里田から連絡が来たのは大学の講義が終わる少し前だった。
早く終われという雰囲気が流れ出した教室内で、教授にバレないように机の下でスマホの画面を確認する。
そこには、『制圧完了!ちょっくら野々本拉致ってくるわ☆』となんとも軽薄な文章と、積み上げられた不良の山の前でピースしている里田の写真が送られてきていた。
一応敵陣に乗り込んだというのにそのマイペースっぷりに呆れつつも、『了解。』とだけ打ち込み、スマホの画面を暗くする。
すぐに講義の終了を知らせるチャイムがなり、一斉に立ち上がる生徒に便乗して教室を出ていく。
そのまま今日の講義がこれで全て終わったことを確認し、大学から出、家とは違う方向へと歩き出した。
目指すは俺らチャトランガのアジトだ。
途中、見慣れた姿を見かけ、「日向。」と声をかけ小走りで近づけば、向こうも気がついたらしく振り返って「蛇じゃない。」と少し驚いた顔をしていた。
1つ年下の18のこいつはまだ高校生だ。
今の時間ならまだ授業中のはずだというのに何故こんな所にいるのかと思えば、顔に出ていたのか、「今日はテスト期間だから、午前中で終わりなのよ。」と苦笑された。
「そうか。これからアジトか?」
「ええ。どうせ蛇もでしょう?一緒に行きましょ。」
と、歩き出した日向の横に並んで俺も歩き出す。すると、そういえば、なんて思い出したように日向が口を開いた。
「三叉槍から連絡が来たわ。まさか情報を手にしてこんなにすぐ動くと思わなかったわ。」
と、元々の情報源である日向は肩を竦めた。
「ああ、俺もそんなつもりはなかったが、シヴァ様が早急に指示を出されたからな。」
「シヴァ様が?すでに青龍の動きをご存知だったのね……流石だわ。」
最近うろちょろしている害虫が、林懐高校の生徒で、それが野々本の指示だと判明したのはそれこそ昨日の話だ。
色々な監視カメラをハッキングして情報を集め、もう1人の幹部川が相手を尾行し、調査し続けようやく判明したのだ。
しかし、それをすでにシヴァ様が知っていたとするならば、その情報の速さと正確さには舌を巻くものがある。
「私も負けてられないわ……!もっとチャトランガのためになる情報を集めてみせる……!」
と、拳を握りしめ決意を固める日向に「無理はするなよ。」と声をかける。が、完全に自分の世界に入っている日向には聞こえていないようだった。
その後、アジトにつけば、すでに里田がおり、足元には拘束された野々本と思しき人物が転がされていた。
「意外に早かったな。」
「嗚呼、なんか俺が里田だって聞いたらなんか動揺しだしたからそのまま1発入れて連れてきちまった。」
動揺?と里田に聞き返すも、それに関しては分からないと里田は肩を竦めてみせる。
「情報がこちらに漏れていたことに驚いたのかしら?」
「いや、だが里田は別グループのリーダーとしては有名だが、チャトランガの幹部であることは知られていないはずだ。」
「まあ、幹部ってのはまだしもチャトランガと仲がいいってのは隠してないからどっかから知ったのかもしれねぇな。」
なんて推測を論じても、結局のところそこは本人に聞かなければ分からないだろう。
気絶している野々本は本当に1発で気絶させられたらしく、目立った傷や汚れもない。
まあ、これならそのままシヴァ様にお通ししてもいいだろう。
「あとはシヴァ様がいらっしゃるまでこいつが大人しくしてくれるかだな。」
****
結局、野々本は目を覚ましてからも静かにしており、むしろ何を尋ねても黙りだった。
そうとう血の気が多い性格かと思いきや、意外に冷静らしい。
(それにしても、何か理由があって里田に動揺したとしても入学して早々に不良グループのリーダーに成り上がったやつがこんなにあっさり捕まるか……?)
そんな疑問が違和感として浮上すると、次第に相手のこの冷静さも何かあるのではないかと勘ぐってしまう。
里田曰く相当な人数で殴り込みに行ったらしいが、かなりギリギリの乱闘だったようだ。
里田が先陣を切って、相手の大将を一撃で仕留めてからは相手の戦意が下がりなんとか勝てたが、次は勝てるかわかならない。そう里田に言わせるほど。
あとはシヴァ様の采配に従えばいいとわかりつつも、グルグルと考えてしまう。
カツリ、とコンクリートに質の良い靴が当たる音がして振り返れば、そこには待ち望んだ我らのリーダー、シヴァ様がおられた。
「……早いな。」
「シヴァ様!」
「おう!なんてったってシヴァ様直々のご命令だったからな!」
褒めて褒めて!と言わんばかりの顔を向ける里田は、どう見ても大型犬だった。
それに、シヴァ様は労うように「流石三叉槍さん。」と微笑んだ。
里田が胸を抑えて蹲ったのを、日向が「半分は私の情報のおかげでしょ?なら今のシヴァ様の微笑みは半分は私に向けられたものよね?調子に乗るなよ槍野郎。」と恨めしそうな目を向けている。
お前らシヴァ様の御前だぞ。見苦しい。
「……シヴァ様……」
ポツリと消えそうなほど小さく呟かれたその言葉。出処は拘束されている野々本だ。
(……こいつ、シヴァ様を知っている?)
目を見開き、じっとシヴァ様を凝視するその様は、神を目撃したかのようで、敵意の欠片もない。
「……チェスはできますか?」
スっと視線を合わせるようにしゃがみ込んだシヴァ様が野々本にそう尋ねる。
「は、はい。」
吃りながらもすぐに頷いた野々本に、シヴァ様は嬉しそうに「なら、一局やりましょう。」と、告げた。その声に俺は、すぐさまシヴァ様愛用のチェス盤と駒をセットし、里田が野々本の手の拘束を取る。
しかし、完全に拘束を解く訳には行かないので、足だけはそのままだ。
なので、里田が持ち上げ、無理やり椅子に座らせたのだが、野々本は全く抵抗しない。
完全に野々本に逃げる気はなかった。
まるで夢を見ているかのようにぽーっとチェス盤を眺めている。
先行は譲られ、野々本からだった。
チェスができるというのは嘘ではないようで、次から次へと動かされるチェスの駒たちに、思わず俺らもじっと見入ってしまった。
シヴァ様の駒が取られてはハラハラし、野々本の駒が取られれば里田に至ってはガッツポーズしている始末。
「チェックメイト。」
対局の結果は、シヴァ様の勝利だった。
だが、試合そのものはシヴァ様も楽しめたようで、とても満足気に笑っていらっしゃる。
野々本は未だどこかぽーっとしており、ただ白いナイトを手に握りしめていた。
「……夢みたいだ。」
ポツリと呟かれたその言葉は、シヴァ様にも聞こえたらしく「どうして?」と優しく尋ねられた。
「シヴァ様が、俺を見てる。シヴァ様が俺とチェスをしてくれた。シヴァ様が、目の前にいるなんて、」
夢みたいだ。
呆然と呟かれるそれに、幹部である俺たちは顔を見合せ頷いた。
こいつ、俺らと同類(信者)だ、と。
「これからは何度でも対戦しよう。ちょうど、最近チェスを覚え始めた子がいるんだ。その子とも対局してみるといい。」
シヴァ様は初めからそのつもりだったかのように簡単にそう答えた。
つもり、ではなく最初からその気だったのだろう。この情報を手に入れた時から。
これから何度でも対戦する、というと言うのはシヴァ様が彼らをその懐に歓迎されたと言うことだろう。
最近チェスを覚え始めた、というのは松野のことで間違いない。日向の話によると、シヴァ様は松野を新しい幹部として1から育て上げるつもりらしい。その部下としての候補が恐らくこの青龍のリーダー野々本なのだろう。
俺たちは名のある不良グループ故に警戒していたが、シヴァ様にはそんな色眼鏡、最初から取っぱらって物事を見ていたのだろう。
「……流石です。シヴァ様。」
シヴァ様に指示を仰がなければ、しなくてもいい警戒をずっとしていなければならなかった。時間も人員も監視のために割かねばならないし、それだけでも俺ら幹部、特に情報を常に集めている日向には負担になる。
シヴァ様は一気にその負担を解消させ、チャトランガの規模を広げ、未来の幹部への土台を確かなものへと布石を打った。
これを、流石なんて陳腐な言葉でしか言い表せない自分に腹が立つ。
シヴァ様の素晴らしさを称える言葉が見つからない。
(ああ、本当に、)
これだから、シヴァ様を崇拝する事を辞められないのだ。
早く終われという雰囲気が流れ出した教室内で、教授にバレないように机の下でスマホの画面を確認する。
そこには、『制圧完了!ちょっくら野々本拉致ってくるわ☆』となんとも軽薄な文章と、積み上げられた不良の山の前でピースしている里田の写真が送られてきていた。
一応敵陣に乗り込んだというのにそのマイペースっぷりに呆れつつも、『了解。』とだけ打ち込み、スマホの画面を暗くする。
すぐに講義の終了を知らせるチャイムがなり、一斉に立ち上がる生徒に便乗して教室を出ていく。
そのまま今日の講義がこれで全て終わったことを確認し、大学から出、家とは違う方向へと歩き出した。
目指すは俺らチャトランガのアジトだ。
途中、見慣れた姿を見かけ、「日向。」と声をかけ小走りで近づけば、向こうも気がついたらしく振り返って「蛇じゃない。」と少し驚いた顔をしていた。
1つ年下の18のこいつはまだ高校生だ。
今の時間ならまだ授業中のはずだというのに何故こんな所にいるのかと思えば、顔に出ていたのか、「今日はテスト期間だから、午前中で終わりなのよ。」と苦笑された。
「そうか。これからアジトか?」
「ええ。どうせ蛇もでしょう?一緒に行きましょ。」
と、歩き出した日向の横に並んで俺も歩き出す。すると、そういえば、なんて思い出したように日向が口を開いた。
「三叉槍から連絡が来たわ。まさか情報を手にしてこんなにすぐ動くと思わなかったわ。」
と、元々の情報源である日向は肩を竦めた。
「ああ、俺もそんなつもりはなかったが、シヴァ様が早急に指示を出されたからな。」
「シヴァ様が?すでに青龍の動きをご存知だったのね……流石だわ。」
最近うろちょろしている害虫が、林懐高校の生徒で、それが野々本の指示だと判明したのはそれこそ昨日の話だ。
色々な監視カメラをハッキングして情報を集め、もう1人の幹部川が相手を尾行し、調査し続けようやく判明したのだ。
しかし、それをすでにシヴァ様が知っていたとするならば、その情報の速さと正確さには舌を巻くものがある。
「私も負けてられないわ……!もっとチャトランガのためになる情報を集めてみせる……!」
と、拳を握りしめ決意を固める日向に「無理はするなよ。」と声をかける。が、完全に自分の世界に入っている日向には聞こえていないようだった。
その後、アジトにつけば、すでに里田がおり、足元には拘束された野々本と思しき人物が転がされていた。
「意外に早かったな。」
「嗚呼、なんか俺が里田だって聞いたらなんか動揺しだしたからそのまま1発入れて連れてきちまった。」
動揺?と里田に聞き返すも、それに関しては分からないと里田は肩を竦めてみせる。
「情報がこちらに漏れていたことに驚いたのかしら?」
「いや、だが里田は別グループのリーダーとしては有名だが、チャトランガの幹部であることは知られていないはずだ。」
「まあ、幹部ってのはまだしもチャトランガと仲がいいってのは隠してないからどっかから知ったのかもしれねぇな。」
なんて推測を論じても、結局のところそこは本人に聞かなければ分からないだろう。
気絶している野々本は本当に1発で気絶させられたらしく、目立った傷や汚れもない。
まあ、これならそのままシヴァ様にお通ししてもいいだろう。
「あとはシヴァ様がいらっしゃるまでこいつが大人しくしてくれるかだな。」
****
結局、野々本は目を覚ましてからも静かにしており、むしろ何を尋ねても黙りだった。
そうとう血の気が多い性格かと思いきや、意外に冷静らしい。
(それにしても、何か理由があって里田に動揺したとしても入学して早々に不良グループのリーダーに成り上がったやつがこんなにあっさり捕まるか……?)
そんな疑問が違和感として浮上すると、次第に相手のこの冷静さも何かあるのではないかと勘ぐってしまう。
里田曰く相当な人数で殴り込みに行ったらしいが、かなりギリギリの乱闘だったようだ。
里田が先陣を切って、相手の大将を一撃で仕留めてからは相手の戦意が下がりなんとか勝てたが、次は勝てるかわかならない。そう里田に言わせるほど。
あとはシヴァ様の采配に従えばいいとわかりつつも、グルグルと考えてしまう。
カツリ、とコンクリートに質の良い靴が当たる音がして振り返れば、そこには待ち望んだ我らのリーダー、シヴァ様がおられた。
「……早いな。」
「シヴァ様!」
「おう!なんてったってシヴァ様直々のご命令だったからな!」
褒めて褒めて!と言わんばかりの顔を向ける里田は、どう見ても大型犬だった。
それに、シヴァ様は労うように「流石三叉槍さん。」と微笑んだ。
里田が胸を抑えて蹲ったのを、日向が「半分は私の情報のおかげでしょ?なら今のシヴァ様の微笑みは半分は私に向けられたものよね?調子に乗るなよ槍野郎。」と恨めしそうな目を向けている。
お前らシヴァ様の御前だぞ。見苦しい。
「……シヴァ様……」
ポツリと消えそうなほど小さく呟かれたその言葉。出処は拘束されている野々本だ。
(……こいつ、シヴァ様を知っている?)
目を見開き、じっとシヴァ様を凝視するその様は、神を目撃したかのようで、敵意の欠片もない。
「……チェスはできますか?」
スっと視線を合わせるようにしゃがみ込んだシヴァ様が野々本にそう尋ねる。
「は、はい。」
吃りながらもすぐに頷いた野々本に、シヴァ様は嬉しそうに「なら、一局やりましょう。」と、告げた。その声に俺は、すぐさまシヴァ様愛用のチェス盤と駒をセットし、里田が野々本の手の拘束を取る。
しかし、完全に拘束を解く訳には行かないので、足だけはそのままだ。
なので、里田が持ち上げ、無理やり椅子に座らせたのだが、野々本は全く抵抗しない。
完全に野々本に逃げる気はなかった。
まるで夢を見ているかのようにぽーっとチェス盤を眺めている。
先行は譲られ、野々本からだった。
チェスができるというのは嘘ではないようで、次から次へと動かされるチェスの駒たちに、思わず俺らもじっと見入ってしまった。
シヴァ様の駒が取られてはハラハラし、野々本の駒が取られれば里田に至ってはガッツポーズしている始末。
「チェックメイト。」
対局の結果は、シヴァ様の勝利だった。
だが、試合そのものはシヴァ様も楽しめたようで、とても満足気に笑っていらっしゃる。
野々本は未だどこかぽーっとしており、ただ白いナイトを手に握りしめていた。
「……夢みたいだ。」
ポツリと呟かれたその言葉は、シヴァ様にも聞こえたらしく「どうして?」と優しく尋ねられた。
「シヴァ様が、俺を見てる。シヴァ様が俺とチェスをしてくれた。シヴァ様が、目の前にいるなんて、」
夢みたいだ。
呆然と呟かれるそれに、幹部である俺たちは顔を見合せ頷いた。
こいつ、俺らと同類(信者)だ、と。
「これからは何度でも対戦しよう。ちょうど、最近チェスを覚え始めた子がいるんだ。その子とも対局してみるといい。」
シヴァ様は初めからそのつもりだったかのように簡単にそう答えた。
つもり、ではなく最初からその気だったのだろう。この情報を手に入れた時から。
これから何度でも対戦する、というと言うのはシヴァ様が彼らをその懐に歓迎されたと言うことだろう。
最近チェスを覚え始めた、というのは松野のことで間違いない。日向の話によると、シヴァ様は松野を新しい幹部として1から育て上げるつもりらしい。その部下としての候補が恐らくこの青龍のリーダー野々本なのだろう。
俺たちは名のある不良グループ故に警戒していたが、シヴァ様にはそんな色眼鏡、最初から取っぱらって物事を見ていたのだろう。
「……流石です。シヴァ様。」
シヴァ様に指示を仰がなければ、しなくてもいい警戒をずっとしていなければならなかった。時間も人員も監視のために割かねばならないし、それだけでも俺ら幹部、特に情報を常に集めている日向には負担になる。
シヴァ様は一気にその負担を解消させ、チャトランガの規模を広げ、未来の幹部への土台を確かなものへと布石を打った。
これを、流石なんて陳腐な言葉でしか言い表せない自分に腹が立つ。
シヴァ様の素晴らしさを称える言葉が見つからない。
(ああ、本当に、)
これだから、シヴァ様を崇拝する事を辞められないのだ。