ルドラがそんな勘違いをしているなど知りもしない芝崎は、
「……よく、やった……?……ありがとう。」
その後蛇達に告げたこの台詞で起きた勘違いの事も気がついてない。
蛇達からすれば、唯一である対等な存在を自らの手で引導を渡したシヴァこと芝崎が、全てを飲み込んで出た言葉がこの言葉だと思っていた。
涙を堪え、出た言葉は部下への礼の言葉。自分の感情を抑え、ボスとして在ろうとするその姿に全員の涙腺は崩壊した。
そして「どんなことがあろうと、貴方がどんな感情を吐露しようと俺たちはずっとついて行くぜ!」というシヴァへの忠誠心をアピールするため、
「俺たちはシヴァ様、貴方が行く先、行く道にこの命尽きるでついて行きます。」
「シヴァ様のための武器となり盾となりその御身を守ります。」
「そして時に貴方を遮る障害を切り開くアトリビュートとなりましょう。」
「アタシは貴方様の耳となり。」
「僕は目となり、シヴァ様を支える柱となります。」
「俺はシヴァ様とその御目の道を切り開く兵となります。」
という忠誠宣誓フィーバータイムに突入してしまったのだ。これはひどい。
そして、この
「……また、皆でチェスしようね。」
という芝崎の欲望がポロッと出てしまった台詞。
これも蛇達からすれば、今回の指示を伝達する(※勘違い)チェスの事が真っ先に浮かび、転じて「僕が指示を出した時は頼むね。」という湾曲した解釈が出来上がった。
最早修正不可能な勘違いである。
さて、それほどまでこじれた勘違いの中、芝崎のいう「普通の生活」に戻れるかといえば、答えは否である。
****
……──数年後。
「なんで『日本人』に手を出したんだ!?」
「はぁ!?なんだよ!そんなに怒んなくたっていーだろ!?平和ボケした国の人間が一番カモにしやすいだろーが!」
決して治安のいいと言えない廃墟の並ぶ路地裏で二人の男が胸ぐらを掴み合いながら大声を出す。
何だ何だと野次馬に集まった人達は『日本人』というワードに、一斉に顔を青くした。
裏で生きる人間、ましてやより深い所にいるヤツら程、『日本人』に手を出すことがどれほど危険なのか知っているからだ。
「馬鹿かお前!日本人に手を出したら『チャトランガ』に……!」
胸ぐらを掴んで揺さぶる男は今にも死にそうな顔色で唾を飛ばす。
こいつは何をそんなに喚いているんだ、と男も怒鳴り返そうとしたその時。
「はーい、呼びました?」
真後ろから若い男の声が聞こえた。
「ヒッ……!」
「アッ、なんっ、ど、どうして……!」
突然のことに男の喉が引き攣る。
胸ぐらを掴み揺さぶっていた男はその姿を見た瞬間、顔色を青くさせ、後ろへとよろめいた。
「どうして、シヴァの目、第三の目がここに……!?」
日本にいるはずじゃ、と声を震わせるその男のセリフに、野次馬に来ていたもの達も関係ないというのに顔から血の気が引く。
今や裏の者ならほとんどの者が知っているチャトランガ。
知らないのは日本人に手を出したそこの男のようなチンピラ成り立てか余程の馬鹿だけだ。
そんなチャトランガの古参幹部、第三の目が、ここにいる。この国にいる。
それが、どれほどの恐怖か。
「あ、僕の事知ってるんですか?それは良かったです!手間が省けて!」
仮面越しににっこりと笑ったのがわかるが、男たちからすれば、そんな余裕は無い。
日本人に手を出した男でさえ、第三の目の雰囲気に飲まれ、何も言えなくなっていた。
「……まあ、僕だけじゃないんですけどね。」
「……は?」
その言葉に思わず言葉をこぼしたのは男か、周りの人間か。
第三の目がゆっくりと上を指さす。
その指先を追うように恐る恐る上へと視線を向ければ、廃ビルのベランダに並ぶ黒い数人の人影が。
「ヒッ……!?ま、まさか……!」
まるでチェスの駒を示したような白黒の仮面。
それらを着用できるのは幹部だけ。
つまり、ここにいる人影は、全て……
「シヴァ様は大変お怒りです。やっとチャトランガの庇護下の者への手出しが減ってきたと思ったらまだ手を出す馬鹿が現れたんですから。」
男はそこでようやく、自分が本当に手を出しては行けないところに手を出したのだと気がついた。背中を伝う汗が気持ち悪い。全身がここから逃げろと言っているのに足も手もピクリとも動かない。完全に相手への恐怖に呑まれていた。
「おかげで暇な幹部ぜーいんで行ってこいとのお達しだ。馬鹿なことしたなぁ。」
「チャトランガ本拠地の日本の国民に手を出すなんてホント馬鹿ね。」
朽ちたベランダに並ぶ男と女がくすくすと笑う。
日本人に手を出したことを咎めていた男が小さく「武闘派筆頭の三叉槍と情報屋川……!」と声を震わせた。
「まあ、早い話が見せしめだ。チャトランガは庇護下の者への手出しを許さない。」
そう冷たく告げた最高幹部蛇の言葉に、男本人は恐怖のあまり腰を抜かし這いずるように逃げはじめ、第三の目に「わぁ!害虫の真似ですか?」と背中を思いっ切り踏みつけられた。
野次馬は蜘蛛の子を散らすように慌てて逃げ去り、胸ぐらを掴んでいた男は膝を着いて頭を伏せた。日本人に手を出すなと再三言っていたが、それを止められなかった自分のケジメのつもりだった。
日本人に手を出してはいけない。
チャトランガの庇護下の者に手を出してはいけない。
今や各地で勢力を広げる裏組織、チャトランガ。あの国際テロ組織弓の射手を解散させた裏社会のトップに手を出してはいけないと、暗黙のルールだったのに。
この日、とある国の裏路地で、旅行客をカモに犯罪を繰り返していた男が消えたらしい。
チャトランガにおいて殺しはご法度。だが生きていたとしても男はチャトランガを敵に回した以上、何処で生きるにも肩身の狭い思いをするだろう。
とはいえ、
「……家に出たネズミの話していたら皆どっか行っちゃったんだけどなんで……??」
相変わらず、芝崎は何もわかっていないままである。
END
「……よく、やった……?……ありがとう。」
その後蛇達に告げたこの台詞で起きた勘違いの事も気がついてない。
蛇達からすれば、唯一である対等な存在を自らの手で引導を渡したシヴァこと芝崎が、全てを飲み込んで出た言葉がこの言葉だと思っていた。
涙を堪え、出た言葉は部下への礼の言葉。自分の感情を抑え、ボスとして在ろうとするその姿に全員の涙腺は崩壊した。
そして「どんなことがあろうと、貴方がどんな感情を吐露しようと俺たちはずっとついて行くぜ!」というシヴァへの忠誠心をアピールするため、
「俺たちはシヴァ様、貴方が行く先、行く道にこの命尽きるでついて行きます。」
「シヴァ様のための武器となり盾となりその御身を守ります。」
「そして時に貴方を遮る障害を切り開くアトリビュートとなりましょう。」
「アタシは貴方様の耳となり。」
「僕は目となり、シヴァ様を支える柱となります。」
「俺はシヴァ様とその御目の道を切り開く兵となります。」
という忠誠宣誓フィーバータイムに突入してしまったのだ。これはひどい。
そして、この
「……また、皆でチェスしようね。」
という芝崎の欲望がポロッと出てしまった台詞。
これも蛇達からすれば、今回の指示を伝達する(※勘違い)チェスの事が真っ先に浮かび、転じて「僕が指示を出した時は頼むね。」という湾曲した解釈が出来上がった。
最早修正不可能な勘違いである。
さて、それほどまでこじれた勘違いの中、芝崎のいう「普通の生活」に戻れるかといえば、答えは否である。
****
……──数年後。
「なんで『日本人』に手を出したんだ!?」
「はぁ!?なんだよ!そんなに怒んなくたっていーだろ!?平和ボケした国の人間が一番カモにしやすいだろーが!」
決して治安のいいと言えない廃墟の並ぶ路地裏で二人の男が胸ぐらを掴み合いながら大声を出す。
何だ何だと野次馬に集まった人達は『日本人』というワードに、一斉に顔を青くした。
裏で生きる人間、ましてやより深い所にいるヤツら程、『日本人』に手を出すことがどれほど危険なのか知っているからだ。
「馬鹿かお前!日本人に手を出したら『チャトランガ』に……!」
胸ぐらを掴んで揺さぶる男は今にも死にそうな顔色で唾を飛ばす。
こいつは何をそんなに喚いているんだ、と男も怒鳴り返そうとしたその時。
「はーい、呼びました?」
真後ろから若い男の声が聞こえた。
「ヒッ……!」
「アッ、なんっ、ど、どうして……!」
突然のことに男の喉が引き攣る。
胸ぐらを掴み揺さぶっていた男はその姿を見た瞬間、顔色を青くさせ、後ろへとよろめいた。
「どうして、シヴァの目、第三の目がここに……!?」
日本にいるはずじゃ、と声を震わせるその男のセリフに、野次馬に来ていたもの達も関係ないというのに顔から血の気が引く。
今や裏の者ならほとんどの者が知っているチャトランガ。
知らないのは日本人に手を出したそこの男のようなチンピラ成り立てか余程の馬鹿だけだ。
そんなチャトランガの古参幹部、第三の目が、ここにいる。この国にいる。
それが、どれほどの恐怖か。
「あ、僕の事知ってるんですか?それは良かったです!手間が省けて!」
仮面越しににっこりと笑ったのがわかるが、男たちからすれば、そんな余裕は無い。
日本人に手を出した男でさえ、第三の目の雰囲気に飲まれ、何も言えなくなっていた。
「……まあ、僕だけじゃないんですけどね。」
「……は?」
その言葉に思わず言葉をこぼしたのは男か、周りの人間か。
第三の目がゆっくりと上を指さす。
その指先を追うように恐る恐る上へと視線を向ければ、廃ビルのベランダに並ぶ黒い数人の人影が。
「ヒッ……!?ま、まさか……!」
まるでチェスの駒を示したような白黒の仮面。
それらを着用できるのは幹部だけ。
つまり、ここにいる人影は、全て……
「シヴァ様は大変お怒りです。やっとチャトランガの庇護下の者への手出しが減ってきたと思ったらまだ手を出す馬鹿が現れたんですから。」
男はそこでようやく、自分が本当に手を出しては行けないところに手を出したのだと気がついた。背中を伝う汗が気持ち悪い。全身がここから逃げろと言っているのに足も手もピクリとも動かない。完全に相手への恐怖に呑まれていた。
「おかげで暇な幹部ぜーいんで行ってこいとのお達しだ。馬鹿なことしたなぁ。」
「チャトランガ本拠地の日本の国民に手を出すなんてホント馬鹿ね。」
朽ちたベランダに並ぶ男と女がくすくすと笑う。
日本人に手を出したことを咎めていた男が小さく「武闘派筆頭の三叉槍と情報屋川……!」と声を震わせた。
「まあ、早い話が見せしめだ。チャトランガは庇護下の者への手出しを許さない。」
そう冷たく告げた最高幹部蛇の言葉に、男本人は恐怖のあまり腰を抜かし這いずるように逃げはじめ、第三の目に「わぁ!害虫の真似ですか?」と背中を思いっ切り踏みつけられた。
野次馬は蜘蛛の子を散らすように慌てて逃げ去り、胸ぐらを掴んでいた男は膝を着いて頭を伏せた。日本人に手を出すなと再三言っていたが、それを止められなかった自分のケジメのつもりだった。
日本人に手を出してはいけない。
チャトランガの庇護下の者に手を出してはいけない。
今や各地で勢力を広げる裏組織、チャトランガ。あの国際テロ組織弓の射手を解散させた裏社会のトップに手を出してはいけないと、暗黙のルールだったのに。
この日、とある国の裏路地で、旅行客をカモに犯罪を繰り返していた男が消えたらしい。
チャトランガにおいて殺しはご法度。だが生きていたとしても男はチャトランガを敵に回した以上、何処で生きるにも肩身の狭い思いをするだろう。
とはいえ、
「……家に出たネズミの話していたら皆どっか行っちゃったんだけどなんで……??」
相変わらず、芝崎は何もわかっていないままである。
END

