「これ……被害者と同じ短大生が逮捕された事件ですよね?」
「そう、実はこの犯人。チャトランガに入りたいって言ってこの事件を起こしてるの。」
「えっ!?」

チャトランガは弱い人を助けるために、法で裁けない犯罪者の制裁や、搾取される側の立場の弱い人を守るための組織だ。
やっていることは犯罪者と同じなので正義の味方というよりは義賊だと、僕もわかっている。

けれど、その組織に入ろうとして何故彼は人を殺めたのか。

「……これに関しては俺の落ち度だ。俺がこいつを見誤った結果、こいつは凶行に及んだ。」
(サーンプ)が与えた『現状を変えろ』っていう試練に、殺すという手段をこいつはとったのよ。しかも警察に自首したのも私たちからの制裁を恐れて。罪の意識も無ければ自分が殺した同級生を死んで当然と思ってるクズよ。」

軽蔑を隠すことなく言葉に乗せてそう吐き捨てた三日月(チャーンド)さん。
(サーンプ)さんも、その拳を白くなるほど握りしめていた。

「……最悪、俺からチャトランガの詳細が芋づる式に明かされる前に俺は警察に行く。チャトランガは今、犯罪の抑止力になりつつある。ここで全員を巻き込んで倒れる訳には行かない。」

そう言い切った(サーンプ)さんに、(ナディ)さんが「……別に、こいつの殺人は(サーンプ)のせいじゃないでしょ。こいつは遅かれ早かれ同級生を殺してたわ。その理由付けに(サーンプ)は使われただけ。」と、静かにそう告げる。

「こいつのこと、調べたけど本当にクズだった。虐められてるなんて言ってもこいつそう言いふらしてただけで、皆に距離置かれてただけよ。当然ね、こいつのせいで何人も自殺未遂や不登校が出てるんだから。」

(ナディ)さんが更に言葉を続ける。
それにはこの人の情報を知っているからこその嫌悪感が滲み出ていた。

「だが、防げたはずの犯罪だった。」

しかし、(サーンプ)さんはそう言葉を落とした。

「チャトランガは人を守るための組織だ。だからこそ、被害者を生み出す事態は防ぐべきことだ。接触を図ったのは俺の軽率な行動だった。」

申し訳ない、と深く頭を下げた(サーンプ)さん。

「おい、(サーンプ)。言いてぇことはそれだけか?」
「さ、里田先輩?」

そんな(サーンプ)さんに大股で近づいて行った里田先輩は

「がっ……!?」
「里田先輩っ!?」
「ちょ、三叉槍(トリシューラ)!?何してるのよ!?」

そのまま、(サーンプ)さんを思いっきり殴りつけた。
いきなりの事によろけた(サーンプ)に、三日月(チャーンド)さんが駆け寄る。

「うるせぇ!いつものお前なら『どうとでもなる。』ってどっしり構えてんだろーが!」
「だが、警察は想定以上にチャトランガという組織に食らいついている!これは俺の責任だ!」
「だから何だってんだよ!」
三叉槍(トリシューラ)!落ち着いて!」

里田先輩が(サーンプ)さんの胸倉を掴みあげる。「里田先輩!落ち着いて下さい!」と、なんとかその手を引き離そうとするが、里田先輩はそのまま(サーンプ)さんを壁に追い込む。

「てめぇの責任だ?だから切り捨てろってか?ふざけんじゃねぇ!」
「シヴァ様の情報まで警察に流れてるんだ!これ以上、シヴァ様とチャトランガという組織に、警察の目を向けさせる訳にはいかない!」
「るせぇよ!皆でなんとかすりゃいい話だろ!俺はぜってぇ見捨てねぇ。シヴァ様だってぜってぇ見捨てねぇからな!」

そう叫ぶ里田先輩。それは仲間思いだからこそ、ぶつけられた心の底からの本音だと思う。

(あの頭が回る(サーンプ)さんが、想定できなかった程、シヴァ様の情報が警察に流れている理由は?この犯人が思ったより情報を持っていた?それともほかの人物?)

今ある情報を上手く繋ぎ合わせて、警察の視点の『方向性』を変える。捜査方針の枝は可能性があるだけ伸ばされるだろう。範囲を広げるだけで手が回らなくなる場所が出てくる。これを上手く展開させられないだろうか。

「……ねぇ、ヒヨっ子君に何か考えがあるみたいよ。」
「ぅえっ!?」

(ナディ)さんの、突然の振りに思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
そんな僕に(ナディ)さんがスっと人差し指を向けた。

「急に黙ったし、視線が一点から動かなくなった。重心を少し後ろに下げるのは全体を見ようとする心理からの君の癖かな?」

そう指摘され、思わず自分の足元を見る。
しかし、重心の動きなど完全に無意識だったので何もわからなかった。

「翔、なんか考えがあんなら聞かせろ。」
「えっ!?い、いえ、その考えって程じゃないんですけど……」

里田先輩の「それでもいーから。」という声に、おずおずと「まず、現状の違和感からなんですけど、」と切り出した。

「そもそも、(サーンプ)さんは頭の回転の早い、幹部の中でも頭脳派の幹部です。ましてや、(サーンプ)さんはチャトランガの中枢。問題に対する処理能力も桁違いです。正直、(サーンプ)さんが居なくなるのは組織としてはかなりの痛手です。だから自分を切り捨てろって言うのは何でかなぁって違和感があって。」

そう話始めれば、三日月(チャーンド)さんが、「確かに、(サーンプ)らしくないわね……」とポツリと呟いた。

「でもそんな頭の回る(サーンプ)さんが自分を切り捨てろなんて判断を下すのなら、まだシヴァ様と(サーンプ)さんの繋がりは明確に明かされていないからかな、と。それは先程の画像の相関図でも明白です。シヴァ様のことはホワイトボードに書かれていなかった。」

僕がそう言えば、皆パソコンの画面を覗き込み、確かに、と頷く。
それに、僕は更に言葉を続けた。

「だから警察は『とりあえず』(サーンプ)さんを追っている。シヴァ様との関係に確証がないからだと思います。切り捨てろというのは自分一人で事件を完結させるつもりですよね。」

僕の言葉に、(サーンプ)さんは気まずそうに目を逸らした。

(ナディ)さんはそんな(サーンプ)さんを指でつついてニヤニヤしている。

「でも、それだけなら(サーンプ)さんもここまで焦らないと思います。なら、考えられる可能性は、この犯人が(サーンプ)さんとシヴァ様の関係を話している事と、この犯人以外に情報源がいる可能性です。これが主な理由だと推測しました。」

警察がそれでもシヴァ様との関係に確証を得ないのは、恐らく犯人の言ってることに信憑性がないからだと思うと、更に付け加えれば、里田先輩が「なるほどな」と1人頷く。

「でも今回の情報を流した太鼓(ダマル)さんってきっと警察関係者。もしくは警察に強いパイプを持つ人ですよね。ほかの情報源が警察内に現れたのなら、その人がいち早く反応するはずです。」

「すごいね。正解だよ。太鼓(ダマル)はチャトランガで唯一の成人してるメンバーで警察関係者だよ。」

ぱちぱちと気の抜けるような緩い拍手を送る(ナディ)さん。それに僕は曖昧に笑ってありがとうございます、と告げた。

正直、自分の推測を語っているだけだったので自信はそんなになかった。

「その人が反応しなかったということは情報の一つ一つに重要性はなかったんじゃないでしょうか。複数の人がシヴァ様の名前を口にした、とか。きっと小出しの情報に食らいついた誰かがいて、その人がシヴァ様と(サーンプ)さんの繋がりに迫ってきている……だから、これ以上その人が突っ込んでくる前に、この事態を収束させたいのかなって、思ったんです。」

僕がここまで言った所で、「そういえば、」と野々本君がふと言葉を零した。

「確か、シヴァ様に感化されて少年犯罪者が次々に自首している話を聞いたことがある。俺の友人もその1人だった。」

「つまり、彼らが自首した時にポロリとシヴァ様の名前を口にしている可能性はあるわね。」

太鼓(ダマル)に確認を取ってみるわ、とパソコンと向き合った三日月(チャーンド)さんは、そのままカタカタとキーボードを叩き始める。

「なので、警察内部に流れている情報を上手く使って他の可能性を増やせないかなって思ったんです。」

と、考えついた結論を述べれば、「可能性を増やす?」と里田先輩が首を傾げた。

「あんまり詳しくないんですけど、警察って捜査方針があるじゃないですか。可能性を広げてその方針を向けなければ行けない方向を強制的に増やせば、各所に人員を向けなければ行けなくなる。そうなればどこも手薄で、進展は遅くなる。そして、情報源を断ってしまえば広げた捜査がそこで止まります。そうすれば警察はそれ以上動けないと思います。」

とは言え、情報源を断つ手段は僕にはないので、そこは人頼みになってしまう。
多分これを実現するとするなら、鍵となるのは僕の会ったことのない、幹部太鼓(ダマル)さんがどれくらい自由に動けるかによる。

「更にいえば、警察で少年犯罪や、こう言った凶悪犯罪を一遍に扱うのって生活安全課ですよね。仕事の幅が広い分、他の案件も疎かには出来ないはずです。しかも犯人が捕まっている以上拘置期間はそこまで伸ばせないはずです。送検されてしまえば、そこで捜査は切れるはずです。」

まあ全部推測なんですけど、と頬を掻けば、「あはははっ!!いいねヒヨっ子君!最高!!」と(ナディ)さんに思いっきり背中を叩かれた。あまりの勢いに思わず噎せ込む。

「……それなら、俺たち青龍が警察に声明を出そう。」
「げほげほっごほっ!!……ぁえ?」

野々本君の言葉に、咳を押さえ込みながら、何とかそちらを見遣る。

「生活安全課なら俺たち青龍を常にマークしている。俺たちが誰かしらの傘下に下ったと声明を出すだけでも暫くは(サーンプ)よりこっちに目がむくはずだ。」

その提案に、更に里田先輩が「あ、だったらさ。」と皆の目線を集めるように手を上げた。

「青龍とチャトランガの間のワンクッションに俺を置けば、更に方向を広げられるな。俺なら中坊の時からヤンチャして警察に目つけられてるし、自分のグループを持ってる分、警察もこっちを警戒するはずだ。」

と、次第に僕の推察を基盤に作戦が決まっていく。
それに、焦ったのは他でもない僕自身だ。

「あ、あの!?こ、これ僕の勝手な推察ですよ!?当てにならないですよ!?」

そう半ば叫ぶように訴えれば、(サーンプ)さんが首を横に振った。

「いや、筋は通ってる。試す価値はあるだろう。」
「そうね。情報源を黙らせるには太鼓(ダマル)を動かせばいいわ。」
「ええぇ……」

あくまで僕の憶測なのに、と項垂れれば、「おめーやっぱシヴァ様が見込んだだけあるって!」と里田先輩にバシバシ背中を叩かれた。