「どうやって縄を!?」

と、叫ぶも答える気はないらしく「……さあ?」なんて軽く小首を傾げられた。

いや、問題はそれよりも、こいつの言った「違う、恩着せ。」という言葉だ。

俺は先程、チャトランガはすでに紅葉組と繋がっているのか、その考えが頭を過ぎっていた。だが、それをこのシヴァ様がわかった上で否定しているのなら、チャトランガと紅葉組は繋がっているのではなく、紅葉組はチャトランガに『恩を着せたい』ということになる。

(……つまり、俺らは良いように使われたって訳だ。)

恐らく、紅葉組もシヴァ様をマークしていた。
それでもあえて接触を図らず、シヴァ様が何か大きな事に巻き込まれた時、すぐに助け出し、そして恩を売るために。

(恐らく俺らの所に流れていた情報も元を辿れば全て紅葉組からか……!)

紅葉組と敵対しているのは何も俺らだけじゃない。
いくつもあるそれらのどれかが、シヴァ様に何かしらアクションを起こしてくれればそれで良かったのだ。

まんまと引っかかったその悔しさに拳に力が篭もる。
しかし、目の前の戦闘狂はもう俺には興味がないらしく、興味は完全に俺の後ろにいるシヴァ様に向いていた。

「……ふーん、こんなヒョロっちいのがチャトランガのボスなんだ。」

と、どこか見下したようにそう言い放ったかと思えば「ハッ。」と鼻で笑うそいつ。
しかも、

「こんな弱そうなやつがボスとか笑えんなァ。ま、いーや。なぁ、俺と勝負しようぜ。」

なんて言い出したのだ。

(おいおい、お前らはシヴァ様を引き入れるためにこっちを攻めてきたんだろ……!?)

だが、周りに倒れ伏しているメンバーをよく見れば、戦闘狂の足元近くに倒れ伏しているやつらは俺らの組の者では無い。

つまりこいつは紅葉組の意向など関係なしにただシヴァ様と勝負がしたいだけなのだ。
恐らく、それを止めようとしたやつらは味方関係なしに殴り倒されている。

確かにシヴァ様の噂は人間離れした噂ばかり。たった一振腕を薙いだだけで不良グループが壊滅した、だの、飲み物を飲んでいるだけで敵対組織を潰した、だのその他諸々。

それはこの戦闘狂からしてみれば、腕試しをしたくてたまらない相手だろう。

しかし、いざそれを言われたシヴァ様に視線をやれば、

「……必要ありますか?勝敗なんて、わかりきっているのに。」

きょとん、とそう言い返した。
言外にお前とは勝負にならないと言い放ったシヴァ様は戦闘狂のそいつが勝負を挑んでくる理由がまるでわからない、というように不思議そうな顔をしている。

「……あ゛?んだとてめぇ。」

ピキリ、とあいつの青筋が音をたてたのがわかった。
それでも、シヴァ様は変わらず不思議そうな顔をして、更には

「もしかして、強いと思っているんですか?勘違いですよ、全部。」

なんて、いきなり相手を煽りだした。

(おいおいおい!?お前意外に好戦的だなぁおい!?)

ただの高校生の餓鬼が相手出来るようなやつじゃないと、それは同じ土俵にいる俺だからこそよく分かっている。

紅葉組の中でも手が付けられない戦闘狂。常に返り血に塗れ、素手でないと相手を痛めつけている感じがしない、と拳銃を持っていようがナイフを持っていようがお構い無しにその拳で突っ込んでいく。

(……最悪、こいつだけでも逃がしてやらねぇと……)

このまま、紅葉組にシヴァ様を連れていかせる訳にはいかない。

そう決意し、シヴァ様と戦闘狂の間に割って入ろうとしたその時だった。

シヴァ様が、振りかぶり何かを思いっきり資材に向かって投げたのは。

「……あ?どこ投げてんだよてめぇ。」

何を投げたのかは分からないが、資材に向けて放たれたそれはカァンッと甲高い音を立てて跳ねていった。

しかし、それだけだ。
戦闘狂のあいつには何も起こっていない。

(……何かの合図か?)

シヴァ様に限って、狙いを外した、なんてことは無いだろう。
だが、その行動の理由が分からず、俺も戦闘狂のあいつもその場から動けずにいた。

すると、

「当たったよ。」

と、なんて事のないように、シヴァ様はそう告げた。

「あ?何言ってんだてめぇ。」

そう怪訝そうに顔を歪める戦闘狂のあいつ。
だが、次の瞬間、

「……は!?」
「なっ……!?」

立てかけてあった資材の留め具が突然弾けて、あいつに向かって、金属のパイプが倒れていく。
容赦なく、あいつを踏み潰す。

(こいつ……!これが狙いだったのか……!)

恐らく、戦闘狂のあいつに話しかけられた時点で、こいつの中では勝算がついていたのだろう。
しかも、敵に対しての容赦のなさ。

(確かにこれは『ただの高校生』、とは言えねぇな……)

「はーい、動かないでねー。 」
「……おいおい、随分物騒なもん持ってんじゃねぇか……」

ゴリッと背中に当てられたそれに、思わず苦笑が漏れる。
なんで、(チャカ)なんて物騒なもん高校生が持ってんのか、なんてシヴァ様の組織に聞くのも野暮ってもんだろう。
もはやこいつらなら戦車を持ってたって俺は驚かねぇ。
それぐらい、すでに規格外な組織だ。

「シヴァ様。」

俺に拳銃を突きつけているやつとら別の声が俺の隣を素通りして、シヴァ様に近づく。

「……(サーンプ)さん。」

どうやらシヴァ様は気がついていたらしく特に驚く様子もないまま、

「手伝って。死なせる訳にはいかない。」

と、戦闘狂の男を押し潰している資材を退かし始めた。
正直、これは暴力団の抗争だ。こいつらからすればこれ以上関わりたくない案件だろうし、戦闘狂のあいつをわざわざ助けてやる義理もない。

「……全く、流石シヴァ様ですね。慈悲深い。」

サーンプ、と呼ばれたやつがそう言って、シヴァ様と一緒に資材をどかし始める。

(……ああ、本当に神みたいな御方だよ、お前は。)

自身に害をなす者を徹底的に潰してもなお、救いの手を差し伸べる、その傲慢さ。

何となく、チャトランガの奴らがシヴァ様に付き従うのがわかったような気がした。


****

警察への説明は俺らが廃墟に屯っていたら向こうがいきなり難癖をつけ暴れだし、シヴァ様達はそれに巻き込まれた高校生、ということで片付けた。
偶然資材が倒れ暴れていたそいつが巻き込まれた、と説明すれば、シヴァ様達が馬鹿正直に救急車を呼んだこともあり(俺らだけなら呼ばない)、一旦はそれで納得してくれたようだ。
とは言え、紅葉組のあいつらが目を覚ますまでの時間稼ぎのようなものだが。

そして警察が居なくなり、トリシューラとか呼ばれているやつとサーンプとかいうやつがこちらを問い詰めようとしたその時、

「この人、友達。」
「……は?」

いきなり、シヴァ様がそんな爆弾を投下した。
それは無理あるだろう、という顔を幹部2人が向けてくるが、いや、これは俺知らねぇぞ。

「友達。たまたま会ったからここに来た。それだけ。」

(こいつ、これで押し通す気だ……)

嘘だろ、と思わず幹部達を見遣れば手遅れ、と言わんばかりに首を振られた。

どうやら、シヴァ様とかいう神の懐は随分と広いらしい。

(ハハッ、普通こんな俺まで懐に招くかぁ?)

シヴァ様が、そう言い張るなら、そういうことにしておいてやろう。

そして、シヴァ様がもし、ピンチに陥ることがあれば、手を出してやろう。

(なんつったって、俺らは『友達』らしいからなぁ。)

ひとまず、アイツらの情報の隠蔽に走ってやるか。