実際はシヴァ様直々に礼を受けたという事実に尊さが爆発して崩れ落ちただけなのだが、そんな事実を知らない芝崎は「自分はそんなにお礼も言えない人間だと思われていたのか……」と密かにショックを受けていた。
しかし、そこを深堀すると余計にダメージを受けそうなので、会議をここで終わらせることにした。そういう所が勘違いを助長させるんだぞ。

「……じゃあ、明後日に。」

と、席を立った芝崎の姿に幹部はすぐさま姿勢を正し、見送る体制をとる。

芝崎は統率の取れすぎたその行動に内心ちょっぴり泣いた。どこかのボスみたいじゃん……(※ボスです。)


芝崎が部屋を去ってから幹部たちの動きは早かった。
(サーンプ)はすぐさま牡丹組への情報のすり合わせを行い、当日の動きを決め、それぞれの役割と仕事を確認していく。

三日月(チャーンド)は紅葉組の拠点の洗い出し。その他見取り図や建物のセキュリティなどをハッキングし、三叉槍(トリシューラ)は戦力の確保に、(ナディ)は情報をどの程度流すのかを打ち合わせしつつ、内容を決めていく。
次々と幹部たちのが動き出す中、ふとやることが無くなった太鼓(ダマル)

『そういえば、松野翔の幹部名どうします?』

と、突然の話題を振ってきた。
もちろん、自分の話題がくるとは思っていなかった松野は「えっ!?」と驚き、(サーンプ)達は「そういえば決めてなかったな。」と言葉を落とす。

「やっぱり『目』じゃない?」
「『目』……ですか?」

(ナディ)である宮川の言葉に松野は瞼を瞬かせる。

「松野翔は平凡であり非凡な視点とその作戦の立案力でシヴァ様に実力を買われているはず。ある意味『目』よね。」
「確かにな。それに松野は意図せず表にシヴァ様の影武者のような状態になっている。シヴァ様の目の『代わり』と考えれば『目』の役割でいいだろう。」

と、三日月(チャーンド)(サーンプ)も賛同し、三叉槍(トリシューラ)は「俺その辺よくわかんねーし、それでいいんじゃね?」と頭の後ろで手を組んだ。

「松野、お前は恐らくこの作戦が終われば幹部へとなるだろう。」
「えっ!!?」

確かに幹部候補として数えられているのは知っていた。だけど、こんなに早く幹部になるとは松野自身思っていなかった。

まさか、こんなにも早く、(サーンプ)さんや、三叉槍(トリシューラ)さん達と並び立てることになるなんて……と松野は胸の前で拳を握りしめた。
憧れや尊敬、そしてそれ以上の不安。

期待に応えたいという気持ちと応えられるだろうか、という似ているようで相反している気持ちが胸の中をグルグルと渦巻いていた。

「その時、お前は『第三の目(アジュナ)』と名乗れ。」
「それが、僕の幹部名……」

松野は名前を貰うとき、もっと不安が増すと思っていた。
だって、こんな平凡な自分が、幹部としての名前を貰うのだ。きっとその重責に潰れると思っていた。

けれど、実際はどうだろうか。

「その名に、」

幹部に、シヴァ様に認められたというその事実が、

「その名に恥じぬ働きをします!」

松野にとって、どうしようもなく嬉しかった。

そんな松野の心情をよそに、ボスであるはずの芝崎が知らないところで新しい幹部とその名前が決定された。
何なら松野が幹部候補だと知ったのも芝崎にとっては今日のことである。いい加減意思疎通を図ったほうがいい。

そして着々と紅葉組潰しの計画は進み、この集会の2日後の午前8時。紅葉組の本拠地及び支局は敵対組織、牡丹組により制圧され、紅葉組は事実上解散ということになった。

しかし、これに動揺したのは裏社会だけではなく、紅葉組を追っていた警察側も同様だった。

起きた出来事だけを見れば、暴力団同士の抗争。
だが、牡丹組には相手を制圧できるだけの戦力も財力もなかったはずだ。
何より、そんなに簡単に潰れてしまうような組織であったなら警察だってとっくに紅葉組に令状片手に乗り込んでいる。

しかも事前に不穏な動きはなく、あったと言えば下っ端の小競り合いがこの前廃ビルであったくらいだ。

それだけで長年睨み合って動かなかった2組が抗争するとも思えない。

だが、事実として紅葉組は潰えた。
対策課はこれから起こるであろう裏社会の騒乱の対応に追われることとなり、捜査上はただの抗争として片付けられる運びとなった。

(……んなわけねぇ。絶対裏でシヴァが絡んでやがる。)

ただ1人、代田だけがその真実へと近づき始めていた。