もちろん、裏であれこれ勝手に進んでいっている事に一切気がついていない芝崎汪は、

(おぉ……!これはあの哲学警察シリーズ最新刊!)

本屋で新刊を見つけてはしゃいでいた。
しかもまた2時間サスペンスになった小説シリーズである。きっとこれも犯人は崖に逃げ込む。


1週間を無事……無事と言っていいかわからないが、とりあえず乗り切り、迎えた休日。
特に部活動に入っていない僕は今日は読書に勤しもう、と頭の中で予定を組む。

ルンルン気分で書籍を購入し、さあ帰ろう!とした時、「きゃー!ひったくりよー!」という絹を裂いたような悲鳴が辺りに響いた。

(ひ、ひ、ひったくり!?)

思わずその声の方角へ顔を向ければ、こちらに向かって勢いよく走ってくるマスク姿の男性。

(えええぇぇ!?)

なんでこっちに来る。
いや、そもそもなんでこんな白昼堂々ひったくりをした。

パニックになっている僕の体は硬直し、逃げようにも足が全く動かない。
「どけぇ!!」と叫ぶ男が迫ってくる。それでも僕の足は動かない。

あ、ぶつかる、と覚悟を決めた瞬間。

「10時23分、現行犯逮捕!」

という声により、目の前で男が拘束された。
カチッとひったくり犯の手首に手錠が嵌められる。
怒涛の展開に状況の掴めない僕は、そのまま呆然と突っ立ってしまう。

(……あれ?この状況、哲学警察シリーズ6巻目のシーンに似てるぞ??)

1人のひったくり犯から始まるその事件。小説では女性が犯人だったが、白昼堂々と行われたひったくり。近くに警察がいてその場で現行犯逮捕され、それに犯人がどこか喜び、ひったくり被害者の方が顔色を悪くさせたこの状況。
まさに6巻の冒頭シーン!

(確か、ここでの主人公のセリフは……)

「おい、坊主。怪我はねぇか?」
「犯人さん。盗品に証拠能力はありませんよ。」
「……は?」

(やべぇぇぇ声に出てたーー!!!)

しかも、こっちを気遣ってくれた刑事さんのセリフを無視して小説のセリフを言い出すとかただの痛いやつだ。穴があったら入りたい。

こいつ何言ってんだ?という感情が刑事さんの顔にありありと書かれている。すみません、違うんです。声に出すつもりはなかったんです。

内心涙目になっているが、言うことの聞かない表情筋は引きつるだけで動かない。

「……そ、うですか……そうか……盗品は、証拠にならないのか……」

と、いきなりボロボロと泣き出した犯人。
そしてその犯人の様子にひったくりの被害者の顔色もどんどん青ざめていく。

(え?え?どゆこと??)

掴めない現状に、?マークを飛ばしていると

「おい、大森!こいつ連れてけ!被害者の方もな!」
「は、はい!」

あっという間に、犯人も被害者もどちらも到着したパトカーに乗せられ、遠くて顔はよく見えなかったが恐らく部下と思われる人も乗り込んで、颯爽と去っていった。
しかし、何故か拘束した刑事さんはここに残っている。そして何故か僕を見てくる。
なんで??

「おい、改めて聞くが怪我はねぇな?坊主。」
「はい。刑事さんが助けてくれましたから。」

腰は抜けそうだったけどな!!
なんて言えないので、曖昧に微笑んでおく。あ、だめだ、頬が引きつってる。

「はぁー……お前、なんであんなこと言ったんだ?」
「あんな事、ですか?」

小説のセリフのことだろうか。そうじゃないと願いたい。やめて、僕のやらかしエピソードをほじくり返さないで。

「『盗品に証拠能力がない』ってやつだ。」

(やめてー!!)

やっぱり僕のやらかしたセリフの事だった。
まあ、いきなり小説のセリフ言い出せば、何言ってんだってなるよな。

「犯人の反応を見る限り犯人はあれを何かしらの証拠として盗もうとしたんだろ。なんでわかった?」

(……ん?)

犯人の反応を見る限り?あ、だかれあんなにボロボロ泣いていたのだろうか。

もしかして、偶然の一致?

「たまたまですよ。」

と、そう素直に答えれば、

「ハッ。そういうことにしといてやるよ。」

そう鼻で笑われた。

(え、なんで??)

本当に偶然だから、そう言ったのに、何故僕はまた勘違いされている?

「……ま、犯人の前に立ちはだかるなんて無謀なこともうすんじゃねーぞ。」

(してませんけど??)

じゃーな、なんて手をヒラヒラ振って人混みに紛れていった刑事さん。

いや、僕動けなかっただけで、立ちはだかるなんてしてないのだが?

(……うん、早く帰って小説読もう。)

どうせ、もう刑事さんと会うことないだろうし、僕は考えることをやめた。