猪鹿組、それが俺達の前身である組織だった。
だが先代が亡くなられてから、猪鹿組は2つに別れてしまった。

薬や拳銃の密売、弱者からの搾取を気にも留めない紅葉組と、先代の意志を継ぐ穏健派の俺ら牡丹組。

括りでいえば俺達も暴力団であることに変わりはないが、少なくとも、紅葉組のような弱者を喰い物にするような真似はしない。
そして、同じ猪鹿組だったからこそ、紅葉組の暴走を俺ら牡丹組が止めなくてはならない。

そんな折、紅葉組がチャトランガと呼ばれる組織の勧誘を考えている、という情報が流れてきた。

すぐにチャトランガのことを調べれば、裏ではそこそこ話題になっている組織らしく、次の日には情報が集まった。
だが、正体は不明。目的も不明。
ただ、若者からの『シヴァ様』と呼ばれる人物への崇拝が凄く、受け子が軒並み自首した詐欺グループや、薬物の購入者が激減した所もあるらしい。

しかも、チャトランガは一部の人間に私的制裁を加えることもあるらしく、この街の犯罪に対しての抑止力になりつつあるそうだ。
簡単に言ってしまえば、義賊的な面を持つ組織。

(義賊なら、紅葉組にはつかないか……)

だが、もし万が一、チャトランガというこの組織が、紅葉組についたら。

(若者が紅葉組に流れちまう……)

より規模を増せば、紅葉組はより先代の意志に背く悪事に手を染めるだろう。
そして、若い世代がその犠牲者となるのも止めなくては。

(だが、規模を増せば、真っ先に俺らを潰しにくるよな……)

かつては拮抗していた力も今では紅葉組のほうが優勢だ。これ以上、力の差が増せば、やつらは目障りな俺ら牡丹組を潰すだろう。

そうなる前に、チャトランガを脅そうが何をしようが、紅葉組に渡す訳にはいかない。

裏の情報屋、探偵、部下。使えるものはなんでも使って調べあげた、チャトランガの正体。
それは驚いたことに10代の若者だけで構成された組織だった。

しかも『シヴァ様』と、呼ばれるその人物はまだ17歳の子供だ。
自分の半分程しか生きていない餓鬼がこれだけの規模の組織を回し、犯罪への抑止力として動いている。
それだけでも、衝撃的だった。

だからこそ、余計に紅葉組に渡す訳にはいかない。
紅葉組がチャトランガへの接触を試みている、という情報が流れてきて直ぐ、部下に「どんなやり方でもいいから、チャトランガのボスを連れてこい。」と命じた。

多少苦戦するだろう、と思っていたが、命じた部下達はケロリとした面持ちで待ち合わせの廃墟に現れた。

「驚いたな。暴れると思ったんだが……」
「なんか知んねぇっすけど、ベンチで寝てたんでそのまんま拉致って来ました!」

と、輝かしい笑顔で、シヴァ様と呼ばれる少年に縄を巻いていく部下。

(……いくらなんでも、そんな間抜けなことあるか……?)

10代とはいえ、先代の人脈も使ってなんとか辿り着いた人物である彼が、そんなあっさりと捕まるはずがない。
しかも、ベンチなんていう目立つ場所でわざわざ寝るあたりもわざとらしい。

(……こいつ、わざと俺らに攫わせたのか……?)

だが、それをする理由がわからない。
ひとまず、チャトランガへの交渉が先なので、お前らのボスは預かっている、という誘拐犯じみた手紙を部下に持っていくように渡した。

ボスが拘束されている以上、幹部のやつらもこちらの話を呑むしかないだろう。

さてと、こいつをどうやって起こそうか、と椅子に括られたシヴァ様と呼ばれる少年の方を見遣れば、

「お、なんだ、もう起きたのかガキンチョ。」

ぐったりしていた身体は芯を持ち、まっすぐ前を向いていた。

(……やっぱり嘘寝じゃねぇか)

正面に回れば、光の籠った目がこちらの姿を捉える。

「お前がチャトランガとかいうやつのボスねぇ……」

一言で言えば、『そうは見えない』。これに尽きる。
ヒョロヒョロの手足で喧嘩慣れしている猛者達と渡り合えるようには思えないし、白い肌はいっそ病弱だ、と言われれば納得出来る。

ただ、神の使徒だ、と言われれば妙に納得してしまいそうな、そんな不思議な雰囲気をこいつは纏っていた。

そんなやつが、ちらりと扉を見遣り、

「……外に誰かいる。」
「は?」

と、口にした。
一瞬、俺の仲間のことを示していると思ったが、こいつはチャトランガのボス。しかもとびきり頭が切れると噂のシヴァ様だ。
そんなやつがあえて言葉にして、俺にそれを言うということは、俺らの仲間以外の誰かがいるということだ。

「……ちょっと待ってろ。」

嫌な予感がした。

扉をそっと開け、中にチャトランガのボスがいる事が見えないように、即座に閉める。
チャトランガの仲間でもないことは、シヴァ様がわざわざ俺に「誰かいる」と言ってきた時点で、分かっている。

扉の前にいた仲間は血まみれで、床に倒れ伏していた。

息はあるものの、早く手当をしてやりたい。
そのためにも、襲撃犯を早く見つけなければ。

その瞬間、壁を突破って、部下の1人が倒れ込んできた。

「笹部!」
「問題ねぇ……っす、ガハッ……!」

折れた肋骨が内臓に刺さったのか、蹲り吐血する部下。その姿に慌てて駆け寄ろうとするが、突き破られた壁の向こう側に恐ろしい気配を感じ、俺の足はそこに縫とめられた。

「んあ?なんだ、牡丹とこのボスいんじゃん。」

こきり、と首を鳴らしながら舞立つホコリと煙の向こう側に立っている血まみれの男。

俺はそいつを知っていた。

「何でてめぇがここにいる!?」
「あはは、やだなぁ、俺は任務だから来ただけだよ~。」

紅葉組、最凶最悪の戦闘狂。返り血に塗れた中ニヤニヤ笑うその狂気さに冷や汗が伝う。
あいつは、冗談抜きに強い。
銃はナイフなどの武器は使わないが、素手でも正直、勝率は低い。

(……それにしても早すぎる!)

紅葉組が動くのはもう少し後だと思っていた。
少なくとも、俺たちがチャトランガのボスを拉致してから1時間程度しか経っていない。
それなのに、何故!

(……まさか、チャトランガは既に紅葉組と……?)

そんな嫌な予感が頭をよぎった瞬間、

「……違う……恩着せ。」

後ろから、程よく低くも透き通ったその声が聞こえた。

「お前、縄で縛ってあったはずだろ!?」

そこには縄で拘束してあったはずのチャトランガのボス、シヴァ様が立っていた。