『…………嘘でしょう?』
「現実を見ろ。」

電話の向こう側で『信じられると思います?』と何処か力の抜けた声が聞こえる。

まあ、電話の向こうに立つ人物、太鼓(ダマル)の言いたいこともわかる。
俺だって正直信じられない。

『青龍の傘下加入から日も浅いというのに……今度は牡丹組と同盟?私もその場にいたかった!!!』
「電話口で叫ぶな馬鹿。仕方ないだろ、俺と三叉槍(トリシューラ)ですら、シヴァ様が紅葉組のやつを倒した後に到着したんだ。それに、お前その時仕事中だろ。」

ブーブー文句を言う太鼓(ダマル)に、そう言葉を返せば、『それはそうなんですけどぉ……』と情けない声が聞こえてくる。

警察組織に所属している以上、周りの人間にバレないようにあれこれ動いている太鼓(ダマル)にかかっている負担は相当なものだ。ましてや、太鼓(ダマル)はその立場上、シヴァ様とあまり顔を合わせることが出来ない。
立場で言えばシヴァ様に近しい所にいるというのに、全然会えないというのは信者でもある太鼓(ダマル)にとってかなりきついだろう。俺だったら多分耐えられない。

「……あとでシヴァ様の写真送ってやるよ。」
『わーい!ありがとうございます(サーンプ)!やっぱり持つべきものは話のわかる同士(なかま)ですね!』

申し訳なさも相まってそう提案すればあの情けない声はどこへ行ったのか。ころりと態度を変えて調子のいい返事をよこす太鼓(ダマル)
こいつこれが狙いだったな、とひとつため息を零した。

『……それにしても、私が情報を教えてから大した時間経っていないですよね。』

ふと、そう切り出した太鼓(ダマル)に、「まぁな。」とぶっきらぼうに言葉を返す。

「シヴァ様もある程度予測していたという事じゃないか?どうやら牡丹組にわざと捕まったようだし。」
『全く、あの御方は無茶しすぎなんです。我々に丸投げしてくれれば私達は喜んで走り回るというのに。』
「それができない御方だから、俺たちはついて行くんだろう。」
『……まあ、そうなんでしょうね。』

シヴァ様は独断で動くことも多い。俺ら幹部に指示を出すこともあるが、自分でどうにか出来る、と思えば相談もなしに突き進み、幹部が気づいた時には全て事が終わっている。
幹部である俺たちからしてみれば、ボスであるシヴァ様の御手をなるべく煩わせたくないし、その王座にどっしり構えていてくれればそれでいい。

けれど、そんなことあのシヴァ様が許すはずがない。
たった1人で、『チェス』に乗り込んできたあのシヴァ様。その行動力も然ることながら、ずば抜けた頭脳と、判断能力。人を惹きつけるカリスマ性。
不条理を正すために、自ら裏の世界に身を投じ、それでもなお、その神々しい輝きを失わない、正に神のようなその存在。

だからこそ、俺たちはあの人について行こうと思えるのだ。

『ただ、今回の件で(サーンプ)である神島洸太と三叉槍(トリシューラ)である里田大樹、そしてシヴァ様が表向きにも関わりがあるということが目撃され、警察のデータベースにも記録が残りました。今回は牡丹組と紅葉組が関わったため、データの方はチャトランガを追っている我々『生活安全課』とは別の部署に置かれています。時を見て改竄しようとは思いますが……』

期待はしないでください。と声を潜めた太鼓(ダマル)

『それに、問題は紅葉組の人達が目を覚ました後です。意見の食い違いによって、シヴァ様の存在が追求されると……』
「……一応牡丹組のボスがうちでどうにかする、とは言っていたが……」

正直、どこまで誤魔化せるかはわからない。
しかし、シヴァ様はそれをわかった上で接触を図ったのならば、シヴァ様には牡丹組がどうにかできるという確信があるのだろうか?

「……ひとまず様子見だな。シヴァ様が何の考えもなく接触を図るとも思えない。ただデータベースの改竄だけは念の為頼む。」
『わかりました。』

では、とだけ簡単に口にすると、太鼓(ダマル)はあっさり電話を切ってしまう。
しかし、そのすぐあとメッセージで『シヴァ様の写真忘れないでくださいね。』と送られてきて、思わず苦笑が漏れる。

「……さて、俺たちはしばらく紅葉組の動向をマークしておくか。」

シヴァ様が、いつでも動きやすいように。