「あのな、陽咲、実は蒼月は――」
蒼月が去ったあと、大晴から聞かされた蒼月の秘密。それが、わたしの鼓動を激しく打ち鳴らす。
「蒼月は、陽咲と事故に遭った七月七日以降の記憶を覚えておけないんだ」
蒼月の抱えているような記憶障害を前向性健忘というらしい。蒼月の記憶の基点となっているのは、七月七日。彼の十七歳の誕生日。そして、わたしと彼が事故に遭った日。その日を境に、蒼月の記憶は一晩寝るとすべてリセットされてしまうのだ。
大晴の話を聞いて、夏休みの間ずっと蒼月に対して感じていた違和感の理由が分かったような気がした。
顔を合わす度に、ものすごく驚いたような顔をされていたのは、蒼月の記憶が事故でわたしが意識を失ったところで止まったままだから。ときどき話が噛み合わないのは、七月七日以降の行動や会話が蒼月の中で記憶としてとどめられていないから。大晴が毎日のように蒼月のところに通っていたのは、毎朝、事故でわたしを失う悪夢で目覚める蒼月の心を少しでも落ち着かせるため。
「蒼月が陽咲の告白を断ったのは、記憶障害のある自分が陽咲のそばにいるのはふさわしくないと思ったからじゃないかな。だって、あいつ、めちゃくちゃ陽咲のこと好きじゃん。映画見てたら気付いただろ。蒼月はべつに演技がうまいわけじゃないよ。その日の蒼月で、その日の陽咲と向き合ってただけ」
苦笑いで、ちょっと悔しそうな表情を浮かべる大晴の言葉が、わたしの胸をぎゅっと締め付ける。
すべてを知って、わたしはもうその場でおとなしくしていることはできなかった。
「教えてくれてありがとう。ごめんね、大晴。わたし……」
「うん。わかってる」
大晴の手をとって謝ると、淋しそうに笑って頷く彼のそばを離れる。
すぐに蒼月を追いかけなければいけないと思った。今日のうちに。今日の蒼月と話せるうちに。
階段を駆け降りて、速足で廊下を歩いていくと、パソコン室の鍵を戻してきた蒼月に出会う。
「蒼月」
足元に視線を落としていた蒼月が、わたしの声に反応して顔をあげる。
「え、陽咲……?」
驚いたように目を見開く蒼月に歩み寄ると、わたしは迷わず彼の手をつかんだ。
「蒼月。わたし、蒼月のことが好き」
突然の告白に、蒼月が大きく見開いた目を真ん丸にする。
「え? 陽咲、急にどうしたの?」
状況を飲み込めずにあわあわとする蒼月に、わたしはふっと笑いかけた。
大晴の話してくれたことは本当なのだ。わたしは前にも蒼月に告白したのに、彼は少しもそのことを覚えていない。
「ああ、そっか。そうなんだよね……」
一度目の告白のドキドキやフラれたときの胸を切られるような苦しさを思うと、蒼月の反応が少し憎らしい。だけど、あの日の蒼月が消した未来を、わたしは消さない。諦めない。
「あのね、わたし、決めたんだ。蒼月の時間が七月七日で止まったままなら、わたしが何度も好きだっていう。毎日、毎朝、蒼月に会いに行く。だから、明日も明後日もわたしと一緒にいない? 映画の中だけじゃなくて、わたしは現実でも蒼月と恋がしたい」
たとえこの先、わたしの記憶が少しずつかけていくかもしれなくても。蒼月の時間がずっと進まなくても。今日のこの瞬間を、わたし達はたしかにふたりで共有している。
何度同じことを繰り返すことになっても、ほんの一瞬でも、ふたりの気持ちが重なり合うのなら。
その瞬間が何度でも、わたし達にとってのハッピーエンドになるのだから。
Fin.
蒼月が去ったあと、大晴から聞かされた蒼月の秘密。それが、わたしの鼓動を激しく打ち鳴らす。
「蒼月は、陽咲と事故に遭った七月七日以降の記憶を覚えておけないんだ」
蒼月の抱えているような記憶障害を前向性健忘というらしい。蒼月の記憶の基点となっているのは、七月七日。彼の十七歳の誕生日。そして、わたしと彼が事故に遭った日。その日を境に、蒼月の記憶は一晩寝るとすべてリセットされてしまうのだ。
大晴の話を聞いて、夏休みの間ずっと蒼月に対して感じていた違和感の理由が分かったような気がした。
顔を合わす度に、ものすごく驚いたような顔をされていたのは、蒼月の記憶が事故でわたしが意識を失ったところで止まったままだから。ときどき話が噛み合わないのは、七月七日以降の行動や会話が蒼月の中で記憶としてとどめられていないから。大晴が毎日のように蒼月のところに通っていたのは、毎朝、事故でわたしを失う悪夢で目覚める蒼月の心を少しでも落ち着かせるため。
「蒼月が陽咲の告白を断ったのは、記憶障害のある自分が陽咲のそばにいるのはふさわしくないと思ったからじゃないかな。だって、あいつ、めちゃくちゃ陽咲のこと好きじゃん。映画見てたら気付いただろ。蒼月はべつに演技がうまいわけじゃないよ。その日の蒼月で、その日の陽咲と向き合ってただけ」
苦笑いで、ちょっと悔しそうな表情を浮かべる大晴の言葉が、わたしの胸をぎゅっと締め付ける。
すべてを知って、わたしはもうその場でおとなしくしていることはできなかった。
「教えてくれてありがとう。ごめんね、大晴。わたし……」
「うん。わかってる」
大晴の手をとって謝ると、淋しそうに笑って頷く彼のそばを離れる。
すぐに蒼月を追いかけなければいけないと思った。今日のうちに。今日の蒼月と話せるうちに。
階段を駆け降りて、速足で廊下を歩いていくと、パソコン室の鍵を戻してきた蒼月に出会う。
「蒼月」
足元に視線を落としていた蒼月が、わたしの声に反応して顔をあげる。
「え、陽咲……?」
驚いたように目を見開く蒼月に歩み寄ると、わたしは迷わず彼の手をつかんだ。
「蒼月。わたし、蒼月のことが好き」
突然の告白に、蒼月が大きく見開いた目を真ん丸にする。
「え? 陽咲、急にどうしたの?」
状況を飲み込めずにあわあわとする蒼月に、わたしはふっと笑いかけた。
大晴の話してくれたことは本当なのだ。わたしは前にも蒼月に告白したのに、彼は少しもそのことを覚えていない。
「ああ、そっか。そうなんだよね……」
一度目の告白のドキドキやフラれたときの胸を切られるような苦しさを思うと、蒼月の反応が少し憎らしい。だけど、あの日の蒼月が消した未来を、わたしは消さない。諦めない。
「あのね、わたし、決めたんだ。蒼月の時間が七月七日で止まったままなら、わたしが何度も好きだっていう。毎日、毎朝、蒼月に会いに行く。だから、明日も明後日もわたしと一緒にいない? 映画の中だけじゃなくて、わたしは現実でも蒼月と恋がしたい」
たとえこの先、わたしの記憶が少しずつかけていくかもしれなくても。蒼月の時間がずっと進まなくても。今日のこの瞬間を、わたし達はたしかにふたりで共有している。
何度同じことを繰り返すことになっても、ほんの一瞬でも、ふたりの気持ちが重なり合うのなら。
その瞬間が何度でも、わたし達にとってのハッピーエンドになるのだから。
Fin.