◆
大晴に引っ張られるようにして自室に戻った僕は、まず部屋のドアの内側の貼り紙を見せられた。
『僕、矢野 蒼月は二〇二三年七月七日以降の記憶を覚えておけない。
陽咲は無事。事故の日の記憶はないけど元気に過ごしているから心配ない。』
その貼り紙を書いた覚えも貼った覚えもない。でも、間違いなく僕の字だ。
貼り紙の下のほうには、僕の字とは別の字で小さく箇条書きに追記がされている。それが追記だとわかるのは、黒色の僕の字とは違って青色のペンで書かれているからだ。たぶん、大晴の字だと思う。
『・困ったらお母さんを頼るか大晴に連絡すること
・七月七日以降のことはスマホと机の中のノートで確認すること』
その追記を見る限り、僕はずいぶんと大晴に世話になってるらしい。
貼り紙の箇条書きにしたがって机の引き出しを開くと、青い表紙のノートが一冊。そこに、ホッチキス留めされた小冊子が一冊挟まっている。手にとってみると、少し折り目がついていて何度か読まれた形跡があった。
『消えていく君のカケラと、進まない僕の時間』
初めて目にするタイトルだ。表紙を捲ると中身は劇か何かの台本だった。机の中に入れてあったということは、僕が読んでいたものなのだろう。でも、なんのために台本なんて……。
小さく首を捻っていると、大晴が僕の手から台本を取り上げた。
「おれたち、夏休みに映画撮影してたんだ。それは、撮った映画の台本。ちなみに、ヒロインが陽咲でその恋人の役が蒼月」
「は? ウソ……」
映画撮影って……。陽咲の恋人の役ってどういうことだ……? 僕は何も知らない。そんなの、やるなんて言った覚えもない。
「ウソじゃないよ。蒼月、なかなか演技うまかったよ」
「な、何言ってんだよ。急に……」
「急じゃないよ。映画はもう全部撮り終わってて、実は今日がその試写会」
「試写会……?」
「そう。映画撮影のグループチャットに場所と時間は送ってるけど、今日の一時半から学校のパソコン室で」
そう言って、大晴が僕にベッドに置きっぱなしのスマホを渡してくる。
「今日の一時半……」
パスワードを解除してラインを開くと、一番上には未読の大晴からのメッセージが。その下に、『映画撮影チーム』というグループがある。初めて目にするそれを開くと、その中では僕の知らないたくさんのやりとりが行われていた。
グループに入っているメンバー、大晴、陽咲、涼晴、深澤さん僕の五人。見ると、直近で陽咲が入れたメッセージが入っていて、彼女の無事も確認できた。
グループの中の会話を上のほうへと辿っていくと、僕もごくたまにメッセージを入れている。全く身に覚えがないし、メンバーたちの会話の内容も意味不明だ。
やっぱり僕は、七月七日から二ヶ月後の未来にタイムループしてきたんだろうか。
「全部ではないと思うけど、蒼月はときどきその日の記録をスマホのカレンダーのメモに残してたよ。机の中のノートには、おれや蒼月の家族が未来の蒼月への伝言としてメモを残してる」
ぼんやりとグループラインを見つめていると、大晴がノートを広げた。
『蒼月は七月七日以降の記憶を覚えておけない。事故の後遺症で前方性健忘という記憶障害が起きている。
陽咲にケガはなく脳に異常はないが、七月七日の事故の日の記憶が丸ごとない。原因は不明。いつか思い出すかもしれないし、このまま思い出さないかもしれない』
一番初めのページには、大晴の字で説明書きみたいな文章が書かれている。その下に母さんの字で、『塾、学校の夏期講習は欠席の連絡済み』と書いてある。
大晴の言うとおり、そこには七月七日以降の記憶がない僕が生活をしていくうえで知っておいていいほうがいいようなことがほかにもいろいろと書かれていた。
ゆっくりとページをめくっていくと、『映画撮影スケジュール』と書かれたページが出てくる。
7月22日 大晴が蒼月と陽咲に映画制作を提案
7月24日 映画のストーリーとキャスティングが決める 午後1時、普通科2年3組に集合
7月31日 撮影日 午後1時に保健室集合
そのあとも何日の何時にどこに集合といったメモ書きが続く。そして、一番最後の予定が九月九日。
9月9日 試写会 1時半にパソコン室集合
これがおそらく、今日の予定だ。
「何も覚えなくて申し訳ないんだけど、僕はこの二ヶ月間、大晴たちと一緒にこの予定に書いてあることを全部してきたってこと?」
「そう。夏休みの思い出を記録に残しておきたくて。映画に使うシーン以外にもいっぱい動画残してるから、今度データにまとめて持ってくるな。そうすれば、覚えておけないことも消えてなくならないだろ」
大晴が歯を見せて、にっと笑う。目覚めてからわけのわからないことばかりだけれど、大晴の笑顔だけは僕の記憶にあるものと変わらない。夏の太陽みたいな、明るくてまぶしくて、少し押し付けがましくも大晴の笑顔に僕は微苦笑を返す。
話を聞くかぎり、ノートに書かれた映画制作は大晴が僕のために計画したものだったんだろう。集められたメンバーも。
「僕、みんなに迷惑かけてなかった?」
記憶を維持することができないのに、どうやって映画撮影なんてしたんだろう……。
「それは、おれがうまくやったからな。蒼月の状況を知ってから、おれができる限り毎朝家に来て、こうやって説明してる。おれが来れない日は、蒼月のお母さんが説明してくれてる。今のところ陽咲も涼晴も藤沢さんも蒼月の記憶障害のことは気付いてないよ」
「え、ほんとうに?」
「うん。まあ、みんな、最近の蒼月の様子がちょっと変だなとは思ってるだろうけど」
そのあとも、大晴は今日の僕に必要だと思う情報をいろいろと教えてくれた。
「悪い、蒼月。ほんとうは、試写会の時間までにもっといろいろ話したいことがあるけど今日はこれから部活なんだ」
ひととおり説明したあと、大晴がスマホで時間を確認して立ち上がった。
大晴が入っているのは、うちの高校のサッカー部。部活をやりながら映画撮影やその動画の編集をして、僕のところまで毎日顔を出していたという大晴は、この二ヶ月間、かなり忙しかったはずだ。
「そ、っか。ごめん……」
「なんで謝んの?」
「だって僕、大晴に迷惑かけてる……」
「何言ってんだよ。迷惑だったら毎日来ないよ。おれが来たくてきてるんだから、気にすんな」
大晴が笑って僕の肩を叩く。
おそらく僕には深刻な事態が起きているはずなのに、大晴があまりに明るく笑うから、ナーバスになりすぎなくて済む。もしかしたら大晴は、すべて計算したうえで、僕にこんなふうに接しているのかもしれない。
藤川 大晴はそういうやつだ。僕が知るなかで、一番いいやつ。
「とりあえず、蒼月の今日のミッションは一時半にパソコン室に来ること。夏休みに撮った映画、かなりいい感じに仕上がってるから楽しみにしてろよ」
自信たっぷりにそう言うと、大晴は「やべ、遅れる」と急ぎ足で僕の部屋から出ていった。
大晴が帰ったあと、僕はスマホのカレンダーアプリを開いてみた。大晴の話だと、僕はそのメモ欄にその日の出来事を書き残しているらしい。
最初の記録が残っているのは、事故から三日後の七月十日だ。
7月10日 僕には十七歳の誕生日以降の記憶がない。一緒に事故に遭った陽咲は生きてる。無事でよかった。
7月11日 陽咲からメッセージがきた。陽咲は事故の日のことを何も覚えていない。僕とケーキを食べたことも僕の告白も。
そこまで読んで、ドキッとした。
大晴から陽咲が事故の日のことを何も覚えていないと聞いたときは、ぼんやりと「そうか」と思っただけだったが、自分が記した文章を見て、きちんと事態を把握した。
事故の日のことを覚えていないというのは、そういうことなのだ。
十七歳の誕生日。陽咲とふたりでケーキを食べた幸せな時間も、心臓が破裂するかと思うほど緊張した告白も僕しか知らない。七月七日で時が止まってしまった僕だけが、ずっと忘れずに覚えている。
淋しさとせつなさで胸がきゅっとなったけれど、今日の記憶を明日に残しておけない僕に、陽咲との未来なんであるはずがない。
そのままさらにカレンダーのメモを読み続けていると、映画撮影に関連する記録も出てきた。
大晴に夏休みの思い出を残そうと提案され、映画の台本と役柄が決まったあとは、どんなシーンをどこで撮ったとか、誰と一緒のシーンだったとか書いてある。
公園で花火をしたり、大晴や陽咲と海に行ったり、覚えていないけれど今年の僕の夏休みは結構充実していたらしい。花火をした日や海に行った日は、おもわず苦笑いがこぼれるほど陽咲のことばかり書いてある。
僕の一番最後の記憶のなかでは、陽咲は青ざめてぐったりと目を閉じていたのに。その姿と、メモの中の陽咲のイメージがなかなかうまく一致しない。でも、彼女が元気であることは確かなようだ。
カレンダーのメモには七月十日から九月八日までほとんど毎日何かが書かれていたが、一日だけ空白の日があった。
八月十二日の土曜日。この日だけ、なぜかカレンダーのメモに何も書かれていない。
記録に残しておくようなことが何もなかっただけかもしれないが、『ずっと家にいた』というどうでも良さそうなことがメモされている日もあることを考えると、その空白の一日のことがやけに気になってしまう。
僕は自分で言うのもなんだが、わりときっちりとした性格だ。だからついうっかりとか、めんどくさかったからという理由で毎日やっていることを怠るタイプじゃない。
きっと、この空白の一日については、なにか理由があって記録しなかったのだと思う。それから、その空白の一日のあとからは陽咲に関する記録が急になくなる。
もしかして、空白の日に陽咲と何かがあったのか。そう考えるのが妥当だが、何も覚えていない僕に心当たりがあるはずもない。
この空白の日に、陽咲がケガをしたり、傷付いたりしていなければいいなと。そう願うことしかできない。
大晴に引っ張られるようにして自室に戻った僕は、まず部屋のドアの内側の貼り紙を見せられた。
『僕、矢野 蒼月は二〇二三年七月七日以降の記憶を覚えておけない。
陽咲は無事。事故の日の記憶はないけど元気に過ごしているから心配ない。』
その貼り紙を書いた覚えも貼った覚えもない。でも、間違いなく僕の字だ。
貼り紙の下のほうには、僕の字とは別の字で小さく箇条書きに追記がされている。それが追記だとわかるのは、黒色の僕の字とは違って青色のペンで書かれているからだ。たぶん、大晴の字だと思う。
『・困ったらお母さんを頼るか大晴に連絡すること
・七月七日以降のことはスマホと机の中のノートで確認すること』
その追記を見る限り、僕はずいぶんと大晴に世話になってるらしい。
貼り紙の箇条書きにしたがって机の引き出しを開くと、青い表紙のノートが一冊。そこに、ホッチキス留めされた小冊子が一冊挟まっている。手にとってみると、少し折り目がついていて何度か読まれた形跡があった。
『消えていく君のカケラと、進まない僕の時間』
初めて目にするタイトルだ。表紙を捲ると中身は劇か何かの台本だった。机の中に入れてあったということは、僕が読んでいたものなのだろう。でも、なんのために台本なんて……。
小さく首を捻っていると、大晴が僕の手から台本を取り上げた。
「おれたち、夏休みに映画撮影してたんだ。それは、撮った映画の台本。ちなみに、ヒロインが陽咲でその恋人の役が蒼月」
「は? ウソ……」
映画撮影って……。陽咲の恋人の役ってどういうことだ……? 僕は何も知らない。そんなの、やるなんて言った覚えもない。
「ウソじゃないよ。蒼月、なかなか演技うまかったよ」
「な、何言ってんだよ。急に……」
「急じゃないよ。映画はもう全部撮り終わってて、実は今日がその試写会」
「試写会……?」
「そう。映画撮影のグループチャットに場所と時間は送ってるけど、今日の一時半から学校のパソコン室で」
そう言って、大晴が僕にベッドに置きっぱなしのスマホを渡してくる。
「今日の一時半……」
パスワードを解除してラインを開くと、一番上には未読の大晴からのメッセージが。その下に、『映画撮影チーム』というグループがある。初めて目にするそれを開くと、その中では僕の知らないたくさんのやりとりが行われていた。
グループに入っているメンバー、大晴、陽咲、涼晴、深澤さん僕の五人。見ると、直近で陽咲が入れたメッセージが入っていて、彼女の無事も確認できた。
グループの中の会話を上のほうへと辿っていくと、僕もごくたまにメッセージを入れている。全く身に覚えがないし、メンバーたちの会話の内容も意味不明だ。
やっぱり僕は、七月七日から二ヶ月後の未来にタイムループしてきたんだろうか。
「全部ではないと思うけど、蒼月はときどきその日の記録をスマホのカレンダーのメモに残してたよ。机の中のノートには、おれや蒼月の家族が未来の蒼月への伝言としてメモを残してる」
ぼんやりとグループラインを見つめていると、大晴がノートを広げた。
『蒼月は七月七日以降の記憶を覚えておけない。事故の後遺症で前方性健忘という記憶障害が起きている。
陽咲にケガはなく脳に異常はないが、七月七日の事故の日の記憶が丸ごとない。原因は不明。いつか思い出すかもしれないし、このまま思い出さないかもしれない』
一番初めのページには、大晴の字で説明書きみたいな文章が書かれている。その下に母さんの字で、『塾、学校の夏期講習は欠席の連絡済み』と書いてある。
大晴の言うとおり、そこには七月七日以降の記憶がない僕が生活をしていくうえで知っておいていいほうがいいようなことがほかにもいろいろと書かれていた。
ゆっくりとページをめくっていくと、『映画撮影スケジュール』と書かれたページが出てくる。
7月22日 大晴が蒼月と陽咲に映画制作を提案
7月24日 映画のストーリーとキャスティングが決める 午後1時、普通科2年3組に集合
7月31日 撮影日 午後1時に保健室集合
そのあとも何日の何時にどこに集合といったメモ書きが続く。そして、一番最後の予定が九月九日。
9月9日 試写会 1時半にパソコン室集合
これがおそらく、今日の予定だ。
「何も覚えなくて申し訳ないんだけど、僕はこの二ヶ月間、大晴たちと一緒にこの予定に書いてあることを全部してきたってこと?」
「そう。夏休みの思い出を記録に残しておきたくて。映画に使うシーン以外にもいっぱい動画残してるから、今度データにまとめて持ってくるな。そうすれば、覚えておけないことも消えてなくならないだろ」
大晴が歯を見せて、にっと笑う。目覚めてからわけのわからないことばかりだけれど、大晴の笑顔だけは僕の記憶にあるものと変わらない。夏の太陽みたいな、明るくてまぶしくて、少し押し付けがましくも大晴の笑顔に僕は微苦笑を返す。
話を聞くかぎり、ノートに書かれた映画制作は大晴が僕のために計画したものだったんだろう。集められたメンバーも。
「僕、みんなに迷惑かけてなかった?」
記憶を維持することができないのに、どうやって映画撮影なんてしたんだろう……。
「それは、おれがうまくやったからな。蒼月の状況を知ってから、おれができる限り毎朝家に来て、こうやって説明してる。おれが来れない日は、蒼月のお母さんが説明してくれてる。今のところ陽咲も涼晴も藤沢さんも蒼月の記憶障害のことは気付いてないよ」
「え、ほんとうに?」
「うん。まあ、みんな、最近の蒼月の様子がちょっと変だなとは思ってるだろうけど」
そのあとも、大晴は今日の僕に必要だと思う情報をいろいろと教えてくれた。
「悪い、蒼月。ほんとうは、試写会の時間までにもっといろいろ話したいことがあるけど今日はこれから部活なんだ」
ひととおり説明したあと、大晴がスマホで時間を確認して立ち上がった。
大晴が入っているのは、うちの高校のサッカー部。部活をやりながら映画撮影やその動画の編集をして、僕のところまで毎日顔を出していたという大晴は、この二ヶ月間、かなり忙しかったはずだ。
「そ、っか。ごめん……」
「なんで謝んの?」
「だって僕、大晴に迷惑かけてる……」
「何言ってんだよ。迷惑だったら毎日来ないよ。おれが来たくてきてるんだから、気にすんな」
大晴が笑って僕の肩を叩く。
おそらく僕には深刻な事態が起きているはずなのに、大晴があまりに明るく笑うから、ナーバスになりすぎなくて済む。もしかしたら大晴は、すべて計算したうえで、僕にこんなふうに接しているのかもしれない。
藤川 大晴はそういうやつだ。僕が知るなかで、一番いいやつ。
「とりあえず、蒼月の今日のミッションは一時半にパソコン室に来ること。夏休みに撮った映画、かなりいい感じに仕上がってるから楽しみにしてろよ」
自信たっぷりにそう言うと、大晴は「やべ、遅れる」と急ぎ足で僕の部屋から出ていった。
大晴が帰ったあと、僕はスマホのカレンダーアプリを開いてみた。大晴の話だと、僕はそのメモ欄にその日の出来事を書き残しているらしい。
最初の記録が残っているのは、事故から三日後の七月十日だ。
7月10日 僕には十七歳の誕生日以降の記憶がない。一緒に事故に遭った陽咲は生きてる。無事でよかった。
7月11日 陽咲からメッセージがきた。陽咲は事故の日のことを何も覚えていない。僕とケーキを食べたことも僕の告白も。
そこまで読んで、ドキッとした。
大晴から陽咲が事故の日のことを何も覚えていないと聞いたときは、ぼんやりと「そうか」と思っただけだったが、自分が記した文章を見て、きちんと事態を把握した。
事故の日のことを覚えていないというのは、そういうことなのだ。
十七歳の誕生日。陽咲とふたりでケーキを食べた幸せな時間も、心臓が破裂するかと思うほど緊張した告白も僕しか知らない。七月七日で時が止まってしまった僕だけが、ずっと忘れずに覚えている。
淋しさとせつなさで胸がきゅっとなったけれど、今日の記憶を明日に残しておけない僕に、陽咲との未来なんであるはずがない。
そのままさらにカレンダーのメモを読み続けていると、映画撮影に関連する記録も出てきた。
大晴に夏休みの思い出を残そうと提案され、映画の台本と役柄が決まったあとは、どんなシーンをどこで撮ったとか、誰と一緒のシーンだったとか書いてある。
公園で花火をしたり、大晴や陽咲と海に行ったり、覚えていないけれど今年の僕の夏休みは結構充実していたらしい。花火をした日や海に行った日は、おもわず苦笑いがこぼれるほど陽咲のことばかり書いてある。
僕の一番最後の記憶のなかでは、陽咲は青ざめてぐったりと目を閉じていたのに。その姿と、メモの中の陽咲のイメージがなかなかうまく一致しない。でも、彼女が元気であることは確かなようだ。
カレンダーのメモには七月十日から九月八日までほとんど毎日何かが書かれていたが、一日だけ空白の日があった。
八月十二日の土曜日。この日だけ、なぜかカレンダーのメモに何も書かれていない。
記録に残しておくようなことが何もなかっただけかもしれないが、『ずっと家にいた』というどうでも良さそうなことがメモされている日もあることを考えると、その空白の一日のことがやけに気になってしまう。
僕は自分で言うのもなんだが、わりときっちりとした性格だ。だからついうっかりとか、めんどくさかったからという理由で毎日やっていることを怠るタイプじゃない。
きっと、この空白の一日については、なにか理由があって記録しなかったのだと思う。それから、その空白の一日のあとからは陽咲に関する記録が急になくなる。
もしかして、空白の日に陽咲と何かがあったのか。そう考えるのが妥当だが、何も覚えていない僕に心当たりがあるはずもない。
この空白の日に、陽咲がケガをしたり、傷付いたりしていなければいいなと。そう願うことしかできない。