ボスである僕は何もしてないけれど先日暴力団潰していたし。
今、僕たち10代はある程度時間に余裕がある。だから夏休みという時間を使ってそういった治安維持活動ができる。
(でも、僕や三叉槍さん、蛇さん達が社会人になったらどうするんだろ……)
別に、治安維持なんて本来は警察の仕事だし、僕達がずっとやらなきゃいけない訳じゃない。
(……ま、僕が気にすることじゃないか。)
どうせ僕なんて勘違いによってボスになってしまっただけの凡人以下の人間だ。
勘違いをこれ以上広めないようにだけ気をつけていよう。
しばらく3人で勉強をし、ある程度終わった所で、今日は解散となった。
三叉槍さんは僕を送ると言っていたが、三叉槍さんの家はまるっきり反対方向だし、何ならまだ16時過ぎだ。夜道という訳でもないし、申し訳ないので丁重に断っておいた。
帰路をしばらく進み、細い路地裏から大通りへと出る。
すると、少し進んだ先に座り込むおばあちゃんが見えた。
周りの人達は知らん顔で通り過ぎていくが、転んでしまったのか、その場から立ち上がれずにいる。
そんな様子に慌てて駆け寄り、少し離れたところに転がっていた杖を手渡した。
なんとか「大丈夫ですか?」という言葉を絞り出しながら、おばあちゃんが立ち上がるのを補助する。足もしっかりつけているし、手や指先に痣や変な方向に曲がったりしていないことから骨折などはしていないようで、ホッと息をついた。
「ありがとねぇ。杖に手が届かなくてね……ごめんねぇ、お兄さん。あそこにあるボードも拾ってくれるかい?」
(ボード……?)
おばあちゃんが指さした先には少し大きいボードが落ちていた。
人が歩く中それを拾いあげれば、踏まれてしまったのか隅が汚れており、それを手で払う。
そして、反対側も汚れていないか、とそのボードをひっくり返した。
(……え?)
そこに書かれていたのは手書きの1文だった。
「お兄さん、ありがとうね。」
「あ、いえ……」
『ちゃとらんが(ちゃとらんか?)と名乗る方々を探しています。』
そう書かれたそのボードを大切そうに受け取るおばあちゃん。
あまりにも優しい顔をしてそのボードを受け取るので、
「どうして、探しているんですか?」
と、言葉が滑り落ちた。
わからなかった。だってどちらかと言えばチャトランガは裏の社会の組織で、こんな優しい顔したおばあちゃんが探す理由がわからなかった。ましてや、そんな大切そうに名前を指で撫でるなんて余計にわからなかった。
「孫娘がね、助けてもらったんだよ。夜道に襲われそうになったところをね、このちゃとらんがって人達がね、助けてくれたんだよ。」
どうしてもお礼が言いたくて、毎日ここで探しているのだと、おばあちゃんはそのシワシワの顔をさらに優しくして言うのだ。
心臓を掴まれたような気がした。恋とかそういうのじゃなくて、現実を見せられたような、そんな感覚だ。
自警団ぽい?
違う。チャトランガはこの街の自警団だ。確かにやってることは非合法な事もある。褒められた事じゃないし、世間から見れば正しくないことも多いと思う。
それでも、助けられた人がいる。
感謝してくれる人がいる。
見ていたようで見ていなかったその事実を突きつけられた気がした。
一応、不本意、本当に不本意で勘違いによってなったけれど、僕はチャトランガのボスなんだ。
この街にチャトランガという組織によって守られている人がいるのなら、それはきっと最後まで責任を持たなきゃいけない。
ボスになったのは本当に不本意だけど!
(……僕は何も出来ない人間だと思ってた。)
だって口下手で表情も上手く動かせなくて、勘違いされてばっかりで。
それでも、目の前で優しく笑うこの人の大切な人が守られた。僕の力じゃないけど、それでも僕がいる組織というのは、そうやって誰かを守れる組織なんだ。
(守らないと……僕は、ボスなんだから。)
この組織を、この街を守らなければ。
いつか、チャトランガが必要とされなくなるその日まで。
「おばあちゃん。」
「はぁい?」
「お礼確かに受け取りました。」
そう言えばぽかんと口を開いたまま、ボードと僕の顔を交互に見やる。
そしてその言葉の意味に気がついたのか、あたふたと「あ、」や「え、」と言葉にならない音を発している。それに苦笑しながらも、「もう転ばないように気をつけて下さいね。」と踵を返した。
しかし、「まって!」と手を掴まれ、進めようとした足が止まる。
「本当にありがとう……!あなた達のお陰で孫娘が来月結婚できるのっ本当に……!本当にありがとう……!」
「……ええ、もう僕たちを探しては駄目ですよ。」
そうして、僕の手を掴むその暖かい手を優しく外した。
(あれ?僕もしかして口下手克服できた……!?)
今度こそ帰路についた僕は、自分が思っていたことがスムーズに言葉に出せたことに気がついて密かに歓喜した。
ちなみにこの後調子に乗って蛇さんに電話をして、克服は気のせいだったと判明した。
多分対ご老人限定。