あやめと一緒に学校の外のコンビニで昼ごはんを買ってから、普通科の二年三組に行くと、教室の端っこの椅子に座ってスマホをいじっていた男子生徒が顔をあげた。

「あー、よかった。陽咲来てくれて。集合かけてきた張本人が時間過ぎても来ないし、もう帰ろうかと思った」

 苦笑いでため息を吐くのは大晴の弟、藤川 涼晴(りょうせい)だ。

 涼晴はわたし達の一個下。今年の春に、うちの高校に入学してきた。涼晴も、剣道部の部活終わりにここへ来たらしい。足元に、高校名と剣道部の名前が書かれた部活カバンが置いてある。

「大晴、涼晴のことも映画制作に誘ってたんだ?」
「そうだよ。昨日、いきなり人の部屋に入ってきたと思ったら『夏休みに、なんか思い出残さない?』って笑顔で言われて、吹いた」
「だよね。わたしも、大晴が暑さで頭おかしくなったかと思った。映画祭で賞をとった高校生のドキュメンタリー見て、影響されたって言ってたね」
「あー、言ってた。青春っぽいことして、この夏の記録を残そうって熱く語り出すから、うぜーって思ったけど……。陽咲と蒼月くんが一緒にやるって聞いて、手伝ってやろっかなって」

 涼晴が目を細めて、ふっと笑う。その笑い方が、妙におとなっぽく見えた。ちょっと前まで、ただの生意気な悪ガキだったのに。

「映画、矢野くんも参加するんだ?」

 わたしが大晴とふたりでイタズラしておばさんに怒られていた頃の涼晴のことを思い出していると、あやめが意外そうに訊ねてきた。

 同じ中学出身のあやめは、大晴だけでなく蒼月のことも知っている。

 中学時代の蒼月は頭が良くて成績ではほぼ毎回学年トップだったけど、それ以外の場面では目立たない男子だった。運動が全然できないわけでもないし、友達がいなかったわけでもないけど、みんなが盛り上がるようなイベントごとは興味なさそうに遠目に見ていた。だから、映画制作のメンバーに蒼月がいることがあまり信じられないみたいだ。

「そう。なんだかんだいって、蒼月は昔から大晴が大好きだからね。大晴に直接誘われたことは、めったに断らないんだよ」
「それ言ったら、たいせーも蒼月くん大好きだからね。 で、その人は陽咲の友達? その人も、映画撮影に参加すんの?」

 横から口を挟んで来た涼晴が、ふっと笑って、あやめのほうに視線を向ける。

「うん、今ちょうどスカウトしてきたところ。あやめはわたしの中学のときからのダブルスの相棒なの」
「へえ」
「あやめ。こっちは、大晴の弟の涼晴ね」
「よろしく、涼晴くん」
「よろしく」
「おー、みんなそろってる!」

 あやめと涼晴にそれぞれを紹介していると、ようやく大晴がやってきた。一時に集合をかけておきながら、堂々と二十分遅刻してきた大晴が、わたし達を見回してにこにことする。

「大晴……、呼び出しといて、また遅刻?」
「まあまあ。そういうこともあるって」
「大晴は、そういうことばっかりだよね」

 今日も自由奔放さ全開の大晴に文句を言っていると、教室のドアの向こうから蒼月が顔をのぞかせた。

 大晴と一緒に来たんだと思うけど……。恐る恐るって感じで教室の様子を伺う蒼月に、なんだか違和感を覚える。

「どうしたの、蒼月」

 気になって声をかけると、「陽咲……?」と、蒼月が確認するみたいにわたしを呼んだ。メガネの奥から不安そうな目で見つめられて、わたしは少しショックを受ける。

 二日前にコンビニからふたりで歩いて帰ったとき、ひさしぶりに蒼月とたくさん話して、彼との距離が少し縮まった気がしたのに。あれは、わたしの思い違いだったのかな。わたしと蒼月の距離は、近付くどころか前よりも遠ざかった気がする。 

「陽咲だけど……。どうしたの?」
「べつに、どうもしない……」

 ガッカリする気持ちを胸の奥に押し込んでヘラッと笑いかけると、蒼月がわたしから視線をはずして首を横に振る。それから、大晴の後ろに隠れるようにして教室に入ってきた。人見知りが一番ひどかった小学生の頃の蒼月みたいだ。

「集まってくれたメンバーはこれで全員?」

 蒼月のことを気にしてみていると、わたし達の集まる輪の中心に立った大晴が全員の顔を見回す。それから、「まあ、妥当なメンバーか」とひとりで納得したみたいに頷いた。

「映画って、こんな少人数で撮れるの?」
「うん、いけるんじゃない?」

 大晴が机におろしたリュックを開けて手を突っ込みながら、わたしの質問に適当に頷く。

「ほんとに? 大晴が涼晴を誘って、わたしがあやめのこと誘って……。蒼月は誰も誘わなくてよかったの? 特進科で仲良い友達とか」
「え、友達……?」

 わたしが念のため訊ねると、蒼月はあからさまに困った様子で、助けを求めるように大晴のほうを見る。やっぱり、蒼月の様子はこの前会ったときと全然違う。

 わたしが蒼月のことを怪訝な目で見ていると、それに気付いた大晴があっけらかんと笑った。

「あー。いいの、いいの。べつに絶対に誘えって意味で言ったわけじゃないから」
「そうなの?」
「そうそう。映画なんて、撮ろうと思えばひとりでも撮れるからね。それに、今回の映画制作で、出来栄えは全く重要じゃないし」

 大晴の発言に、「は?」と、わたしの表情がゆがむ。

「じゃあ、大晴がひとりで撮ればよくない?」

 せっかくみんなが集まってくれているのに、発言が無責任すぎる。わたし達だって、暇じゃないのに。

「それは違うんだって。言っただろ。おれは、陽咲や蒼月たちと今年の夏休みの記録を残したいんだって」
「記録? 思い出じゃなくて?」

 わたしが不満顔で訊ねると、大晴は微妙な間の後に、にこっと笑った。

「まあ、おんなじようなもんでしょ」

 なにが、どうおんなじなのだろう。なんだか、誤魔化されてうまく逃げられた気がする。

 だけど大晴は、腑に落ちない顔のわたしを無視して、リュックからタブレットを取り出した。