「今日みんなに集まってもらったのは、映画のストーリーと配役を決めたかったからなんだよね」
スマホでデザリングしてタブレットをインターネットに繋ぐと、大晴がその画面をわたし達のほうに向ける。
「なんかさー、ネットで探したら、おれ達にもできそうな舞台用の台本とかいろいろあって……。そのなかで、おれがいいなって思ったやつがこれなんだけど。こういうのどう思う?」
大晴が見せてきたのは、わたし達みたいな学生が文化祭で映画を作ったりするのに使えるような脚本とどこかの映画部が撮影した簡単なプロモーション動画。
ストーリーの内容は、事故に遭って記憶を失くしたヒロインが、同じ事故で亡くなり幽霊になってしまった恋人と期限付きで恋をするというもの。ラストでヒロインは、忘れてしまった恋人のことを思い出し、幽霊の彼はヒロインを残して消えてしまう。
人気イケメン俳優と美人女優の共演で映画上映されそうな、感動系のせつないラブストーリーだ。
「いいけど……。大晴はほんとうにこの話を撮りたいの?」
台本とプロモーション動画を見せられたあと、一番にそんな感想を口にしたのはわたしだった。
正直な気持ちを言うと、この話はあまり大晴っぽくない。明るくて楽しいことが好きな大晴が選ぶのは、青春系だとしても、もっとコメディーっぽい要素があるものだと思ってた。
「いい話だけど……、あんまりたいせーっぽくはないよな」
隣でタブレットを覗いていた涼晴も、わたしと同じ意見らしい。
「わたしはいいと思うよ。このプロモーション動画みたいにエモい画が撮れるのかなっていうのは気になるけど」
わたしにほとんど無理やり連れてこられたあやめが、そう言って苦笑いする。わたしと涼晴とあやめ、三人の意見を聞いたあと、大晴がタブレットでもう一度プロモーション動画を再生し始めた。
恋人役のふたりが、浜辺を走るシーンや夜の公園できらめく花火。夏空の下で顔を寄せ合い笑うふたり。映像からは、ふたりのお互いを好きな気持ちがわかりやすく、きゅんと伝わってくる。
「うーん……。撮影に使うのはスマホだし、編集でどれくらいエモい画にできるかっていう問題はあるけど……。おれはどうしても、このストーリーがいいなって思ってるんだよね」
動画を見つめながら言う大晴の話し方からして、彼が撮りたい映画はこれ一択。初めから他の選択肢なんてなかったんだろう。大晴は、昔から、これだと自分で決めたことは譲らない。
「蒼月は? この話、どう思う?」
二回目のプロモーション動画の再生が終わると、大晴が名指しで蒼月に意見を求めた。
そういえば、蒼月はさっきからずっとわたし達の輪から少し離れて動画を見ていて、ひとりだけなんの感想も言っていない。手にはスマホを持っていて、動画よりもそっちのほうを気にしている感じだ。全員が蒼月のほうを見ると、顔をあげた彼が困ったように眉尻を下げる。
「蒼月は、この話どう思った?」
「――悪くないんじゃないかな」
蒼月の答えはあまり歯切れがよくない。あまり興味がなさそうだし、そもそもちゃんと動画を見ていたのだろうか。
二日前にわたしと大晴と三人で会ったときは、大晴の提案してきた「夏の思い出」作りにもう少し興味を持っている様子だったのに。今の蒼月は少しうわの空だ。大晴だってそれに気付いているはずなのに、蒼月の言葉に「だよな」と言って、にこっと笑う。
「みんなもこれでいい?」
「たいせーが気に入ってるなら、いいんじゃない」
「うん、わたしはいいよ」
「よかった。じゃあ、ストーリーはこれで決定」
みんながなんとなく賛成すると、大晴が口角を上げて満足そうに頷いた。
「ただ、映画撮るのはいいけど、費用はあんまりかけられないだろ。だから、ロケ地は基本学校。登場人物たちもみんな高校生だし、衣装は基本的にうちの学校の制服な。海とか花火とか。そういうデートっぽいシーンは私服で。小道具とかもなるべく手持ちのものとか、買っても安く用意できるやつにしたい」
てきとうなのかと思っていたら、大晴は現実的にいろいろと考えていたらしい。わたしたちみたいなシロウトに、スマホだけでどのくらい映画らしいものが撮れるのかはわからないけど……。大晴の話を聞いていたら、本格的なものはムリでも、それっぽいものは撮れるのかなという気がしてきた。
「で、配役なんだけど……」
撮影方法や撮影場所について考えてきたことをひととおり説明したあと、大晴がちらっとわたしのほうを見る。
「配役も大晴が決めるの?」
「そりゃそうだろ。おれ、監督兼カメラマンだから」
そんな大晴の言葉に、わたしは少しだけ嫌な予感がした。まさか、大晴の考えてきてる配役って……。
「事故で記憶を失くしたヒロイン役が陽咲で、幽霊になった恋人役が蒼月な。藤澤さんはヒロインの友達役で、涼晴は幽霊の恋人の弟役をやってほしい」
大晴のキャスティングに、わたしは正直すごくとまどった。
みんなで映画を撮るのはいい。大晴が持ってきた台本にだって文句はない。だけど……。わたし自身が映画に出るということにまでは深く考えが及んでいなかった。
でも、そうか……。こんな少人数で映画を作るのだから、当然出演者だって限られてくる。
だとしても、ヒロインをやるのはちょっと荷が重い。しかも、恋人役をするのが蒼月だなんて……。ただでさえ、わたしと蒼月との関係はイマイチだし。わたし達は演技だってシロウトだ。そんなふたりで恋人役を演じたって、ぎくしゃくするに決まってる。
蒼月はこのキャスティングをどう思ってるのだろう。こっそりと確かめると、蒼月は完全な無表情で大晴の話を聞いていた。
蒼月の性格からして、主役なんて断りそうなのに。黙って大晴のことを見ている蒼月は何を考えているのかまるでわからない。
「ちなみに、それぞれの役柄の名前なんだけど、台本では決まってないんだ。役柄の名前は、台本を使う人が自由に決められるようになってる。だから、みんなそれぞれの役を自分の名前のままでやってもらおうかなって思ってるから」
蒼月やみんなの様子をうかがっていると、大晴がにこにこしながらそう言った。
「え、ちょっと待って。本名をそのまま使うの?」
「そのつもり。そのほうが、ややこしくないだろ」
にこっと笑う大晴に、「いや、ややこしいよ!」と思わず突っ込む。
「なんで?」
「なんで、って……」
さらっと流し読みした台本では、ヒロインと幽霊になった恋人がお互いに「好き」という言葉を伝えるシーンがあった。それを、わたしと蒼月が実名で演じるのはなんというか……。想像するだけで恥ずかしい。
だいたい、大晴はどういうつもりでこんな配役を決めたんだろう。
大晴は何も言ってこないけど、わたしは夏休み前に大晴に告白されている。
わたしと蒼月になら、撮影のときに多少ムリな指示も出せるからかもしれないけど、仮にも好きだと思っている子に、別の人と恋人役をやらせるなんて。もし、わたしが逆の立場だったら、絶対モヤる。たとえ演技だとしても、好きな人と他の人が仲良さそうにしているところを見るのはいやだ。
きちんと返事ができていない身でこんなことを思うのもおかしいけれど、わたしへの大晴の気持ちはそこまで本気じゃなかったのかな。
わたしに告白してきたとき、大晴は「夏休みにデートしたい」って言っていた。でも、夏休みが始まっても大晴からの遊びの誘いはないし、本気で映画を撮るなら、部活以外の空いている日は撮影で埋まってしまうだろう。
「蒼月は? おれの考え聞いてどう思った?」
ぐるぐると考えていると、大晴がまた蒼月に意見を求めた。大晴の話を聞きながら、スマホに視線を落としていた蒼月がおもむろに顔をあげる。
「僕はべつにかまわないよ」
蒼月が無表情で大晴を見返しながら、あまり興味なさそうに返事をする。大晴と蒼月のやりとりを聞きながら、わたしはふと思った。
大晴はさっきから、わたし達みんなに意見を求めているようで、最終的に蒼月の意見ばかりを確認しているような気がする。
もともと、映画を作りたいと言いだしたのは大晴だ。一緒に映画を作れるメンバーを探せと言ったのも大晴だし、今日、ここにわたし達を集めたのも大晴。
こういうとき、今までだったら自分の決めたとおりの展開になるように周囲を動かしていくのが大晴なのに、今回はやたらと蒼月のことを気にかけていて、それがなんとなく大晴らしくない。
それに蒼月だって、さっきから適当な返事ばかりをしているけれど、ほんとうに本名でわたしと恋人役なんてやっていいと思っているんだろうか。
大晴が見せてくれた映画のプロモーションビデオの中には、主演の二人が手を繋いでデートしたり、お互いが「好き」だと気持ちを伝えるシーンもあった。
蒼月は七年前から微妙に距離のあるわたしと、演技だとしても恋人みたいにデートしたり、「好き」だと言ったりできるんだろうか。それとも、そういうことをするのに抵抗も感じないくらいわたしには興味ない……?
そう考えたら、少し複雑な気持ちになったし、恋愛映画のヒロインにキャスティングされたくらいで戸惑っている自分が自意識過剰みたいに思えてきた。
「蒼月は本名でも大丈夫みたいだけど、陽咲やみんなは?」
そういう、大晴の聞き方はずるい。
「おれはどっちでも」
「……うん」
不思議だけれど、冷静であまり感情に振り回されない蒼月が「いい」と言えば、なんとなくそれ以上は反対意見が出せなくなる。
もしかしたら大晴は、わたし達が反対できなくなるように意図的に蒼月に意見を求めただけなのかもしれない。涼晴やあやめが大晴の案に流されるように賛成すると、わたしひとりだけが反対するわけにもいかなくなる。
「陽咲も、それでいいよな?」
大晴がわたしのことを真っ直ぐに見てくる。その目が、「反対するなよ」と無言の圧をかけてくる。
蒼月と本名で恋人役をやるなんて本音では恥ずかしすぎるけど、こんなふうに圧をかけてくるときの大晴は、絶対に自分の意見を曲げないし譲らない。
ここは、わたしが割り切るしかないのか。文化祭で、全校に本名で演じた映画が流されるなんてはずかしくて死ねそうだけど……。部活でもない、素人が有志で撮った自己満足の映画なんて、ほとんど誰も見に来ないよね。
何度も心の中で自分に言い聞かせてから、最後には諦めのため息を吐く。
「……わかった」
わたしがそう答えた瞬間、大晴がニヤリと口角をあげる。その表情を見て、すぐに思った。さっきは大晴らしくないと思ったけど、わたしの勘違い。きっと、ここまでが全部大晴の策略だったに違いない。
いつだって自分の決めたとおりの展開になるように、周囲をうまく動かす。それが、大晴なんだから。
スマホでデザリングしてタブレットをインターネットに繋ぐと、大晴がその画面をわたし達のほうに向ける。
「なんかさー、ネットで探したら、おれ達にもできそうな舞台用の台本とかいろいろあって……。そのなかで、おれがいいなって思ったやつがこれなんだけど。こういうのどう思う?」
大晴が見せてきたのは、わたし達みたいな学生が文化祭で映画を作ったりするのに使えるような脚本とどこかの映画部が撮影した簡単なプロモーション動画。
ストーリーの内容は、事故に遭って記憶を失くしたヒロインが、同じ事故で亡くなり幽霊になってしまった恋人と期限付きで恋をするというもの。ラストでヒロインは、忘れてしまった恋人のことを思い出し、幽霊の彼はヒロインを残して消えてしまう。
人気イケメン俳優と美人女優の共演で映画上映されそうな、感動系のせつないラブストーリーだ。
「いいけど……。大晴はほんとうにこの話を撮りたいの?」
台本とプロモーション動画を見せられたあと、一番にそんな感想を口にしたのはわたしだった。
正直な気持ちを言うと、この話はあまり大晴っぽくない。明るくて楽しいことが好きな大晴が選ぶのは、青春系だとしても、もっとコメディーっぽい要素があるものだと思ってた。
「いい話だけど……、あんまりたいせーっぽくはないよな」
隣でタブレットを覗いていた涼晴も、わたしと同じ意見らしい。
「わたしはいいと思うよ。このプロモーション動画みたいにエモい画が撮れるのかなっていうのは気になるけど」
わたしにほとんど無理やり連れてこられたあやめが、そう言って苦笑いする。わたしと涼晴とあやめ、三人の意見を聞いたあと、大晴がタブレットでもう一度プロモーション動画を再生し始めた。
恋人役のふたりが、浜辺を走るシーンや夜の公園できらめく花火。夏空の下で顔を寄せ合い笑うふたり。映像からは、ふたりのお互いを好きな気持ちがわかりやすく、きゅんと伝わってくる。
「うーん……。撮影に使うのはスマホだし、編集でどれくらいエモい画にできるかっていう問題はあるけど……。おれはどうしても、このストーリーがいいなって思ってるんだよね」
動画を見つめながら言う大晴の話し方からして、彼が撮りたい映画はこれ一択。初めから他の選択肢なんてなかったんだろう。大晴は、昔から、これだと自分で決めたことは譲らない。
「蒼月は? この話、どう思う?」
二回目のプロモーション動画の再生が終わると、大晴が名指しで蒼月に意見を求めた。
そういえば、蒼月はさっきからずっとわたし達の輪から少し離れて動画を見ていて、ひとりだけなんの感想も言っていない。手にはスマホを持っていて、動画よりもそっちのほうを気にしている感じだ。全員が蒼月のほうを見ると、顔をあげた彼が困ったように眉尻を下げる。
「蒼月は、この話どう思った?」
「――悪くないんじゃないかな」
蒼月の答えはあまり歯切れがよくない。あまり興味がなさそうだし、そもそもちゃんと動画を見ていたのだろうか。
二日前にわたしと大晴と三人で会ったときは、大晴の提案してきた「夏の思い出」作りにもう少し興味を持っている様子だったのに。今の蒼月は少しうわの空だ。大晴だってそれに気付いているはずなのに、蒼月の言葉に「だよな」と言って、にこっと笑う。
「みんなもこれでいい?」
「たいせーが気に入ってるなら、いいんじゃない」
「うん、わたしはいいよ」
「よかった。じゃあ、ストーリーはこれで決定」
みんながなんとなく賛成すると、大晴が口角を上げて満足そうに頷いた。
「ただ、映画撮るのはいいけど、費用はあんまりかけられないだろ。だから、ロケ地は基本学校。登場人物たちもみんな高校生だし、衣装は基本的にうちの学校の制服な。海とか花火とか。そういうデートっぽいシーンは私服で。小道具とかもなるべく手持ちのものとか、買っても安く用意できるやつにしたい」
てきとうなのかと思っていたら、大晴は現実的にいろいろと考えていたらしい。わたしたちみたいなシロウトに、スマホだけでどのくらい映画らしいものが撮れるのかはわからないけど……。大晴の話を聞いていたら、本格的なものはムリでも、それっぽいものは撮れるのかなという気がしてきた。
「で、配役なんだけど……」
撮影方法や撮影場所について考えてきたことをひととおり説明したあと、大晴がちらっとわたしのほうを見る。
「配役も大晴が決めるの?」
「そりゃそうだろ。おれ、監督兼カメラマンだから」
そんな大晴の言葉に、わたしは少しだけ嫌な予感がした。まさか、大晴の考えてきてる配役って……。
「事故で記憶を失くしたヒロイン役が陽咲で、幽霊になった恋人役が蒼月な。藤澤さんはヒロインの友達役で、涼晴は幽霊の恋人の弟役をやってほしい」
大晴のキャスティングに、わたしは正直すごくとまどった。
みんなで映画を撮るのはいい。大晴が持ってきた台本にだって文句はない。だけど……。わたし自身が映画に出るということにまでは深く考えが及んでいなかった。
でも、そうか……。こんな少人数で映画を作るのだから、当然出演者だって限られてくる。
だとしても、ヒロインをやるのはちょっと荷が重い。しかも、恋人役をするのが蒼月だなんて……。ただでさえ、わたしと蒼月との関係はイマイチだし。わたし達は演技だってシロウトだ。そんなふたりで恋人役を演じたって、ぎくしゃくするに決まってる。
蒼月はこのキャスティングをどう思ってるのだろう。こっそりと確かめると、蒼月は完全な無表情で大晴の話を聞いていた。
蒼月の性格からして、主役なんて断りそうなのに。黙って大晴のことを見ている蒼月は何を考えているのかまるでわからない。
「ちなみに、それぞれの役柄の名前なんだけど、台本では決まってないんだ。役柄の名前は、台本を使う人が自由に決められるようになってる。だから、みんなそれぞれの役を自分の名前のままでやってもらおうかなって思ってるから」
蒼月やみんなの様子をうかがっていると、大晴がにこにこしながらそう言った。
「え、ちょっと待って。本名をそのまま使うの?」
「そのつもり。そのほうが、ややこしくないだろ」
にこっと笑う大晴に、「いや、ややこしいよ!」と思わず突っ込む。
「なんで?」
「なんで、って……」
さらっと流し読みした台本では、ヒロインと幽霊になった恋人がお互いに「好き」という言葉を伝えるシーンがあった。それを、わたしと蒼月が実名で演じるのはなんというか……。想像するだけで恥ずかしい。
だいたい、大晴はどういうつもりでこんな配役を決めたんだろう。
大晴は何も言ってこないけど、わたしは夏休み前に大晴に告白されている。
わたしと蒼月になら、撮影のときに多少ムリな指示も出せるからかもしれないけど、仮にも好きだと思っている子に、別の人と恋人役をやらせるなんて。もし、わたしが逆の立場だったら、絶対モヤる。たとえ演技だとしても、好きな人と他の人が仲良さそうにしているところを見るのはいやだ。
きちんと返事ができていない身でこんなことを思うのもおかしいけれど、わたしへの大晴の気持ちはそこまで本気じゃなかったのかな。
わたしに告白してきたとき、大晴は「夏休みにデートしたい」って言っていた。でも、夏休みが始まっても大晴からの遊びの誘いはないし、本気で映画を撮るなら、部活以外の空いている日は撮影で埋まってしまうだろう。
「蒼月は? おれの考え聞いてどう思った?」
ぐるぐると考えていると、大晴がまた蒼月に意見を求めた。大晴の話を聞きながら、スマホに視線を落としていた蒼月がおもむろに顔をあげる。
「僕はべつにかまわないよ」
蒼月が無表情で大晴を見返しながら、あまり興味なさそうに返事をする。大晴と蒼月のやりとりを聞きながら、わたしはふと思った。
大晴はさっきから、わたし達みんなに意見を求めているようで、最終的に蒼月の意見ばかりを確認しているような気がする。
もともと、映画を作りたいと言いだしたのは大晴だ。一緒に映画を作れるメンバーを探せと言ったのも大晴だし、今日、ここにわたし達を集めたのも大晴。
こういうとき、今までだったら自分の決めたとおりの展開になるように周囲を動かしていくのが大晴なのに、今回はやたらと蒼月のことを気にかけていて、それがなんとなく大晴らしくない。
それに蒼月だって、さっきから適当な返事ばかりをしているけれど、ほんとうに本名でわたしと恋人役なんてやっていいと思っているんだろうか。
大晴が見せてくれた映画のプロモーションビデオの中には、主演の二人が手を繋いでデートしたり、お互いが「好き」だと気持ちを伝えるシーンもあった。
蒼月は七年前から微妙に距離のあるわたしと、演技だとしても恋人みたいにデートしたり、「好き」だと言ったりできるんだろうか。それとも、そういうことをするのに抵抗も感じないくらいわたしには興味ない……?
そう考えたら、少し複雑な気持ちになったし、恋愛映画のヒロインにキャスティングされたくらいで戸惑っている自分が自意識過剰みたいに思えてきた。
「蒼月は本名でも大丈夫みたいだけど、陽咲やみんなは?」
そういう、大晴の聞き方はずるい。
「おれはどっちでも」
「……うん」
不思議だけれど、冷静であまり感情に振り回されない蒼月が「いい」と言えば、なんとなくそれ以上は反対意見が出せなくなる。
もしかしたら大晴は、わたし達が反対できなくなるように意図的に蒼月に意見を求めただけなのかもしれない。涼晴やあやめが大晴の案に流されるように賛成すると、わたしひとりだけが反対するわけにもいかなくなる。
「陽咲も、それでいいよな?」
大晴がわたしのことを真っ直ぐに見てくる。その目が、「反対するなよ」と無言の圧をかけてくる。
蒼月と本名で恋人役をやるなんて本音では恥ずかしすぎるけど、こんなふうに圧をかけてくるときの大晴は、絶対に自分の意見を曲げないし譲らない。
ここは、わたしが割り切るしかないのか。文化祭で、全校に本名で演じた映画が流されるなんてはずかしくて死ねそうだけど……。部活でもない、素人が有志で撮った自己満足の映画なんて、ほとんど誰も見に来ないよね。
何度も心の中で自分に言い聞かせてから、最後には諦めのため息を吐く。
「……わかった」
わたしがそう答えた瞬間、大晴がニヤリと口角をあげる。その表情を見て、すぐに思った。さっきは大晴らしくないと思ったけど、わたしの勘違い。きっと、ここまでが全部大晴の策略だったに違いない。
いつだって自分の決めたとおりの展開になるように、周囲をうまく動かす。それが、大晴なんだから。