紅葉組の若頭は焦っていた。
現在、紅葉組は着々とその勢力を広げ、分派である牡丹組を潰す日も近いとほくそ笑んでいたというのに、突然現れた『チャトランガ』と名乗る謎の勢力が不良や半グレどもをまとめ出したのだ。
詐欺の受け子や掛け子、果てにはクスリの売人までもが足を洗い、組の売上は半減どころの騒ぎじゃない。
かと言ってクスリの元売人や半グレだった若者達を脅せば『チャトランガ』が匿い、庇護下に置いてしまう。
シヴァ、という謎の長がまとめる謎の組織。その規模は既にその辺の暴力団の規模を優に超えている。
だからこそ庇護下に置かれてしまえば下手に手を出せないのが現状だった。
とはいえ何もしないままでは紅葉組の面子が丸潰れだ。
だからこそ入念な下調べの#後__のち__#に、シヴァと呼ばれる者の正体がただの高校生であることを突き止めた。
いや、今思えばその情報でさえ、囮だったのかもしれない。
だが、ただの高校生の組織なら上手いこと取り込めばこれから組はもっと大きく出来る。そう思ってしまった俺は、牡丹組に情報を流し、牡丹組がチャトランガのボスに危害を加える瞬間を待っていた。そして、計画通り牡丹組はチャトランガのボスを攫い、紅葉組がそれを救出し、恩を売る。
まあ、チャトランガが傘下に下ることを頷かなかった場合、最後には脅してでも何をしてでも頷かせるつもりではあったが。
だからこそ、手の付けられない戦闘狂である狂犬を向かわせた。
あいつなら牡丹組の主戦力を簡単に潰せるだろうし、シヴァに、圧倒的な暴力を見せつけるためでもあった。
それだというのに、
「……狂犬がやられた……!?」
届いた知らせは怯えたシヴァの様子でも、狂犬が暴れすぎて殺してしまったなんていう報告でもなく、狂犬が死にかけで搬送された、なんて耳を疑う内容だった。
あの狂犬を、だ。
手の付けられないあの戦闘狂をものの数秒で半殺しにしてしまった。
ただの高校生であるはずの、シヴァと名乗る少年に。
(いや、よく考えろ。これはチャンスだ。)
牡丹組に攫われたシヴァを助けようとしたのに紅葉組の構成員はシヴァによって殺されかけた。
その仇討ちとしてチャトランガを潰し、そのまま牡丹組も潰してしまえばいい。
大義名分はこちら側にある。
(そうだ、傘下になんて入れてやらなくても俺たち紅葉組がトップになりゃ若ぇのなんて勝手に入ってくる。)
だから脅しも兼ねてシヴァに接触を測った。
電車に揺られ窓の外を見るその姿は確かにどこかの宗教画のような神々しさを感じたが、やはりあの細腕で狂犬を半殺しに出来るとは思えない。
真面目にも学校に向かうその背中から襲いかかり、裏路地にでも引きずり込んで脅してやろう、と思えば、シヴァは予想に反して、ホームのベンチに座り込んだ。
丁寧に隣に1人分、スペースを開けて。
(……バレてるってのかい。)
早く座れよ、とこちらを見やる様に背筋に冷たいものが走る。(※熱でボーッとしていただけ)
切れ長の瞳がいつもよりも鋭さを増し(※眠くて半目になっていただけ)、それに伴い周りの空気の温度が冷たくなっていくような錯覚を起こす。
せっかくの誘いだ。調子に乗った若造の誘いに乗ってやることにし、開けられたそのベンチに腰を下ろす。
「おめーさん、随分と派手にやってくれたじゃねぇか。うちの組のもんに手ェ出してタダで済むと思ってんのか?」
と、出だしから圧をかけてみるも、シヴァは何も言わない。
対面してみて思ったが、暴力団の若頭である俺を相手にこの物怖じしない態度。肝の座り方が尋常じゃない。
(……やはりここで潰すにはちぃと惜しい人材だな……)
ならば、と
「落とし前はつけなきゃなんねーよなァ?選べよ、おめーさんの仲間のために俺らの傘下に下るか、責任取って素直に潰されるか……」
実質ひとつしか選べないような選択肢を提示した。チャトランガは情に厚い組織だということはやってることを見てりゃわかる。
仲間を引き合いに出されれば、シヴァは傘下に下ることしか選べないはず。
「さぁ、おめーさんはどうする?」
なんて答えなんて分かりきっているのに、そう追い詰めるように問えば、ようやくシヴァはその口を開いた。
「……ちょうど、時間だ。」
(……は?時間??)
予期せぬ回答に思わず動きが止まった。
その間にシヴァはサッと立ち上がり、歩き始めてしまう。
意味がわからねぇとシヴァの腕を掴もうとしたその瞬間、ポケットに入っていた携帯電話が着信を知らせた。
まるで、測ったようなそのタイミングに、薄ら寒いものを感じながら、電話に出る。
電話の向こうの声は部下のもので、狂犬の回収に向かわせた部下だった。
「……なんだ、意識でも戻ったか。」
『いえ!あ、いや、意識は戻ったようなんですが……あの……』
「なんだぁまどろっこしい。さっさと言わねぇかボケ。」
『きょ、狂犬が、寝返りました……!病院のどこにも居ません!』
「……は?」
思わずシヴァが去っていったその方角を見る。
測ったようなタイミングだって?
いや、実質シヴァは分かっていたんだ。狂犬がいつ目覚め、そして自分たちに着くと決めるその時間を。
(あの狂犬だぞ?喧嘩にしか興味がなくて、紅葉組に入ったのだって自分より強いヤツと戦えるからって……)
シヴァとリベンジするなら後々抗争する紅葉組にいる方が有利なはずだ。それなのに、狂犬が仲間になっただと?
ありえない。
ありえないはずなんだ。
「……なんなんだよ……あのガキは……!」
答えなんて聞くまでもなかった。
あいつは、シヴァは、初めから紅葉組と徹底抗戦するつもりだったんだ。
現在、紅葉組は着々とその勢力を広げ、分派である牡丹組を潰す日も近いとほくそ笑んでいたというのに、突然現れた『チャトランガ』と名乗る謎の勢力が不良や半グレどもをまとめ出したのだ。
詐欺の受け子や掛け子、果てにはクスリの売人までもが足を洗い、組の売上は半減どころの騒ぎじゃない。
かと言ってクスリの元売人や半グレだった若者達を脅せば『チャトランガ』が匿い、庇護下に置いてしまう。
シヴァ、という謎の長がまとめる謎の組織。その規模は既にその辺の暴力団の規模を優に超えている。
だからこそ庇護下に置かれてしまえば下手に手を出せないのが現状だった。
とはいえ何もしないままでは紅葉組の面子が丸潰れだ。
だからこそ入念な下調べの#後__のち__#に、シヴァと呼ばれる者の正体がただの高校生であることを突き止めた。
いや、今思えばその情報でさえ、囮だったのかもしれない。
だが、ただの高校生の組織なら上手いこと取り込めばこれから組はもっと大きく出来る。そう思ってしまった俺は、牡丹組に情報を流し、牡丹組がチャトランガのボスに危害を加える瞬間を待っていた。そして、計画通り牡丹組はチャトランガのボスを攫い、紅葉組がそれを救出し、恩を売る。
まあ、チャトランガが傘下に下ることを頷かなかった場合、最後には脅してでも何をしてでも頷かせるつもりではあったが。
だからこそ、手の付けられない戦闘狂である狂犬を向かわせた。
あいつなら牡丹組の主戦力を簡単に潰せるだろうし、シヴァに、圧倒的な暴力を見せつけるためでもあった。
それだというのに、
「……狂犬がやられた……!?」
届いた知らせは怯えたシヴァの様子でも、狂犬が暴れすぎて殺してしまったなんていう報告でもなく、狂犬が死にかけで搬送された、なんて耳を疑う内容だった。
あの狂犬を、だ。
手の付けられないあの戦闘狂をものの数秒で半殺しにしてしまった。
ただの高校生であるはずの、シヴァと名乗る少年に。
(いや、よく考えろ。これはチャンスだ。)
牡丹組に攫われたシヴァを助けようとしたのに紅葉組の構成員はシヴァによって殺されかけた。
その仇討ちとしてチャトランガを潰し、そのまま牡丹組も潰してしまえばいい。
大義名分はこちら側にある。
(そうだ、傘下になんて入れてやらなくても俺たち紅葉組がトップになりゃ若ぇのなんて勝手に入ってくる。)
だから脅しも兼ねてシヴァに接触を測った。
電車に揺られ窓の外を見るその姿は確かにどこかの宗教画のような神々しさを感じたが、やはりあの細腕で狂犬を半殺しに出来るとは思えない。
真面目にも学校に向かうその背中から襲いかかり、裏路地にでも引きずり込んで脅してやろう、と思えば、シヴァは予想に反して、ホームのベンチに座り込んだ。
丁寧に隣に1人分、スペースを開けて。
(……バレてるってのかい。)
早く座れよ、とこちらを見やる様に背筋に冷たいものが走る。(※熱でボーッとしていただけ)
切れ長の瞳がいつもよりも鋭さを増し(※眠くて半目になっていただけ)、それに伴い周りの空気の温度が冷たくなっていくような錯覚を起こす。
せっかくの誘いだ。調子に乗った若造の誘いに乗ってやることにし、開けられたそのベンチに腰を下ろす。
「おめーさん、随分と派手にやってくれたじゃねぇか。うちの組のもんに手ェ出してタダで済むと思ってんのか?」
と、出だしから圧をかけてみるも、シヴァは何も言わない。
対面してみて思ったが、暴力団の若頭である俺を相手にこの物怖じしない態度。肝の座り方が尋常じゃない。
(……やはりここで潰すにはちぃと惜しい人材だな……)
ならば、と
「落とし前はつけなきゃなんねーよなァ?選べよ、おめーさんの仲間のために俺らの傘下に下るか、責任取って素直に潰されるか……」
実質ひとつしか選べないような選択肢を提示した。チャトランガは情に厚い組織だということはやってることを見てりゃわかる。
仲間を引き合いに出されれば、シヴァは傘下に下ることしか選べないはず。
「さぁ、おめーさんはどうする?」
なんて答えなんて分かりきっているのに、そう追い詰めるように問えば、ようやくシヴァはその口を開いた。
「……ちょうど、時間だ。」
(……は?時間??)
予期せぬ回答に思わず動きが止まった。
その間にシヴァはサッと立ち上がり、歩き始めてしまう。
意味がわからねぇとシヴァの腕を掴もうとしたその瞬間、ポケットに入っていた携帯電話が着信を知らせた。
まるで、測ったようなそのタイミングに、薄ら寒いものを感じながら、電話に出る。
電話の向こうの声は部下のもので、狂犬の回収に向かわせた部下だった。
「……なんだ、意識でも戻ったか。」
『いえ!あ、いや、意識は戻ったようなんですが……あの……』
「なんだぁまどろっこしい。さっさと言わねぇかボケ。」
『きょ、狂犬が、寝返りました……!病院のどこにも居ません!』
「……は?」
思わずシヴァが去っていったその方角を見る。
測ったようなタイミングだって?
いや、実質シヴァは分かっていたんだ。狂犬がいつ目覚め、そして自分たちに着くと決めるその時間を。
(あの狂犬だぞ?喧嘩にしか興味がなくて、紅葉組に入ったのだって自分より強いヤツと戦えるからって……)
シヴァとリベンジするなら後々抗争する紅葉組にいる方が有利なはずだ。それなのに、狂犬が仲間になっただと?
ありえない。
ありえないはずなんだ。
「……なんなんだよ……あのガキは……!」
答えなんて聞くまでもなかった。
あいつは、シヴァは、初めから紅葉組と徹底抗戦するつもりだったんだ。