チャトランガでオセロ騒動が起こっているその時、代田はデータベースから割り出した、松野翔のプロフィールを眺めていた。
(……どう見ても、そんなカリスマ性があるようには見えねぇんだよな……)
しかし、野々本が自分は部下だと明言したことは間違いようのない事実だ。
それを、代田はこの耳でしっかりと聞いている。
(……はぁー、結局、進展があったようで何にも進んじゃいねぇ。)
パソコンと睨めっこをするもそこに書いてある情報は変わらない。
平凡な成績。よくある一般的な家庭の出。家庭に問題があるようにも見えないし、彼自身に非行や、問題行動があった事も無い。
代田は背もたれに体重をかけ、天井を仰ぎ見た。
わからない。
そもそも青龍が言う槍とはこの松野翔のことなのか。
それに、偶然槍の二つ名を持つ里田大樹が同じ高校にいることも不自然な気がする。
だが、結局これは代田の勘に過ぎず、言い表せない不快感と違和感に、頭がかき混ぜられる。
思わず、短い髪の毛を掻き回すも、答えは出ない。
わからないことに対する苛立ちだけが募っていた。
そんな風にイライラしていれば、コトリとパソコンの横にコーヒーの注がれたカップが置かれた。
「代田先輩、お疲れ様です。」
「……大森か。」
苦笑しつつ、お隣失礼します、と隣に座った大森は「例の高校の件ですか?」と自分のコーヒーカップを机上に置いた。
「ああ、野々本本人がこいつの部下だって言ってるのはわかったんだが、かと言ってこいつがシヴァ様と崇められるほどの人物だとも思えなくてな……」
「じゃあ、もしかして彼がサーンプとかいう……」
その大森の言葉に、代田は小さく首を振る。
「……いや、あの犯人の言うことが正しければサーンプはもう少し大柄な男のはずだ。松野翔はまだ成長期前で平均よりは小柄。サーンプとも思えないな。」
「なるほど……じゃあ、偶然が重なっただけで、チャトランガとかいう組織と青龍は関係なかった、ということなんでしょうか?」
1番シンプルな答えはそれだろう。元々、青龍とチャトランガが繋がっている確証もなかった。
「……そういうことなんかねぇ。」
上は自供も証拠も揃っているからと短大生殺人事件を早々に切り上げようとしている。犯人が自らサーンプやシヴァ様の事は噂を利用して考えた妄言だ、罪を軽くしようと思った、と自白したこともあり、チャトランガの捜査は実質打ち切られることとなった。
だが、代田はどうしても納得ができない。
「散々シヴァ様っつー名前が所かしこで出てきてるっつーのに、若者の妄言でした、空想でしたで終わらせられるかっての。」
短大生殺人事件だけではない。他にも少しずつであれ、シヴァ様という存在が口にされている。
シヴァ様、と呼ばれる存在は、間違いなくこの世に存在する。
「……なら、この少年は、サーンプ以外の幹部5名の内の1人なんでしょうか?」
「まあ、可能性はあるだろ。」
そもそも、偶像上のシヴァの特徴から幹部の人数を推定しているだけであって、こちらが思っている以上に大きい組織である可能性もある。
「1番可能性があるとすれば、こいつが三叉槍とかな。」
「確かに、偶像上のシヴァ神は三叉槍を持っていますし、それなら青龍の野々本の声明、『槍の下につく』というのも納得できますね……」
頷く大森を横目に、代田は1口コーヒーを啜る。少し温くなったそれが喉の奥を滑り落ちていけば、少し頭の中も整理出来たような気がした。ほんの少しだけ、だが。
「……だが、同じ高校に槍の二つ名を持つ里田がいることも気になる。」
「もし仮に里田がチャトランガに入っていれば、チャトランガの規模は青龍を含めればとんでもない大きさになります……でも、チャトランガに入っていなかったとしても、里田と野々本が手を組んだとなればどの道大変な事ですよ。」
そうだな、と代田は背もたれから身体を起こして、僅かに視線を下げる。
「……特に、紅葉組がいつ動き出すかわからねぇ以上、俺たちは先手を打つために、現状を1番把握しなきゃいけねぇってのに……」
あーわかんねぇー!と再びガシガシと頭を掻き混ぜる代田に大森の肩が跳ねた。
そんな2人の後ろからクククッと喉で笑うような声が聞こえて、代田も大森もその頭を後ろへと向ける。
そこにいたのは、短大生殺人事件の犯人の事情聴取を担当していた代田の同期で、「随分と煮詰まってるな。」と、大森とは反対側の代田の隣の席に座った。
「珍しいじゃないか、代田がそんなに思い詰めるなんて。」
「るせぇよ。大体、紅葉組が動くかもしれねぇっつーなら、焦るのだって当然だろ。」
ジトーと不機嫌そうな視線を向け、そう告げる代田の言葉に、まぁなと同期は肩を竦めつつも同意の言葉を零す。
そんな2人のやりとりに、大森が恐る恐る手を挙げる。
「あ、あの~。そ、そんなに紅葉組ってやばい所なんですか……?」
大森のその言葉に、思わず代田からため息が零れる。
この町を守るものとして、反社会的勢力である紅葉組の情報くらいしっかり持っていて欲しかった。
「……はぁ。いいか、紅葉組ってのはな、元々は猪鹿組っつー組織が2つに別れちまってできた反社会的勢力……まあ、所謂暴力団だ。」
「猪鹿組は元々自警団だったから、暴力団とは少し違ったんだけど、紅葉組、牡丹組に別れてから方針が完全に変わってしまってね。今では立派な暴力団なんだ。」
代田の言葉に続けて、代田の同期が説明を口にする。
それを大森は「そうだったんですね……」と口を半開きに聞いている。
「しかも、拮抗していたはずの牡丹組の勢力が落ちて、今や日本で1番でかい顔してんのが紅葉組だ。若者に薬売るわ、拳銃の密売だなんだと手ぇ出しやがってな。挙句に青龍から紅葉組に入るやつも多くて、若者がいい餌食になってんだよ。」
やってらんねぇよ、と再び代田は背もたれに体重をかける。
どんなに頑張っても減らない子供を巻き込んだ犯罪。だからこそ、一番の原因である紅葉組が代田は嫌いだった。
「まだ、牡丹組は穏健派だったんだけどね……」
と、頬を掻く代田の同期。とはいえ、どちらも暴力団だと言うことには変わらず、生活安全課だけではなく反社会的勢力の対策課も頭を悩ませる組織だ。
「どデカい証拠でも出てくりゃ、ガサ入れして一斉検挙、って出来んだけどなぁ……」
「まあ、そんな上手くは行かないよな。」
2人して同時にため息を零す。
まあ、彼らはそもそも部署が違うので、いくら頭を悩ませた所で紅葉組、牡丹組の捜査は対策課の仕事だ。
「でも、子供達を犯罪に巻き込んでるあたり、チャトランガが本当に存在する組織なら、黙っていなさそうだよね。」
そう呟きを落とした同期に、代田は「そうなりゃ俺たちの立つ瀬がねぇよ。」と残ったコーヒーを一気に飲み干した。
ちなみに、それを世ではフラグと言う。
(……どう見ても、そんなカリスマ性があるようには見えねぇんだよな……)
しかし、野々本が自分は部下だと明言したことは間違いようのない事実だ。
それを、代田はこの耳でしっかりと聞いている。
(……はぁー、結局、進展があったようで何にも進んじゃいねぇ。)
パソコンと睨めっこをするもそこに書いてある情報は変わらない。
平凡な成績。よくある一般的な家庭の出。家庭に問題があるようにも見えないし、彼自身に非行や、問題行動があった事も無い。
代田は背もたれに体重をかけ、天井を仰ぎ見た。
わからない。
そもそも青龍が言う槍とはこの松野翔のことなのか。
それに、偶然槍の二つ名を持つ里田大樹が同じ高校にいることも不自然な気がする。
だが、結局これは代田の勘に過ぎず、言い表せない不快感と違和感に、頭がかき混ぜられる。
思わず、短い髪の毛を掻き回すも、答えは出ない。
わからないことに対する苛立ちだけが募っていた。
そんな風にイライラしていれば、コトリとパソコンの横にコーヒーの注がれたカップが置かれた。
「代田先輩、お疲れ様です。」
「……大森か。」
苦笑しつつ、お隣失礼します、と隣に座った大森は「例の高校の件ですか?」と自分のコーヒーカップを机上に置いた。
「ああ、野々本本人がこいつの部下だって言ってるのはわかったんだが、かと言ってこいつがシヴァ様と崇められるほどの人物だとも思えなくてな……」
「じゃあ、もしかして彼がサーンプとかいう……」
その大森の言葉に、代田は小さく首を振る。
「……いや、あの犯人の言うことが正しければサーンプはもう少し大柄な男のはずだ。松野翔はまだ成長期前で平均よりは小柄。サーンプとも思えないな。」
「なるほど……じゃあ、偶然が重なっただけで、チャトランガとかいう組織と青龍は関係なかった、ということなんでしょうか?」
1番シンプルな答えはそれだろう。元々、青龍とチャトランガが繋がっている確証もなかった。
「……そういうことなんかねぇ。」
上は自供も証拠も揃っているからと短大生殺人事件を早々に切り上げようとしている。犯人が自らサーンプやシヴァ様の事は噂を利用して考えた妄言だ、罪を軽くしようと思った、と自白したこともあり、チャトランガの捜査は実質打ち切られることとなった。
だが、代田はどうしても納得ができない。
「散々シヴァ様っつー名前が所かしこで出てきてるっつーのに、若者の妄言でした、空想でしたで終わらせられるかっての。」
短大生殺人事件だけではない。他にも少しずつであれ、シヴァ様という存在が口にされている。
シヴァ様、と呼ばれる存在は、間違いなくこの世に存在する。
「……なら、この少年は、サーンプ以外の幹部5名の内の1人なんでしょうか?」
「まあ、可能性はあるだろ。」
そもそも、偶像上のシヴァの特徴から幹部の人数を推定しているだけであって、こちらが思っている以上に大きい組織である可能性もある。
「1番可能性があるとすれば、こいつが三叉槍とかな。」
「確かに、偶像上のシヴァ神は三叉槍を持っていますし、それなら青龍の野々本の声明、『槍の下につく』というのも納得できますね……」
頷く大森を横目に、代田は1口コーヒーを啜る。少し温くなったそれが喉の奥を滑り落ちていけば、少し頭の中も整理出来たような気がした。ほんの少しだけ、だが。
「……だが、同じ高校に槍の二つ名を持つ里田がいることも気になる。」
「もし仮に里田がチャトランガに入っていれば、チャトランガの規模は青龍を含めればとんでもない大きさになります……でも、チャトランガに入っていなかったとしても、里田と野々本が手を組んだとなればどの道大変な事ですよ。」
そうだな、と代田は背もたれから身体を起こして、僅かに視線を下げる。
「……特に、紅葉組がいつ動き出すかわからねぇ以上、俺たちは先手を打つために、現状を1番把握しなきゃいけねぇってのに……」
あーわかんねぇー!と再びガシガシと頭を掻き混ぜる代田に大森の肩が跳ねた。
そんな2人の後ろからクククッと喉で笑うような声が聞こえて、代田も大森もその頭を後ろへと向ける。
そこにいたのは、短大生殺人事件の犯人の事情聴取を担当していた代田の同期で、「随分と煮詰まってるな。」と、大森とは反対側の代田の隣の席に座った。
「珍しいじゃないか、代田がそんなに思い詰めるなんて。」
「るせぇよ。大体、紅葉組が動くかもしれねぇっつーなら、焦るのだって当然だろ。」
ジトーと不機嫌そうな視線を向け、そう告げる代田の言葉に、まぁなと同期は肩を竦めつつも同意の言葉を零す。
そんな2人のやりとりに、大森が恐る恐る手を挙げる。
「あ、あの~。そ、そんなに紅葉組ってやばい所なんですか……?」
大森のその言葉に、思わず代田からため息が零れる。
この町を守るものとして、反社会的勢力である紅葉組の情報くらいしっかり持っていて欲しかった。
「……はぁ。いいか、紅葉組ってのはな、元々は猪鹿組っつー組織が2つに別れちまってできた反社会的勢力……まあ、所謂暴力団だ。」
「猪鹿組は元々自警団だったから、暴力団とは少し違ったんだけど、紅葉組、牡丹組に別れてから方針が完全に変わってしまってね。今では立派な暴力団なんだ。」
代田の言葉に続けて、代田の同期が説明を口にする。
それを大森は「そうだったんですね……」と口を半開きに聞いている。
「しかも、拮抗していたはずの牡丹組の勢力が落ちて、今や日本で1番でかい顔してんのが紅葉組だ。若者に薬売るわ、拳銃の密売だなんだと手ぇ出しやがってな。挙句に青龍から紅葉組に入るやつも多くて、若者がいい餌食になってんだよ。」
やってらんねぇよ、と再び代田は背もたれに体重をかける。
どんなに頑張っても減らない子供を巻き込んだ犯罪。だからこそ、一番の原因である紅葉組が代田は嫌いだった。
「まだ、牡丹組は穏健派だったんだけどね……」
と、頬を掻く代田の同期。とはいえ、どちらも暴力団だと言うことには変わらず、生活安全課だけではなく反社会的勢力の対策課も頭を悩ませる組織だ。
「どデカい証拠でも出てくりゃ、ガサ入れして一斉検挙、って出来んだけどなぁ……」
「まあ、そんな上手くは行かないよな。」
2人して同時にため息を零す。
まあ、彼らはそもそも部署が違うので、いくら頭を悩ませた所で紅葉組、牡丹組の捜査は対策課の仕事だ。
「でも、子供達を犯罪に巻き込んでるあたり、チャトランガが本当に存在する組織なら、黙っていなさそうだよね。」
そう呟きを落とした同期に、代田は「そうなりゃ俺たちの立つ瀬がねぇよ。」と残ったコーヒーを一気に飲み干した。
ちなみに、それを世ではフラグと言う。